ことばの筋トレノート『反脆弱性』

私たちが受け入れるべき最も重要な世界の法則の一つ。それが「ブラックスワン」の存在である。
「わたしたちは常に極端な事象(ブラックスワン)による変動性・不確実性に晒されており、その極端な事象が私たちに与える影響を過小評価している」
「自然の淘汰も、ビジネスの成功も失敗も、投資の成功も、健康も、資本主義の発展も、政治も。全てブラックスワンによって大きな方向性が定められる」
ブラックスワンには正のブラックスワンと、負のブラックスワンが存在する。
正のブラックスワンとは、油田の発見、マーケットの急成長、有価証券の爆騰。
負のブラックスワンとは、コロナによるロックダウン、金融危機、交通事故などである。

『すべてのものは変動性によって損または得をする。脆さとは、変動性や不確実性によって損をするものである』


これが本書で最も重要な概念である。
わたしたちは脆いのである。
経済構造の大きな変動が起こったとき、ほとんどの労働者は失業する。
経済危機が起こったときに、ほとんどの投資家のポートフォリオは吹き飛ぶ。
薬漬けで自己免疫を鍛えることなく、医者の言いなりのデブは一つの血栓で死ぬ。

自分の身の回りを見渡して、自分の脆さを自覚してみるべきだ。
私は今思うと、この脆さへの自覚症状が早く、恐れていた気がする。
大企業で飼いならされ、能力が身につかないことにの脆さ。
ひとつのビジネスアイデアに固執して、大きく賭ける(リスクを取る)経営判断をすることの脆さ。
家を買う、結婚する、車を買うことによる、人生を長期的に決定づけらたとき、自分の病気、親の介護、会社の倒産といった人生の不測の変動に対する脆さ。

本書では、この変動によって害を被る「脆い状態」を「凹の状態」と呼んでいる。それは変動に晒された結果、ダウンサイドのほうがアップサイドよりも大きい状態を指している。
マーケットに全ツッパし、損切りができない投資家。
財務レバレッジをかけまくっている経営者。
薬漬けで医原病の恐ろしさを理解しないデブ。
東京で自転車を乗り回す楽天家。

凹の状態では、ほんの少しのメリットを享受するために、多くのものを失うリスクを冒している。
つまり、一回の損が致命傷になる状態である。

バーベル戦略

タレブはそんな脆い私たちに一つの武器を与えてくれる。それがバーベル戦略である。
このバーベル戦略を通じて、自分を、社会を、経済を「反脆い」状態することがタレブが主張していることである。

反脆い状態とは、脆い状態の逆である。
変動によってむしろ利益を得るのが反脆い状態である。タレブはそれを「凸の状態」と呼んでいる。つまり、変動に晒された結果、アップサイドがダウンサイドよりも大きい状態を指している。

小さな失敗をたくさんする起業家。
ちゃんと損切りができる投資家。
キャッシュリッチな経営者。
ランダム性を愛する人体の半脆さを知り、引き算で健康を維持するデブ。

凸の状態で反脆くなるための具体的な戦略であるバーベル戦略はつまり、こういうことである。

『ある分野では安全策をとり、負のブラックスワンに対して頑健になる。別の分野では小さなリスクをたくさん冒し、正のブラックスワンの余地を残す』

一方で極端なリスク回避を行い、もう一方では極端なリスクテイクを行うこと。それがバーベル戦略である。

オプション投資家らしく、タレブは投資を例にバーベル戦略を説明する。
投資におけるバーベル戦略は、9割をインフレヘッジした安全資産で保有し、1割を高リスク債権に投資することである。

投資について思うこと(投資に限らないが)としては、損切りができることはバーベル戦略のひとつで、反脆さを示してくれるだろう。
本書では、「小さな失敗をたくさんする」ことが反脆さを手にする手段であるとも述べられている。
損切りこそが最強の投資戦略である。
たくさんの本を読んでいると、誰もが異なるルートで同じ主張にたどり着いている。
損切りの有効性を「反脆さ」という角度から改めて認識した。

経営におけるバーベル戦略

本書では健康・政治・思想におけるバーベル戦略も紹介されているが、私としては経営のバーベル戦略について思考実験をしていた。

反脆さを得る、バーベル経営とは。
1.固定費を引き下げ、営業レバレッジ係数を下げる
固定資産を買わない。従業員を最低限に維持する。この2つが特に重要である。

2.キャッシュを潤沢にもつ
インフレヘッジをしながらも流動比率を高く保つ。

3.小さな失敗を進んで冒すメンバーと文化を築く
最低限の従業員は挑戦に飢えていて、失敗を恐れないべきである。

多くの企業は脆い。例えばコロナのような負のブラックスワンによって売上がゼロになったとき、固定費が大きく、キャッシュが底をついたらすぐに吹き飛ぶ。

失敗を冒す文化とキャッシュ、最低限の優秀な従業員。それらは反脆さを企業に与える。
これらがあれば、むしろ負のブラックスワンで売上がゼロになったとき、新しい成長ビジネスを生み出す余地を残せる。

また、『単なる中間のリスクテイクや中程度のリスクテイクは実際には負け試合であることが多い』というタレブの指摘も重要である。
確かに、中途半端な成長株だらけなポートフォリオはマーケットの成長には負けるだろう。他者と横並びの「売れ筋」ばかりのショップは、本当に「他とは違う」商品に淘汰されるだろう。

日本のヤバさを「現代性」から解釈する

本書は「変動性」と「脆さ」を中心に散文的な章が多いが、その中でもより重要であると感じたのは、「現代性」と「オプション性」についてである。

『現代性とは、人間が環境を大規模に支配し、でこぼこした世界を几帳面にならし、変動性やストレスを抑えようとすることだ』

日本社会は、現代性という病巣が深く根付いているのではないかと強く感じた。
均質で、人生の変動性を嫌う。
「こうあってほしい」というバイアスに基づいた予測可能性に人生を晒している。
ストレスを嫌う。
人と違う意見を受け入れない。
安心安全を極端に愛しており、安心安全を脅かす人にたいして極度に攻撃的になる。

日本社会は実に脆い。
国家は借金漬けで、一党独裁。
メディアはノイズ以下の糞を垂れ流している。
自らリスクを取らない口だけ人間がのさばり、彼らが尊敬を集めている。
「大きすぎて潰せない」大企業が経済を硬直させ、リスクを取る起業家が尊敬されない。(多少の改善が見られるが…)
身銭を切る若者の足を引っ張る老人たち。

明治維新・戦後に日本が持っていた半脆弱性は奪われている。
日本はあらゆる領域でダイナマイトを絨毯の下に隠し、その上で一家団らんを楽しんでいるように思えるのだ。

オプション性とバーベル戦略

オプションとは、権利はあるが義務はない状態のこと。このオプションをあらゆる場面で使いこなすべきであるとタレブは主張する。

1.オプション性を探すこと。もっといえば、オプション性に従って物事をランク付けすること。
2.できればペイオフに上限があるものではなく、ないものを探すこと
3.ビジネスプランではなく、人に投資すること。つまり、キャリアを通じて6〜7回以上方向転換のできる人を探すこと。
4.バーベル戦略をとること

オプション性についてはまだまだ理解が浅い。ここは重点的に読み直し、改めてここでアウトプットしようと思う。

私の読書方針とは、「100冊の本を読むのは、今後100回読み直すべき一冊を探すため」である。
本書は、そんな一冊になりうるインパクトのある一冊であった。

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