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ストリップ劇場の最前列

弾けるような笑顔だった。
両目を見開いて大きく口を開け、ストリップ劇場の最前列にかぶりつく客のような前傾姿勢。座っている車椅子から転げてしまいそうだ。デイサービスの職員による忘年会の出し物がお気に召したようだ。よかった。

その人はいつも、寝不足でデイサービスに来る。
話に聞くと、デイサービスの日の前日は朝起きられるだろうかと心配で、ほとんど寝れていないらしい。遠足を楽しみにしている小学生と同じ気持ちで、週2回のデイサービス利用してくれている。

朝の送迎に向かうといつも眠そうな顔で、目は半分閉じている。
支度を送迎の時間に間に合わしてくれるのはいいが、そんな調子だからパーキンソン病も相まってまともに立つことができない。痩せ細ったおじいちゃんの軽い体重を抱え車椅子に座ってもらう。そして車椅子のまま送迎車に乗り込む。これは毎度だ。

デイサービスについてすぐ、健康管理のため血圧や体温を測る。ここで異常があれば、とんぼ返りで自宅に戻ってもらうかご家族に迎えにきてもらうことになる。
その人は毎度、血圧が異常に低い。毎度のことなので異常が正常なのだが、前日から続く寝不足もあり今にも意識が飛びそう。
あれだけ前日から楽しみにしていたデイサービスに着くやいなや、すぐさま静養室のベットで横になることになる。落語にありそうな話だ。

今日はデイサービスの忘年会がある特別な日だ。
昼食はローストチキンとシャンパン(ノンアルコール)、ビンゴ大会と出し物。目まぐるしいタイムスケジュールが次々に押し寄せる。今のうちによく休んでもらった方がいい。嬉しさのあまり意識を失わないように体力は温存しておきたいから。

ぼくとしては、ローストチキンとシャンパンがいちばんの喜ばれるだろうと思っていた。その次はビンゴ大会。お腹を満たすもの、プレゼントを持って帰れるという実利があるものの方がいいに決まっている。

鼻をセロハンテープで吊り上げ目尻もテープで下げ、口髭を描き頬を少し赤くする。ぼくは都合よく丸刈りだ。

ギターをぶら下げた、ぼくの「谷村新司」。
「昴」を歌った。

まさかそんなチープな宴会芸以下の出し物が、その人をかぶりつきにするなんて思っていなかった。

眠そうな目は、今、生を受けたかのように弾けるほど見開かれ、発情した犬のように息を吸い込み吐き出す音が聞こえてきた。

これが、生きるということなのかもしれない。

帰り際、そのおじいちゃんの車椅子を押している時、おじいちゃんは首を後ろにねじりぼくにこう言った。「あなたプロだね」。

そのおじいいちゃんは、ぼくの谷村新司を大切に持ち帰ってくれた。

介護職員のレクリエーションにおける異常なハイテンションを、ぼくは少し冷ややかな目で見ている。薄寒いというか、股間が浮き上がるような、生きた心地がしない感覚になる。

でも、相手が喜んでくれるなら異常なテンションも悪くないな。そう思えた瞬間だった。

ただ、ぼくの谷村新司を刺すような目で見ていたおじいちゃんもいた。

やっぱり出し物は、好きになれないかもしれない。

介護は大変。介護職はキツイ。そんなネガティブなイメージを覆したいと思っています。介護職は人間的成長ができるクリエイティブで素晴らしい仕事です。家族介護者の方も支援していけるように、この活動を応援してください!よろしくお願いいたします。