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1ダースの恋 Vol.11

 3人は無言でシーフードカレーをかき込んでいた。そう、まさにかき込んでいたのだ。

 光は早々にこの場を切り上げて亜美と話がしたい。それにはなんとかこの失礼な律を言い負かして「追い出してしまいたい」と考えていた。


 亜美はこのとても重い空気の中で、せっかくのシーフードカレーを味わえずに半ばむせるようにして飲み込んだ。そしてなんとか光に律のことを理解してもらうにはどうしたらいいかと考えあぐねていた。


 律は律で、失礼なコールで呼び出された上に初対面の光からの立て続けの攻撃的な態度に苛立っていた。さっさと帰ってしまいたいところを亜美ひとり残していくこともできずに様子を窺っていた。そして勢いに任せ、ブランデーを飲み干し、加えて普段は飲まないワインを一気に喉に流し込んだのだ。

 亜美が食べ終え、スプーンを皿に置くのを待って、光がワインをひと口含んで、唇を湿らせた。

「オレは、亜美さんの放つオーラが好きなんだ。なんというか、上手く表現出来ないけれど、オレはそういうものを感じ取れる。そして、自分と亜美さんの波長があうと感じた。そういうところかな」

 今度はアンタのを聞かせてくれ、そう言わんばかりに光がこちらを見た。

「今度はこっちの番ってか…はは…。それをなんでお前に説明しなきゃならない? こっちは…」

 律自身、考えている。でも分からない。自分はこの亜美という女のどこが好きなのか? そもそも好きなのか? 頭を抱えた。

 でも、

「ワインが…」

 毛穴から噴き出してくるんじゃないかというほどに体が熱く感じた。

「大丈夫ですか?」

 柔らかく、亜美の手が肩に触れた。電気が走ったように感じた。

 母のことを思い出した。

『律、よく出来たわね』

 その言葉が欲しかった。幼い頃は簡単にもらえたその言葉は、年齢を重ねるごとにもらえなくなった。

 寂しかった。律の将来性がさしてないことを感じた母は徐々に律から感心を失っていったのだ。

「オレは、ただ笑顔が見たかっただけなのに…」

 気付いたら亜美の胸に顔を埋めていた。鼻をすする音が響く。あれ、オレ、泣いてる? 

 一瞬ワインが目から流れて来たのかと思った。そして、

 律はどこか現実味のないふわふわした感覚を味わった。

 ぼんやりとした記憶の中で、だれかの声がする・・・・亜美? いや、

 そう、母に自分は愛されていたのだろうかと振り返る。何もさせてくれなかった。ピアノ、ピアノ、ピアノ。

 本当は遊んで欲しかった。話を聞いて欲しかった。ただそれだけだったのに。

「落ち着きましたか?」

 奥まったソファ席に場所を移していた。亜美の膝の上で、律は少し寝ていたらしい。いい夢を見た気がした。母と遊んでいる夢。公園で走り回って、そのあとを母が追いかけてくる夢。そんなもの現実にはなかったのだが、なぜかそんな夢を見た。

「すみません、飲みすぎたみたいで」

 ダメだ、目を見れない。なんでこの女が好きか分かってしまった。どことなく、母に似ている。ヤンキーに囲まれても物怖じしなかったところ、こちらが噛み付くと噛み付き返してくるところ、なんだか母に似ている。

「ふふ、鼻水ついちゃった」

 亜美が洋服の胸元をつかんで笑う。

「いや、ホント、すみません」

 起き上がって、頭を下げた。

「さっきの答え、聞かせていただけますか?」

 さっきの答え、なぜ亜美のことが好きかだろう。その答えは。

「あなたが、強い女性だから」

 叶わないと諦めかけた『苦い夢』を亜美ならば叶えられる『楽しい夢』に出来るのではないか。

亜美に母とは叶えられなかった心からの願いの続きをみてしまった。

それが律にとっての新たな旋律になることもまた。

* * * * * * *


 あの晩は、少し不思議な夜だった。
 光くんが、勢いで律さんを呼んで、律さんが光くんを焚きつけて、

「ふふ…」

 そこで亜美は思い出し笑いをした。律の、意外なかわいい一面を見たからだった。

 3人で、シーフードカレーを食べたあと、光くんが律さんをけしかけて、でも律さんはワインが回っちゃって…

「な~に、ひとりでにやついてるのよ」

 気づくと目の前にかれんが仁王立ちでこちらを見下ろしていた。

「あは…そんな、にやついてなんか…」

 ここはいつものドトール。待ち合わせより早く着いた亜美は、一足先にいつもの席で甘いハニーカフェ・オレをいただいていた。

「にやついてなきゃなんだっていうのよ、わたし、3回呼んだのよ。あなたの名前」

「嘘…全然気づかなかった」

「でしょうね、なんだか心ここにあらずって感じだもの」

 そう言って向かいの席にすわりこむかれん。

「で? 急に呼び出しておいて、なんなの? なんかあったわけ?」

 言いながらかれんは、カフェインレスのアイスコーヒーのグラスを持ち上げた。


「かれんのお陰で気づいたわ。私ね、さっきも言った通り【強い女性】って
律さんに言ってもらったの。何だか、少し不思議で、でも凄く嬉しくて。」

 亜美は先日の夜のことを行き着く暇もなく語り続けた。

「私、やっぱり律さんが好きだわ。こんな弱い私の中に強さを見出してくれる。強くいさせてくれる。それでいて、大変な時はさりげなく支えてくれる。光君も凄く素敵だけど、樹の姿を私はどうしても重ねてしまう。それは光君に対しても失礼だし、何より私の本意ではないわ。ううん。もう、これは理論ではないわね。私の感情は想いは私らしくいさせてくれる存在を必要としていて、それはキット律さんだわ。」

 かれんはただ黙って聞いているだけだった。
 またいつものこと…と、流されるかと思い亜美が様子を窺っていると、

「でも結局、それをふたりに伝えたわけじゃないのよね?」と返された。

「あ、あぁ、そうね。律さんは酔ってそれどころじゃなかったし、光くんは呆れて帰っちゃったから…」

「でも、もう亜美の中では決着はついていて、あとはふたりに告知するだけなのよね」

「え、えぇ、そうね」

「じゃぁそれ、証明してくれる? わたしの目の前で」

「え…」

続く

おはようございます、こんにちは、こんばんは。 あなたの逢坂です。 あなたのお気持ち、ありがたく頂戴いたします(#^.^#)