価値観の共有
100円ショップ
今から10年ほど前ある企業のコンサルティングをしていましたが、デザインの研修をかねて選ばれたメンバー5名で製品開発をすることになりました。そこでわたしがまずしなければいけないと思ったのが、メンバーそれぞれの「価値観を共有する事」でした。
日頃の部署が違い年齢も性別も異なる中でなにを「良い」と感じ、なにをそうではないと思うのか、そのベースになっている各人の価値観をみんなで知る事の必要性を感じたのです。
そこで思いついたのが「100円ショップ」でした。ショップで売られているものは全て100円(今はそうでもなくなっていますが)という共通の値段(価値)で考える事が可能だと思ったのです。
出した課題が「100円ショップでもっとも価値があると感じた製品を買ってくる」というものでした。
さらに「参加しているメンバーにもっとも共感されたモノを買ってきた人は、全員の買ってきたものをもらえる」というご褒美もつけました。
これは思った以上に収穫のあった課題となりました。
なぜなら「ほんとに多様」だったからです。
ある方は植木鉢を並べて置ける大きな四角い「プランター」を買ってきました。理由を聞くと日頃「金型設計」に関わっているので、『こんなに大きな製品を作るにはさぞ大きな(高価な)金型が必要で、そんなものを100円で作れる事に驚いたからだそうです。
またある方は、女性用の靴下を買ってきました。伺うと日頃赤ちゃん用の靴下を扱う仕事をされていて、その方も『こんなにちゃんとしたものを100円で作れるとは信じられないので。』選ばれたそうです。
そしてある方は子供用のノートを買ってこられました。日頃こどもさんと一緒に文房具店に行ってあれこれ買うので『うちの子が喜びそうなので。』という理由でした。
機構設計をされている方はペンチを買ってきました。『いやーペンチが100円なんて。』
お話を聞いているとそれぞれの人の仕事ぶりや日常が、その製品を通して見えてくるのがすごいと思いました。
知っているものは価値が高い
まさにサブタイトル通りなのですが、自分が関わっていて詳細を分かっているものほど「価値が高まる」という事です。
しかしその経験によって作られた「価値観」がどこまで「知らない人たちにも共感してもらえるのか」という点がとても重要だと思います。
それはモノに留まりません。言葉も用語も同じように日頃の自分の関わりの経験値によっていつのまにか「みんなにも分かる伝わる」という思い込みが生まれます。
ある洋画家の方が面白い事を書かれていました。『日本人の画家のイメージはゴッホとピカソと岡本太郎であって画家が確定申告をしている様子はおよそイメージにはないでしょう。』と。
それはデザイナーも建築家も写真家についても言える事で一般の知識では数人の人しか浮かびません。
その反面プロダクトデザインをしているわたしは、もっと多くの人と作品(製品)について知っていますが、それが「みんなに通じるのか」それについて「価値観は共有されているのか」という事については甚だ疑問です。
『こんな事も知らないのか。』デザイナーが言いがちなフレーズですが、それは何年何十年もかけて重ねた「デザイナー目線の価値観」に過ぎません。
ようはデザイナーの常識よりも、一般常識の方が「優先されるべき価値観」である事を日頃から知覚する事がデザインの一般化には欠かせないかと思います。
最後になりますが、「100円ショップでの買い物」はその後も場所を変えて相手を変えて10回ほど実施しましたが「全部もらえる」にもかかわらず優勝者で全部を持って帰った人は一人もいません。
2022年3月11日 秋田道夫
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