働ける総量はきっと同じ

アメリカの大学にいると、本当に同じスケジュールで日々を過ごす。だいたい同じ時間に起きて、ご飯を食べて、授業を受けて、寝る。

一方で、日本で過ごす長期休みは全く逆。家を出る時間も帰る時間も、どこで何をするかも毎日バラバラだ。

不規則な生活だと、気分や集中力の変化の理由がわかりづらい。なんとなくやる気が出ない程度の不調の原因が、前日動きすぎたのか、精神的なものなのか、私とは何も関係のない気圧なのか、特定できないのだ。


ところで前学期、少し無理をして活動した。普通の人より授業を取り、普通の人より大学の外で活動した。いや絶対終わらないだろうという量のタスクを一覧にして、パズルのように一ヶ月分の予定表に詰めていった。

その反動か否か、いやおそらく80%そのせいで、学期が終わった後の冬休みから今に至る数ヶ月、びっくりするくらい何ごとにもやる気が出なかった。

それで、体を壊さなかったとしても、まぁ実際何度か壊したのだけれど、無理をすることは、未来の自分から活動のためのやる気や体力を前借りするだけなんだなとわかった。


そういえば、アメリカの大学に来てから、自分のやる気に合わせて勉強する時間を割り振っていた。それが自然の摂理かのように、なんとなく集中することができて長時間勉強した次の日は、やる気が出ないし集中できない。

働き始めたらもちろんやる気が出ないので帰りますとも行かないのだろうけれど、そういう日に無理をした分、きっとやる気がでない日々は続くし、無理が度を超えると、体を壊したり心を壊すことになる。

無理をすると、ぱっと見、働く時間が長くなるように感じる。だからついその方法に手を出してしまいがちだが、もし生涯で効率的に働ける時間が一定だとするのなら、みんなもっと長い目で見た上手な使い方を考えるのではないだろうか。

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