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#24 好きが感謝に昇華した話⑩


chapter20 好きが感謝に昇華した話


昇華

心理学・倫理における昇華とは防衛機制の一つ。社会的に実現不可能な目標や葛藤、満たすことが出来ない欲求から、別のより高度で社会的に認められる目標に目を向け、その実現によって自己実現を図ろうとすること。

他の防衛機制とは異なり、欲求は抑圧されることなく、現実に取り組むエネルギーとなる

それは、誰かを想う叶うことの難しい「好き」のエネルギーを転換し自分のための受験勉強に注いで、それを経て「好き」がより高次元な「感謝」にレベルアップしていたという話

そしてその「好き」はなんと私の夢を1つ叶えてしまった

もちろん、ただ好きなだけではこうはならなかった

人間なんてそんなに強くないんだから、上手くいかない葛藤を転換してプラスの行動に、なんてそうそうできることではない

でも私は、転換するための力をもらった

温かい言葉をくれる人がいたから

好きすぎると人は感謝するんだ

それをまるで自明かのように理解したのは、3月8日に1年の足踏みを経て目指していた大学に合格した瞬間で、叫びとともに「好きって極めると感謝になるんだ」って思った

高3の時に、旅行好きで日本全国を制覇した周りの空気までも幸せにしてしまうオーラを放つその女性を本気で好きになり、気持ちを伝えるも失敗

そのまま浪人生活に突入し最初は見返りを求めた好きだったが、真面目に話したこともない事情も知らない顔も覚えてないモブのために、いくら期間が空けどもLINEを返してくれるその優しさに支えられ、次第に心を動かされていった

彼女のゆるくてふわっとしたメッセージは私の受験勉強の十分すぎる力となり、少しずつ感謝の気持ちが芽生えてきた

そしてそれは時が経つにつれて、見返りを一切求めない好きとなり、最終的に純粋な感謝の気持ちになっていた

空白の1年を通して、
私の彼女に対する好きが感謝に昇華した






祝福

2022.3.9

私のLINEのトーク欄が初めて、スマホの画面いっぱいに通知で溢れた

3人でひたすら電話でどんちゃん騒いだ後は、合格発表までの精神的な疲れからか気を失う如く眠った

そして翌日、ベッドに横になったまま目をこすりながらスマホを見るとなんとLINEの通知が30件を超えている

私は仰天してかぶってた毛布を吹き飛ばす

恐る恐るLINEを開くと、高校の演劇部の同級生、先輩からたくさんのメッセージが届いていた

大好きだったみんな、先輩からのLINEは感動の一夜明けた後でも、またその感動を呼び覚ましてくれる

ただのLINEのトーク画面なのに、個々の会話を開く前に、なぜか記念にスクリーンショットしてしまう

スマホの画面いっぱいに誰かからの言葉が溢れている

それが嬉しかったんだ

1つずつ、その言葉を開封し、噛みしめ、なんて返そうかウキウキする

およそ1年、"好きが感謝に昇華した人"とのLINEを続けたことで、私はLINEメッセージが来るということに人一倍喜ぶようになっていた

通知が鳴ったその瞬間、メッセージを読んだ瞬間、返信を考える瞬間

そのすべての瞬間に価値があるなんて思っている

大げさかもしれないけど、あの人からLINEが来てそれを家で読むときも、今こうやってみんなからのお祝いの言葉を読んでいるときも、本当に、本当に、嬉しさがじんわりと溢れてくる

ベッドの上で体操座りしたり、ジャンプしたり、うつぶせで大の字になって寝たり、枕もとのぬいぐるみたちを愛でたり、それはそれは知能の退化した猿のように

ずっとにまーっとしている

もちろん、今でもLINEが来るたびにニヤニヤしたりはしてないが、誰かとするしょうもない会話って幸せだなって思う

浪人期、部活同期のあの女子に会話の流れでLINEで

「友達とか恋人とする中身のない会話っていいよね」

なーんて吹っ掛けたら

「そんな、、、時間が過ぎてくよ(笑)。いつ終わらせればいいかわからんくなって深夜まで続くし。」

て過去に彼氏さんがいた彼女はそう言った

なによ、もう

なんて拗ねたLINE送ったっけ

とにかく、離れていてもやりとりができる今の時代は本当にすごいなって思う


結局、そのたくさんのお祝いメッセージに対してさっき吹き飛ばした毛布にくるまりながら全て返信していたらすっかりお昼になっていた

今日は予備校に合格報告をしに行く日

いち早く結果をお世話になった先生、チューター、受付の方に伝えないと!

そう意気込んで急いで支度をして家を飛び出す

足取りは軽くなっていた

電車に乗っていると途中で大きな一級河川を渡るのだが、去年の4月その川沿いの桜並木はすごく綺麗だったことを思い出す

今年はまだつぼみのようだが、やっぱり途中下車しちゃう

この桜が満開の時はちょうど入学式がある頃かな…

新しいステージで咲く満開の桜を自分はどんな気持ちで見ているのだろう

入学式の時期のあの特有の昂ぶり

期待に不安に切なさに

そんなたっぷりの予感を溶かし込んだ、この季節にしか感じられない特別な暖気を浴びる

今年の桜をこうして安心して見られるのも、1年前の決心からたくさんの人が支えてくれたおかげだなって思う

改めて、感謝しなくちゃ

再度電車に乗ってお世話になった予備校へ

到着するとまずは受付の方へ挨拶をした

それはそれは素敵なスマイルで記念写真を撮ってくれた

合格した大学名を書いた紙をもつ私を

「ほら、もっと笑って!!!」

受付の人に言われるがまま無理に口角をあげたからか頬は引きつり唇はぺったりと無惨な顔になっている

それにマスク生活だったからか、なんだか素顔を見せるのが恥ずかしく感じた

でもその反面、誇らしくもあった

流れるように数枚パシャっと撮影するとすぐに次の人へ交代する

この日は前期の合格発表翌日ともあり報告ラッシュが起きていた

周りを見渡すとチューターと笑い合う人、泣き合う人

様々な人間模様が垣間見える

自分もチューターの人に会わないと!

喜んでいる受付の人にどこにいるか尋ねると、2階の講師室にいるようだ

踏みなれた階段を登り、もうここに来ることはないのかなって思いながら春休みで閑散とした自習室の横を通り過ぎ、講師室に着く

チューターに声をかけようとすると、そこにはこの1年予備校内でよく見かけた「先客」が話していた

お互いがお互いをなんとなく認識していたことを、今日初めて会話したことで共有することができた

この1年を戦い抜いた同志と、和やかに肩の力を抜いて話せることがなんだか嬉しかった

その後チューターの先生ともゆっくり話すことができた

あのお世話になった英語の先生は今日はいないようだった

なぜなら講師室のその先生の机の上には、いつもプロテインとりんごが置いてあるからだ

またこのムキムキ先生がいるときを狙って来よう

そう企み、私は帰路に着いた

明日からは急に忙しくなる

母校へお礼を言いに行きたいし、たくさん会いたい人、遊びたい人がいる

もちろん手続き関係もしなくちゃだし、大切な作業もある

なんだか勉強以外にこんなに用事ができることに違和感を覚えてしまう

さて、この1年を取り返すくらい、この春休みは遊びまくってやるか!

そう決めて予備校のドアを開け、これから経験する未知の外の世界に私は無限の期待を抱いた






最後のお返事

それがLINEの受信BOXに届いたのはその日の夕方だった

二次試験が終わった後送信した私からの最後のLINEは、意外にも2週間程で返ってきた

新たな舞台へと切り替わる、まさにそんな絶妙なタイミングだ

そのLINEに気づくのは奇しくも帰りの電車内

しかもその時スマホを見ていたから、最初の通知が来たときにあの人からと分かってしまい、ちょっと「わっ!」て声が漏れてしまった

ああ、また隣の人に怪訝な顔されるよ、、、と思ったが隣はイヤフォンをした若い男性だったようで私は安堵の表情を浮かべる

窓の外を高速で過ぎてゆく住宅地がなんだか今は景色というより目に映る色の集合としてしか捉えられない

生物はすべて細胞でできているだとか図形はすべて点の集合体だとかああいう考え方に染まっているみたい

たぶんこの後もメッセージは数件来るだろうから、返信のネタバレが嫌で私は寝るまでスマホを触ることができなかった

最寄り駅を降りてからの帰り道は目の前がぼやけるくらいには緊迫していた

まるで筋書きを知らない演劇の舞台の上にいきなり放り出された気分だ

今までいろんな内容で会話は繋いできたものの、ついに大きく出た

もちろんこれは彼女に感謝を伝えるためのもの

それもしっかり伝えている

それでもやっぱりあちら側の立場になれば、LINEだけなら気楽なのに会うなんて、、、おこがましい!

って思うに決まっている

あの人すごい忙しいはずなのに

それに私は彼女から見ればただのクラスメイトに過ぎなかったし、道端に転がっている石ころくらいにしか気にしてはいなかったと思う

なんで誘っちゃったのかって後悔する

こういう時、人は弱い

マイナスな思考がぐるぐると回り、巨大な渦潮の中心に飲み込まれる

どこまでも水を吸い込んでゆく乾いた床雑巾のように、周りの音を吸収して辺りは静寂と化す

成功体験が1つでもあればまた違った見方、考え方ができるのかもしれないが、そんなスペシャルなアイテムは残念ながら持ち合わせていない

靴紐が歩くたびに揺れるのを見つめながら私は歩く

でもね、それでも私は新たなステージへ前に進みたいと願ったから行動したんだ

彼女の返答がどうであれ、彼女に感謝を伝えることだけは揺るがないと決めたじゃないかと自分に言い聞かせる

このまま何も行動を起こさなければ必ず後悔するのは分かっていた

ならこの後どんな事実を突きつけられようとそれを受け入れて進むしかない

どんなに悲しくなろうが、あと1か月もすれば自動的に新しい環境に身を置ける

私はその切符を持っている

浪人期は受け身にしかなれなかったが、今なら当たって砕けても大丈夫

今がすべての決着をつけるベストタイミングだ

「大丈夫、大丈夫」

胸に手を置いてゆっくりと囁く

こうやって声に出したり、悩みを文字にしてノートに書いたりすると、頭の上で絡まっている毛糸玉は徐々にほどけていく

一度マイナス思考のループに入ると頭の中だけではどうしても解決できないので考え事を外部に出力することが大事だ

そして私の声から

「ただ、ありがとうがいいたい」

と漏れる

そう、それだけなんだ

あの人に求めているのはたったそれだけ、感謝を伝えること

ありがとうが言えないだけでこんなにももどかしい

自分がこんなにモヤモヤする原因の核はいたってシンプルなものだった

それを理解した瞬間から目の前の信号を「青を認識したなら足が動く概念」ではなく信号機として見ることができるようになった

用水路に流れる水の音も、横を通り過ぎる電動自転車のモーター音も、ガチャリと家の鍵を開ける音も

すべてが心地よく聞こえた

「ただいま!」

吹っ切れた表情で言う私にもう迷いはない


***


ごはんを食べてお風呂に入ってドライヤーをかけて歯を磨いてトイレに行って布団に入ってからスマホを見る

この一連の流れはこの1年で確立されたルーティーンだ

大切なLINEを開封するときの手順

必ず他にやることがない状態にしてから見る、これ大事

あれからずっと触らずにいたスマホにはLINEの通知が5件残っていた

宛先はすべてあの人から

トーク欄には最後のメッセージの最初の数文字が見えているためそこを手で覆いかぶせる

恐らく、今隠している場所が私の申し出に対する回答の部分だろう

最初の数件はその前にしていた会話に対する返信

だから1つずつゆっくり見ていこう

そして私はついに既読をつける

結果として最初の1件は他愛もない話の続き、残り4件が核心だった

返信はスマホの画面には収まらない程の分量でスクロールしながら1文字1文字を飲み込んでいった

どれほど時間が経ったのかは分からないけど、すべてを読み終えたとき、真っ先に感じたのは

この人と出会えて本当に良かった

だった

軽く流したりあしらったりごまかしたりせず、自分にも同じような経験があったことを交えながら私の気持ちに共感を示してくれ、ただ会うことは現状難しいことも濁さずに伝えてくれた

変にその後を期待させないように遠回しではなくはっきりと言ってくれたことで私はむしろスッキリしていたように思える

真剣に向き合える気持ちと時間がないのが現状です🙇‍♂

それは一番最後のメッセージ

これまでのふわっとした会話からは想像もできない言葉で、今の自分ではないと耐えられないだろうものだった

時間だけでなく、気持ちもないのならどうしようもない

やはりただ感謝を伝えたいでは届かなかったか

この1年浪人していてあなたの返信にすごく励まされて、合格できた

その事実は前回返信した時点では分からなかったため、まだ言えていない

でも、それが伝わっていない状態でも、こんなにも真剣に向き合ってくれるだけで嬉しくって、この人は誰かの心に寄り添うことのできる優しい人なんだなって思った

こういう人に、なりたいなって尊敬の念も芽生えた

好きは感謝に昇華して、ついには尊敬まで

この1年で大きく変わったなあ

ゆっくり時間をかけて自分の気持ちを整理した後、私は机の中にしまっていた書きかけの手紙を出す

そして、私はペンを握る

今なら、筆が進む

彼女がくれた最後のLINEに対しての返信を文字にしていく

本当は口で言いたかったことも、考えて考えて文字に表情をつけてゆく

買った便箋に書く前にメモ帳に書いては消してを何度も繰り返し、その作業は朝まで続いた___





託された感謝

2022.3.22
大きな街の中心からは少し離れた郊外のこの場所には映画館も入った複合商業施設がある

駅からのアクセスも良く、昔から映画をみるときは必ずここに来ていた

最近はリニューアル工事が完了してかつての賑わいを取り戻しつつある

映画館の下には大きな本屋さんもあり、中古本をひたすら眺めることができる

その本屋の一角に、私は今いる

(待ち合わせの時間よりだいぶ早くついてしまったなあ)

絶対に遅れられないと思いながら家を出たら思ったより早くついてしまった

適当に見つけた中古本を読みながら時間をつぶそうとするもそわそわして落ち着かない

腕時計を何回も確認しては、5分も進んでいないことにため息をつく

まだかなあ、、、

胸の鼓動がそんなに耐えられないと叫ぶ中、私の周りだけ時間が止まってしまっているようだ


***


最後のお返事が来てからというものの、私は合間を縫ってひたすら手紙の続きを書いていた

一人旅をしたり高校の友達の下宿先に泊まりに行ったり演劇部のみんなとご飯を食べたりと、合格してからの3月は旅の予定や誰かと会う約束でぎっちぎちになっていた

それでも旅先などで続きを書いて、ペンがないときは推敲をした

そして手紙を書くのと並行して、私はとある人物とコンタクトをとった

それは高校時代、”ただ、ありがとうが言いたい人”と仲が良かった女性、Kさんだ

地理の授業の時はその2人に挟まれてなんか気まずい思いもしたっけか

2人はいつも楽しそうに会話していたし、受験期には一緒に小論文対策をしていたことから、たぶん同じ大学に進学したんだろうと思った

彼女はリーダーシップがあり、誰とでも分け隔てなく接してくれる責任感の強いかなりスペックの高い人で、自分の中に芯があるように見えた

私も彼女とは高校時代数回話していて、その人当たりの良さには感服したものだ

そしてKさんは演劇部の彼女ともとても仲が良かった

だから私はまずこの1年いろんな悩みの相談に乗ってくれた演劇部の彼女に事情を話し、それをKさんに伝えてもらってKさんのLINEを追加し、そこで再度自分から事情を話して、私が書いた手紙をあの人に渡して欲しいと頼んだ

もちろん、なんの背景も理由も分からない人にこんなこと頼んでも不信に思われるのは分かっていたので、私は事細かに今まであったことを伝えた

LINEの文章で送るととてつもないことになるのでノートに書いた字を写真で撮ってそれを数枚送った

元同級生だったのにも関わらず、会話は最後まで敬語で進んでいった

なぜなら私が最初敬語で始めてしまったのと、彼女の責任感がとても強かったからだ

それを切に思ったのが彼女の最初のメッセージ

○○君の思いしっかりと読ませていただきました。
まずは、長い戦いの末、夢を叶えられたこと本当におめでとうございます。そしてお疲れさまでした。

演劇部の彼女から聞いたかもしれませんが、○○は私とは違う大学へ通っています。しかし、同じアルバイト先で一緒に働いているため、今でもよく会い仲良くしています。

○○君の気持ちを尊重し、責任を持って手紙を○○に渡します。もちろん、本人以外にこのことを他言しないことを約束します。


Kさんが手紙を渡してくれる人で本当に良かった。彼女なら安心して手紙を託すことができる

それから場所や日程の詳細を詰め、場所はあの映画館付近の道端ということになった

変になれ合うことを避けるため、さっと渡してさっと退散する流れだ

日取りが決まってからは手紙の最終チェックに入った

一番伝えたい感謝はきちんと相手の心に届く内容になっているか

しつこく、まるでその後を期待しているかのような表現になっていないか

読みやすい構成になっているか

そこは特に慎重にチェックした

大学に合格できたことも初めて彼女に伝える

彼女は一体何を思うのだろうか

いろんな想像をしているとついに当日がやってきた

書き終えた手紙を封筒に入れて家を出る

今日をもって、今までの気持ちをすべてKさんに託す

感謝を託す

そして、新たなステージへ進む

その覚悟はもうできた


***


映画館の外に出て駅の方角へ歩く

上にも大きな道路が通っているその車通りの多い道路の信号で待ち合わせた

人、自転車、車がたくさん行き交う中しばらく待っていると、薄く茶色みがかった髪で小柄な女性が自分の前に立つ

(この人か、、、?)

高校時代の記憶と照らし合わるとたぶんこの人物こそがKさんであろうと思った

やはり相手は大学生だからぱっと見では判別ができない

でも、Kさんは高校時代となんら変わってない私にすぐに気づいていたようだ

「○○君、、であってるよね?」

やけに掠れた声でKさんは言う

「あ、うn!バイトお疲れ様です!!!」

目の前のキラキラした女子大生を前に、こちらもうまく声が出せずに裏返ってしまう

ああもう恥ずかしい、、、

話し慣れていない女性を前にすると声のトーンや速さが変になる

「ごめん、今風邪ひいてて声出んくて、大事な時なのにごめん」

「いや全然!お大事にして!、、、あ!これ渡すね!」

目的を先に果たそうと私は鞄から封筒を取り出し、Kさんに手渡す

その手渡す瞬間、周りの喧騒が消え、穏やかな春風に身を包まれる感覚がした

なんだか今自分はとても大事なことをしていると感じた

手紙がKさんのもとへ渡ると、その不思議な空間はふっと消え、横を通る車の音も聞こえてくるようになる

受け取ったKさんは不思議そうな顔で

「封筒、2つあるけど、、、?」

と見つめてくる

「もう1つはKさんのだよ。自分のためにここまで協力してくれて本当に感謝してるの。今回は、本当にありがとうございました。」

そう深々と私はお辞儀した

よし、ちゃんと言えた

私は心の中でガッツポーズをする

それから少しだけ”これから感謝が届く人”の話をした

彼女は映画館の他にもう一つバイトを掛け持ちし、さらにインターンも始まり多忙を極めているらしい

「あの子忙しいのにバイトたくさん入れてて心配なんよね」

そうKさんはぼやいていた

今まで全く知ることができなかった彼女の真実にやっと、やっと触れることができ、私は鳥肌が立ったのを覚えている

そして彼女がこの1年LINEでたびたび言っていた忙しいは決してごまかしのために使っていた言葉じゃないことが分かり、ずっとLINEを続けたことに対する申し訳なさと、それでもLINEを返してくれていた彼女の優しさに対する感謝で私は泣いてしまいそうだった

「ごめんね、そしてありがとう」


なんで謝るの?って聞くKさんに、ううん!って首を横に振って私は

「大学、頑張る!今日は本当にありがとう!風邪、お大事にね」

と言って後ろを振り向いて駅に向かう

「こちらこそ、応援してます」

Kさんはそう言って自転車置き場の方へ向かう

駅のプラットフォームに立ち、私は”すごく感謝している人”に進路だけではなく、価値観まで塗り替えられてしまったなあって思った

受験という単なる通過点だけでなく、その先の人生にもこの経験は自分にとって大きな力になる

本当に、この人と出会えてよかった

眩しいヘッドライドと共に電車がホームにやってくると、ぼわっと春の空気を掻き混ぜる

何か大切なものを得て私は電車に乗り込む

どんな、大学生活になるんだろう

電車が駅から離れていくにつれて、私の思考はどんどん未来のことに傾いてゆく

そして最寄り駅に着くころには去年よりもレベルアップした姿で、これから始める新しい生活にワクワクが止まらなかった




また、3人で

2022.3.28
ぐつぐつと煮える鍋

昆布だしとすき焼き風のだしに分けられたその鍋の中には大量の肉がもはやじゃぶじゃぶに浸っていた

「お前野菜なんか取ってくるなよ」

茶色い鍋にうんざりして彩を足したい私に、隣に座る男は過敏に反応する

テーブルの端には高く積み上げられた容器

そこに更に追い打ちをかけんばかりに肉を運んでくる最新鋭のロボット

「こたつ野菜好きやねwまああたしも食べるけ、入れよ」

向かいに座る女性はてきぱきとアクを取り除きながら肉野菜を鍋に投入する

しばらくすると隣に座っていた男は立ち上がり何かを取りに行った

戻ってくればあらびっくり、皿いっぱいに白玉がこんもり

「その、しゃぶしゃぶ屋さんの白玉を空にする癖、よくない」

そういいながらも、1つ奪い取ってぱくり

うーん、しゃぶしゃぶ屋クオリティ

なんともいえない表情をしていると、

「おめえ、白玉の美味しさが分からんのか、だから一生彼女できんのや」

「君、接続詞勉強した???」

それを聞いて爆笑する向かいの女性


そこには何にも代えがたい時間があった




エピローグ

こういうことを、大学に入るまで私は知らなかった

誰かの誕生日を盛大に祝うときの笑顔
誰かと一緒にお酒を飲んで語らうときの熱気
誰かとふざけて服装を揃えるときの謎の一体感

入学したころも、季節が過ぎても、そして今でも感じることがあります

「この大学の地面をずっと踏みしめられるんだ」

受験の一度きりじゃない、これからも

これからも、みんなと過ごせる

「本当に、頑張ってよかった」、と

もう入学してから1年は過ぎたが、今でも様々な人と出会い、色鮮やかな体験をさせてもらっている

21になっても未だに毎日にワクワクがとまらない

誰かを想う気持ちは本当に力になって人生を変えてしまうことがある


***


2022.4.4
まずい、遅刻しそうだ

もっと早いバスでくれば良かった

最寄りのバス停を降りた時点で残り5分

ああ絶望的だ

でもこんなときに曲がり角から飛び出してきた女性とごっつんこしないかななんて考えている自分はどうかしている

で、結局開始時間ぴったりに教室に滑り込む

(うわあこの感覚、高校の時と一緒だ)

周りが全員初めましての時のあの独特の空気感

知らない人に四方八方囲まれた教室で完全に私は出遅れたようだ

でもガイダンスが終わった後、とある人物に声を掛けられる

「えっ!?」

そこには「先客」がいた


***


2022.4.6
その日はやることが盛りだくさんだった

パソコンのスタートアップ説明会に先輩との交歓会に自分が入りたい活動の説明会

そして、夜はゼミの人と焼肉

右も左も分からない大学生活の最初を、ゼミの人たちと協力して乗り切っていた

いろんな説明を聞いていると時間が経つのは本当にはやくてあっという間に夜になった

集合場所にはまだ顔と名前が全く一致しない男子が合計10名

そもそも誘ってくれたの誰だっけ?の状態

でもグループの中に着火剤となってくれる人がいて良かったと思う

焼肉会はすごい盛り上がったし、そのおかげでみんなの人となりを知ることが出来た

なんだかよくわからないけど、面白くなりそう

今までとは比べ物にならないくらい広い、広いこの新しい舞台のスタートラインに立った気分になりながら、これから始まる生活にたくさんの想像を膨らませる


今でも、その焼肉会の写真は特別な1枚となっている


***


とある日のキャンパスで、私は猫背男に会いに行った

食堂の前のベンチ

受験の時は一緒にお昼を食べた懐かしのその場所に確かに彼がいた

彼は立ち上がって手を振る

「よお、後輩」

彼はいばっていたからか、その時だけは背筋がぴんと伸びていた

「誰も敬わないから」

そう言い放って私と背筋伸び男はグータッチを交わす

「ちゃんと、追いついた」

拳を見つめながら、私は声を絞り出す

顔は上げられなかった



「好きが感謝に昇華した話」完






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