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デイサービスで迎え入れるだけだ

近所の道路をテクテクと。

その歩くスピードと後ろ姿に、見覚えがある。

その人が向かう先もわかっている。
まだ、手にはなにもぶら下げていない。
ということは、行きがけということだ。

その人は一人暮らし。妻は旅立った。
息子は近所に住んでいるが、何かあった時にしか顔を出さない。

もともと一人が好きな性分なのか、それとも家族と一悶着あったか。
90歳を目前にして一人暮らししている理由は、無口な佇まいから聞き出すことは難しい。

ぼくが勤めているデイサービスの利用者さんとして、顔を合わせる。

皆が集まるフロア。
テーブルの端に位置し、何を話しかけても空返事をする。たまにおどけて、甲高い声で「おはようぅごじゃいましゅ!」という。
人を舐めくさったあいさつのようで、奥底にある優しさや暖かさがあってどこか憎めない。

入浴の時間。
風呂には入りたくないと、全てを拒絶する。
「看護師さんがケガの状態を見たいと言っているのでこちらに来て頂いていいですか。」と、入浴とは違う理由を述べて連れ出すことが、ぼくらが考えた最大の工夫だった。でもケガがあることも事実で。

脱衣所で服を脱ぎ、裸を見た。

体はアザだらけ。
入浴を拒否する理由はこれだ。

頭部がとくに酷く、アザもそうだが血が固まって髪の毛の束がカリカリになりこびりついている。病院にいくこともなく予定の決まったデイサービスに来ている。

ケガの処置も、体の調子も、清潔を保つためにも、入浴しなくてはいけない。

別の日。
近所の道でその人を見かける。

手にはビニール袋をぶら下げている。今度は帰り道のようだ。
夕方前、近くのスーパーへ6缶パックのビールを買いに行くことが、その人の日課になっている。

体にアザをつくろうが頭に傷をつくろうが。
足が動くかぎり、血だらけでも6缶パックのビールを持って帰る。

一人暮らしが、好きなわけじゃないんだな。
孤独に支配されないように、アルコールで意識を中和しているんだな。

誰が、てくてくを止められるだろうか。
その人の生き様を止める権利が、ぼくにあるだろうか。

そっと後ろ姿を見送って、翌日「おはようございます!」と、デイサービスで迎え入れるだけだ。

その人は、おどけた甲高い声で「おはようぅごじゃいましゅ!」と、二日酔いの挨拶をする。


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