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予期せぬ出会いから始まった日仏コラボレーションの話

海外のデザイナーと組んだものづくりに興味はあるけれど、どうやってデザイナーと出会えばいいのだろう。伝統工芸に従事する方で、そう疑問に思う方は多いと思いますが、意外に出会いのきっかけはまったく予期していなかったところに潜んでいたりします。今日はいつもと少し趣を変えて、そんなお話をしてみたいと思います。

京都とも伝統工芸とも縁のなかった若者が…

少し前のことにはなりますが、去る10月5日、京都市内にあるアンスティチュ・フランセ関西にて、トークイベントのパネラー兼進行役を仰せつかって参加してきました。これはフランス・パリで恒例となっているニュイ・ブランシュ(Nuit Blanch:白夜)というアートイベントと連動したものです。この日のテーマは「京都の伝統工芸とフランス人デザイナーの新たな共創」。パネラーは、「蜂屋うちわ職店」×デザイナーMathilde Bregeonさん(以下マチルドさんと表記)、そして弊社「日吉屋」×デザイナーCéline Wrightさん(以下セリーヌさんと表記)という2組でした。

トークが進むうちにわかったのですが、この2組の共通点は「予期せぬ出会い」からコラボレーションが始まっている、という点。そして日本側の職人が、伝統工芸の家に生まれた訳でもなく京都人でもない、外からやってきた人間であるという点も同じでした。

「蜂屋うちわ職店」の蜂屋佑季さん

「蜂屋うちわ職店」は、若き職人・蜂屋佑季さんが2019年に立ち上げた工房兼お店。山形県出身の蜂屋さんは、大学では建築を専攻していたものの、在学中から「自分の机の上で完結するものづくりがしたい」という思いが芽生えていたそうです。そんな矢先、偶然「京うちわ」の存在を知り、「これだ」と思うものを感じて卒業と同時に京都へ。そこから老舗工房の門をたたき、修行を積んだのちに独立したという変わり種です。そんなエピソードを聞いていると、なんだか自分の辿ってきた道のりとも重なるところがあるような気がするのですが、自分のことは棚に上げて思わず「不安じゃなかったですか?」「周囲に反対されなかったんですか?」とか聞いてしまったのですからおかしなものです。

日本の伝統工芸に興味を示すのは圧倒的にフランス人が多い?

蜂屋さんの存在のユニークさや、知的でおしゃれな雰囲気のせいもあったのでしょう。蜂屋さんが「哲学の道」の近くに立ち上げたお店は、さまざまなメディアで取り上げられて注目の的に。コロナ前で京都がインバウンドで盛り上がっていた時期とも重なり、外国人のお客さんも多く訪れるようになっていましたが、そんな中で日本の伝統工芸に対するリスペクトがダントツに深いのがフランスからのお客さんだったと言います。その理由がどこにあるのかは、深く分析してみる価値はあると思いますが、それは今は置いておき、話を進めましょう。

フランスで出版された京都ガイド本で「京都に行ったら訪れるべき店」として、蜂屋さんのお店が紹介されるといった出来事もあり、蜂屋さんがフランスとの縁を感じるようになった矢先、ひとりのフランス人女性がふらりと店に入ってきました。それがファッションやインテリアのテキスタイルデザインを手がけるマチルドさん。彼女は元々パリを拠点に有名メゾンとも仕事をしていた気鋭のデザイナーでしたが、2016年に弊社がプロデュースを手がけた「Some&Ori project」(※註1)に参加されたのをきっかけに、日本の伝統的なものづくりに魅せられ、ついに京都に移住を果たしていました。

2017年に自身のデザインスタジオSTUDIO KAERANを立ち上げたマチルダ・ロザンヌ・ブレジオンさん

註1)京都府内の伝統産業技術「染」と「織」を活用し、海外デザイナーとのコラボで斬新なテキスタイル商材を開発して海外のアパレル、インテリア分野へ販路を開拓しようという京都府主催のプロジェクト。

こうして出会った2人は意気投合し、そのまま2時間も語り合ったといいます。2人を結びつけたのは、日用品でありながら飾って楽しめる美術品の側面ももつ京うちわの可能性。限られた形、限られた面積の中でこそ映えるアート的表現を追求したこのコラボレーションを通じて、蜂屋さんは「和紙に写真をリトグラフ印刷する」「リボン状に切った和紙を市松に編む」などの表現手法に挑むことになり、「自分では考えつかないデザインの新鮮さ」にワクワクしたそうです。

マチルダさんが撮影した桜の写真をリトグラフ印刷したうちわ

セレンディピティを呼び込んだものは何か

こうして2人のコラボレーション作品は、2021年秋、パリにあるギャラリーにてお披露目されました。その後もコラボレーションは続いており、今はサードコレクションを2023年の春に発表すべく制作を進めているそうです。

2021年パリでの展示の様子

マチルドさんは、このコラボレーションの始まりを「セレンディピティ(思わぬものを偶然に発見する幸運)」と表現していました。つまり、初めからうちわをデザインしようという意図があったわけではなく、たまたま目にしたうちわに蜂屋さんの落款があったことから工房を探し当て訪ねていったとのことです。

マチルドさんのその好奇心もさることながら、そのコラボレーションの申し出をオープンに受け入れた蜂屋さんの柔軟さも、偶然から価値あるものづくりを生み出すのに欠かせないものだったと思います。壁を作って閉じこもっていたり、変化を恐れていたら、そうはいかなかったでしょう。

14年ぶりに動き出した、パリでの約束

一方、日吉屋とデザイナー・セリーヌさんとの出会いは、もう14年前。日吉屋が2008年にフランスの国際見本市「メゾン・エ・オブジェ」に初めて出展した時のことです。物珍しさも手伝って、きょろきょろと周りを見回していた私は、何やら和の雰囲気漂う照明が展示されているブースを目にし、日本の出展者かと思って近寄ってみました。するとそれがセリーヌさんのブースだったのです。フランスやイタリアのハイブランドでデザインの経験を積んだセリーヌさんは、今から約25年前に工芸家兼デザイナーとして照明づくりをスタート。パリを拠点に展開する自身のブランドでは、和紙を使ったアートオブジェのような照明を多く手がけています。そこには、かつて日本で暮らした子供の頃の記憶が投影されているようで、私が彼女のブースに「和」を感じたのもそのせいだったのでしょう。

日吉屋が2008年に初めてパリ出展を果たした合同ブースの様子
セリーヌ・ライトさんのウェブサイト

そんなわけで30分ほどブースで立ち話を交わした私とセリーヌさんは「いつかコラボしよう!」と大いに盛り上がりました。その後は2-3年ごとにパリでお会いしていましたが、忙しさに紛れて歳月が経ってしまいました。しかし、2年前にようやくセリーヌさんが来日。私も京都の伝統工芸の職人をたくさん紹介して、彼女にとっても有意義な発見が多くあったようです。

そして今年に入って、ようやく14年前のコラボの約束を果たすチャンスが巡ってきました。ちょうど京都にある日仏文化交流拠点「ヴィラ九条山」に、セリーヌさんが制作のため半年間滞在することになったのです。この滞在制作を経て、京セラ美術館で展示された「コクーン・シェルター!」という作品は、巨大な繭のようなインスタレーション。越前和紙や天然のり、竹といった和の素材の特性を改めて深く学び直した成果が詰まった見事な作品でした。

それと同時に、現在セリーヌさんと日吉屋との間で、非常にチャレンジングなものづくりが水面下で動き出しています。野点傘をアーティスティックに再構築した美しいアウトドア商品で、職人側からすると技術面で悩ましい課題は残るものの、12月にセリーヌさんが帰国してしまうまでになんとか形にしたいと思って工夫しているところです。たとえむずかしくても「できない」とは言わないのが日吉屋のモットーです。来年、パリと日本でお披露目できれば、きっと多くの方をあっと言わせることができると信じています。

開発中の新作のためのセリーヌさんスケッチ。

偶然を幸運に変えるために

この日のトークを通して感じたのは、世界は偶然に満ちていて、それを幸運に変えられるかどうかは私たち次第だということです。私は、職人とは本来そういう好奇心の強い存在であり、常に新しいチャレンジに飛び込んでいこうとする精神の持ち主だったはずだと思っています。それがいつからか「伝統を守る」という意識に囚われ、殻に閉じこもって自己変革を避けるようになっていないでしょうか。

そうならないためにも、職人もオープンなマインドを持っていろんな人と出会ったり、アートに親しんだりと、さまざまな視点に触れていきたいものです。日本の伝統工芸の技術の繊細さ、削ぎ落とされたシンプルさ、自然と調和する思想は、フランス人を筆頭に多くのヨーロッパ人の心を動かしています。海外観光客受け入れが再開された今、おそらく出会いのチャンスはこれからまた増えるでしょう。そんな時に、セレンディピティを呼び寄せられる存在でいたいものです。


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