読書日記(2024.06.03) 「ビッグツリー」(佐々木常夫)〜お世話される「だけ」のつらさ
「働き方改革」は2010年代、一種のブームだった。今はやや「当たり前」になっていて、「善」とされる。ただ、私たちはどんなときに「自分」の「働き方改革」をせまられるだろう。多くの人は何かきっかけがなければ、強い意志を持って「働き方」を変えないと思う。
佐々木さんは、東レの役員だ。配偶者のうつと、長男の自閉症に見舞われて、「生産性効率化」の主体になった“男性として“稀有な例だと思う。
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1.家族の状況を明らかにすることの大切さ:佐々木さんの場合
佐々木常夫さんは東レの出世頭だったようだ。
わたしは東レの内部事情は全くわからないが、「ビッグツリー」に描かれている佐々木さんは、「同期で最初に役員になり」「経営企画室長」を務めているので、仕事で大変な評価を受けていたと思う。
わたしが佐々木さんを知っていたのは、電車の中吊り広告だ。「部下を定時に帰す仕事術」だっただろうか。「働き方改革」「ワークライフバランス」が話題になっていた。体も動くし、時間的な制約もない20代だったので、24時間仕事のことを考えて働いていた。仕事、という言葉は広くて、日々、仕事で自分の力不足を感じると出かけていき、勉強会に参加したり、本屋に行ったり。英語をやってた頃もある。
当時のわたしにとっての「ワークライフバランス」は、「仕事の拘束時間」と「自己実現や趣味」「恋人や友人との時間」とのバランスでしかなくて、どうしても拘束されてしまう育児や家族の介護じゃなかった。
だけど、バランスを取らなければならない対象が、「仕事」と「家族」になってしまうと、「ワークライフバランス」(この言葉好きじゃない)は絶対に考えなければならない話になった。24時間じゃとても足りない。
佐々木さんは、ここに「仕事も家族も絶対にあきらめない」と副題を書いているが、読むと、なぜこの家族環境で戦い抜けたのだろうか…というほど壮絶だ。
長男:自閉症。
妻:肝硬変にかかる。そこから妻の役目を果たしていないという自責の念や自閉症の息子が原因で鬱を発症、40回以上の入院と3回の自殺未遂。
この環境で、何度となく転勤をし、転勤先と自宅を月に何度も往復していたという。「神様はわたしにちょっといたずらをされたようだ」という言葉で済まされない。
佐々木さんはこの家庭環境を「長い間、内密にして自分と家族で闘ってきたけれど、妻が最初の自殺未遂をした際に職場に言わざるを得なくなり、そこから躊躇せず、オープンにするようになった」と書いている。
この「オープンにする」ということが、とても大切だという。
実際、佐々木さんがこの話をするようになって、家族が抱えた多くの課題を打ち明けてくる人が増えたそうだ。
荷物はオープンにした方がいい。それは、本当にそうかもしれない。
家族のことだけじゃなく、自分の闘病であったとしても。誰かに弱さを伝える、ということが、環境を好転させることはある。
2.違和感:「俺はできる」という圧を感じた
わたしはこの本を読み進めていくうえで、何度か違和感を持った。
佐々木さんの環境は、本当にしんどい。
だけど、「わたしは徹底した計画主義、効率主義の信奉者」と書かれているが、とにかく定時で仕事を帰りながら、東レという大企業で同期で一番の出世を果たした佐々木さんに、「俺だったらできる」という(無意識の)「圧」みたいなモノを感じてしまった。
家庭でも効率主義を実践した、と書かれている。
家事や家族のケアも引き受け、仕事でも出世街道を爆進するには、メンタルのタフさが絶対に必要だ。
佐々木さんはたくさんの仕事効率化の本と思われる著書を出されていて、それは苦手分野なので、わたしは復帰にあたって参考にしたい。馬力と根性だけでなんとかしてきた自分の反省があるからだ。
だけど、「効率的にやれよ」「自分はここまでの環境でもやれているよ」というニュアンスを、端々に感じてしまった。部下や、家族だったら、この文面から感じたメッセージ、しんどい人も多いのではないだろうか。
3.佐々木さんの強さ・明るさ・出世が妻のうつ状態をより追い詰めた
と思って読み進めていたら、実際、そうだった。
佐々木さんは当時、健康で仕事でも認められている。家族のことをオープンにしたり、自閉症のお子さんを支える団体の活動なども始められて、ある意味で「人を助ける」という生き生きとしたハリを持っている。
だけど、妻(浩子さん)は、その様子が辛かったようだ。
未来志向の夫(佐々木さん)と、過去ばかり振り返る妻、と書かれているけど、自分でも自分の体が思うようにいかなかったり、生来の性質で細かなことが気になったり。母として子育てがうまくいかなかったり。
ただでさえ「自分はダメだ」と自責の念に駆られるのに、社会的な立場も得ながら、家やボランティア活動でも尊敬をされる夫を見ていたら、自分がみじめになっていくのではないだろうか。
「どうせ、こんな不安定な自分はみんなが迷惑している」
この気持ちがどんどん積み重なってどうしようもなくなる。今でいう「メンヘラ」かもしれないけど、わたしは妻の浩子さんの気持ちも、佐々木さんの気持ちもわかる。
わたしも佐々木さんほど仕事はできないけど、やったらやっただけ評価された頃がある。仕事を頑張ることが、家族を守ることだとも思った。自分なりに早く家に帰り、家事を精一杯やっていたつもりだ。
多分、間違ってはいない。絶対に間違ってないけど、この行動が、「俺はなんのための人生なんだ」と佐々木さんに思わせた要因の一つでもあっただろうな
と、思う。悲しいけど。
「正しくて、誰からも責められない人はいいよな」
そんなセリフ、ある漫画に出てきたのを思い出した。
4.意思決定は正しいかわからないんだろうけど
ビッグツリーの中では、浩子さんは解放に向かっている。
佐々木さんの著書の出版記念パーティに家族みんなで登場したときの、浩子さんのスピーチは、ちょっと皮肉もあってとてもユーモラスだった。
佐々木さんは、正しくて効率主義で出来杉くんな人に読めた。
でも、さらりと書いているだけで、「絶望」という言葉は端々に出てくる。
「なんのための結婚なんだ」と自問自答もされている。
事実の重たさの割に、そこまで自分の苦悩にページが裂かれていないのは、やっぱり基本的に「明るくて」「前向き」「未来志向」で「実践主義」な人なんだろうと思う。
それでも、佐々木さんがここまでの道を乗り越えてこられたのは、日々の意思決定が正しいかわからなくても、「家族をあきらめない」「俺の人生をあきらめない」という強い原理原則が、佐々木さんを貫いておられたんだと思う。
この本を借りた後、5月に佐々木さんが逝去されていたことを知った。
わたしは、佐々木さんの言葉を多分、ちゃんと受け止められていない部分も多いと思う。だけど、佐々木さんが経験したことを世の中に発信する、と決められたことは、「弱さをオープンにする」ことで、助けられる家族もあると思われたからだろう。
佐々木さんほど強くないけど、わたしは佐々木さんの実践されてこられたノウハウが「切羽詰まったモノ」だったことを知り、手にとる気がなかった「働き方効率実践法」のビジネス本、佐々木さんの書かれたモノならと思えた。
前にちょっと書いたけど、自分が壁にぶち当たったから、ワークライフバランスを実践できている男性の姿を心から知りたい、とずっと思っていた。大抵、エセだと思っていた。
だけど、弱さをオープンにされた佐々木さんの言葉なら、素直に耳を傾けられる気がする。(偉そうだけど)
ご冥福をお祈りします。
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