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日記を書くたのしみ、おそろしみ

たのしみは、もういっか。

言われなくても知ってるわい、だから書いてるんじゃいって方、多そうなんで割愛しましょう。読まれる、読まれないにかかわらず(日記は読まれる傾向にあると思うけど)日々感じたことを綴る、暮らしを記録するのはたのしいもんです。書く人にとってはね。


一方で、おそろしい面もあるなーと思っていて。なんだと思います?生活が丸裸になること?プライベートが暴かれて、下手すると身バレして特定されちゃうこと?たしかに、それもそーなんですが。

もーっと、怖いことがあると思っていて。それは「つまんない人間ってことがバレちゃうこと」です。これ、人のを読んで言ってるんじゃないですよ。わたし、人の日記読むの好きなんで。


前はそーでもなかったんですが。やっぱ、自分が書き出したからかな?みんな、どんなこと考えて生きてんだろー?何を見聞きして、どんなこと感じてんだろー?を読むのがたのしいです。人柄もわかるし。

でも、自分のとなるとわけが違うんですよね。読み返しても「なーんだこいつ・・・」って思うんです。一週間生きて、こんなことしか考えてないのかよ。もうちょと、深みのあるエピソードないのかって。


こりゃ、なんだろーね?

自分に課したハードルが高いのかな?それとも「もっと書けるはず」って過信?傲慢?なんだかわかんないけど。読み返しても「おもしれー!」って感じにならないんです。最初は「慣れない文体(だ、である)のせいかしら」と思ってたけど、どーもそうじゃない。


シンプルに考えてることがつまんないんです。ありきたりというか、どこにでもある話だわなーって。

いや、わかってんすよ。日記ってそういうもんだって。そんな、自分だけが特別レアな生き方してるわけじゃないんだから。似通って当然だし、それでいいんだ。それを書くことにも意味はあるし。そもそも、書くに意味なんているのかー?とも思うんだけど。


自分の気持ちは誤魔化せないんで。

どれだけ「スキ」が付こうが(そーでもないけど)コメントいただこうが。最後に「よしっ、ええのん書けた」と思うのは、ジャッジするのはわたしなんで。人は、ありたい姿とのギャップにもがく。「こーありたい!」って理想があるほど、苦しむってことかもしれません。


まー、書いて自分に足りないもの。見つめなきゃいけないものがわかったってことで、お時間です。


みんなで上手くなる「書く部」をぜひー

いつもありがとうございます!なんかおいしいもの食べます。