それは偶然なんかじゃなくて Vol.4
ナオ。オレがナオさんをそう呼ぶことを許されるのは、そういう時だけ。いつだったかナオさんはオレの気だるい体を抱き締めて言った。ジュンヤってすごくピュアだよね、と。
ナオさんの前に付き合った恋人は、すごく感情の起伏の激しい女性だった。喜びも、怒りも、全部大きくて、重くて、でもナオさんはその真逆。感情を見せてくれない。本音が見えない。だから思わず言ってしまった。
「ナオさん、誰のこと考えてる?」
「え…何が?」
ワイングラスを眺めていたナオさんの表情が凍る。そんな顔、見たくない。息をひとつ吐き出して言った。
「分かってるよ。ナオさんには他に好きな人がいること。オレじゃないんでしょ」
店の照明がやけに明るく思える。そもそもこんな店、好きじゃない。背伸びして、必死で隣を歩こうとしてきた。でも、ナオさんは近付いたら近付いただけ遠くへ行ってしまう。
「何言ってるの? そんなことあるわけないじゃない。私はジュンヤのことが好きなんだよ。いつも言ってる。信じてないの?」
なんでそんなに慌てるの? 問い質したい気持ちを押し殺す。ふっと体の緊張を解いて笑った。
「ううん。信じてない訳じゃないよ。オレも好きだよ。大好き。…だからさ、今夜は…うちに泊まる?」
「うん、いいよ。明日は二人とも休みだしね。じゃあ今夜はもう少し飲んでいい?」
追求したい。なんでそんなに安心した顔をするのと。でも、精一杯だ。信じてないの? という問いに信じてるよと返さなかったら、すでに子ども扱いされている自分が更に惨めになる。そんなの耐えられない。
笑顔を作って、いいよ、と答えた。その答えのあとに、またナオさんは黙る。以前、ナオさんが自宅に来た時にスマホに表示されたメッセージが見えてしまったことがあった。
『榊さん』
それがナオさんの相手だということは分かっている。だが、この店で出会ったナオさんとオレとの間に共通の知り合いはいない。ナオさんはオレにあくまで踏み込ませない。踏み込ませてくれない。
友達の話になって、何度か冗談めかして言ったことがある、紹介してよと。その度に何かと理由をつけて断られる。そう、ナオ、と呼ぶことも。
付き合い始めて半年になる。ナオさんをナオちゃんに、ナオちゃんをナオに、そんなふうにして7才という年齢差を埋めようとしていた。少しでも近づきたかった。少しでもその心に触れていたかった。なのに、やんわりと拒絶される。
「私、ナオちゃんって柄じゃないでしょ」
「こら、呼び捨てにするなんて10年早いぞ」
そんなふうに冗談めかして逃げられる。
「10年か…」
つぶやいたその言葉になぜかナオさんが反応した。遠くを見つめていた目がこちらを見る。
「何? どうしたの?」
また笑顔を作る。
「何もないよ」
飛び切りの笑顔だ。作り笑いと見抜かれない、120%の笑顔。
「ふうん、そう」
ほら、気付かない。
ねえ、偽物の笑顔にも気付かないのに、本当にオレを愛しているの? その問いは、やはり自分の胸の中にしまっておくことした。
おはようございます、こんにちは、こんばんは。 あなたの逢坂です。 あなたのお気持ち、ありがたく頂戴いたします(#^.^#)