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【0003】えむしたのこと「とりあえず、みんな嫌い。」

 しみは親指の腹でこすると色味が増して、ほのかに発光した。
 わたしはきっと、ここでえむちが迎えに来てくれるのを待っている。都心から少し離れた、サブカルチャーの聖地とも謳われる町の小さなライブハウス。地下へ潜っていく階段は薄暗く、両手を広げられるだけの幅もない。そこらじゅうに甘ったるい香りを充満させる厚底地雷服の少女たちでごった返したかと思えば、翌日の昼間にはこぢんまりと身内だけが集まった演奏会が開かれる。挫折も憧れも夢も期待も、ここでは等しく音楽というかたちに現れる。

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ルームシェアをしながら、歌い手活動をしている「明日」と「えむち」。明日の部屋の一輪挿しが枯れ、花瓶の水が澱みはじめた頃、えむちはようやく今回の失踪が普段の気まぐれとはどこか違うのではないかと察する。不安は的中しており、明日の体には常盤色化と呼ばれる異変が生じはじめていた。植物の蔦を模したようなしみが皮膚に広がり、やがて全身を覆ってしまう奇病。一方、えむちはある事件をきっかけに人前で歌うことができなくなっていた。移り変わってゆく、彼女たちの季節を追う物語。

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