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ここはアメリカ

デイサービスのトイレから出てきたその人は、
片手に両方の靴を持っている。

トイレの扉をでてすぐ、左右に首を振り、
分かりやすく右往左往する。

通路の少し先に職員のぼくを見つけ、
「わたしのカバンどこへ行ったのかしら」と話しかけてきた。

これが毎回のこと。

デイサービス内では内履きに履き替えるため、靴を脱ぐ必要はない。
左右を見渡すほど、複雑な構造の施設でもない。カバンはしっかりと自身の座席に置いてある。本人が不安になるだろうからと、手の届くところにおくように配慮している。

いつも不安そうに、
少し怯えながら、
居心地が悪そうに過ごしている。

認知症は、やはり想像を超えてくる。

デイサービス内は、一般家庭を模した作りになっているし、トイレも家庭用の便器と変わらないから、靴を脱ぐのだろうか。

外出先との認識はある。職員に話しかけて所在を確認するから。

なんで皆、こぞってカバンを気にするのか。女性にとって「カバン」とうのは、とても大切なもの、肌身離さず持っておかないと不安になるものなのだろう。
たしかに、男性の認知症の方で「カバン」に執着する人を見たことがない。物取られ妄想の男性も、ぼくは今まで出会ったことはない。

男性の場合は「帰宅願望」や「仕事」への執着の方が強い。

なんだう。「モノ」と「社会的地位や立場」という違いなのか。やはり認知症の症状は、その人が今まで過ごしてきた生活感が出る。その人によって様々で、限りなく対応に正解がない。

ひとまず、手に持った靴を受け取り。

「この部屋はアメリカのスタイルなんですよ。靴下が汚れてしまうから、靴履きましょうか。」(もちろん、相手を混乱させるようなことではなくもちろん冗談です)

ぼくはそう言って、中学生のカップルの彼氏が彼女の親の目を盗んで2階の窓から忍び込もうと手に靴を持ってキョロキョロしているようなその人を、靴を履いてから、カバンのある部屋へ案内した。

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