1ダースの恋 Vol.9
一人でこの店で今晩は飲もうと思った。土曜の夜、仕事も関係なくのんびり過ごせると思っていた。思っていたのに。
「なんだあの亜美って女! 着信五回入れるってなんだ?! 古いだろ、着信五回入れて愛してるってか」
「律くん、ちょっとうるさいよ」
マスターにたしなめられる。
「水も飲んどきな、二日酔いになるから」
「ああ、もう分かったよ」
マスターから水をなみなみ注いだ大きなグラスを受け取る。
「着信着てるなら出ればいいだろ?」
「いや、めんどくさい」
「めんどくさいってなんだ? 仮にも好きなんじゃないのか?」
マスターが目を細めて、別の客の元へ行った。
好きって、なんなんだろうな? 律は自問する。野島亜美のことが気に入ったのは事実だと思う。だが、いきなり付き合うとかどうとか、しかもそんな話の前段階でこんなにも着信を入れる女ってどうなんだよ。
重いため息を吐く。六度目の着信が着た。どうやら、愛してるのサインではなかったらしい。
律はとあるレストランの前にいた。タクシーでマッハで移動した。「運転手さん、急いで!」を気の長い自分が言う日が来るとは思わなかった。亜美からかかってきた電話から酔った男の声が聞こえなければこんなことはしなかった。
「亜美さんのことで話があります」
人質を預かってる、とかそんな調子ではない。そんな律のような冗談の通じる男ではなさそうだった。融通の利かない堅い男という印象を持った。男は律が電話に何度も出なかったことに怒っていた。「それで本当に亜美さんが好きなんですか?」、まあそう言われても無理ないわな、そう思ってしまった。だからレストランの前で二の足を踏んでいる。
状況は分かる。あの男は亜美のことが好きで、律を敵視している。そして亜美は、律の思い過ごしでなければ二人の間で揺れている。そういうことだろう。そこに律はのこのこやってきてしまったわけだ。憂鬱。亜美に会える喜びよりもそういう気持ちが強かった。
覚悟を決めてドアを引いた。
「いらっしゃいませ」
柔和な笑みの優男(やさおとこ)が迎えてくれた。カウンター席に二人並んでいる背中が見えた。背中だけで分かる。あれが亜美だ。そして隣は……迎えてくれた優男とよく似た顔の男が、こちらは獰猛な大型犬のような顔でにらんでいる。隣の亜美はとてつもなく気まずそうにしている。
「食事は?」
大型犬が言った。
「済ませました。こちらは?」
亜美に目を向けて男に関する情報を得ようとした。
「高崎光さん、先日知り合って……」
「へぇ、よく男と知り合いになるのね。意外、意外」
亜美の顔を見て安心して軽口を叩いたら光が噛み付いてきた。
「失礼なこと言うな! あんた、なんなんだ!!」
「ちょっ、初回からフルスロットルですね。ペース配分考えないと」
「なんの話だ、何回こっちから電話したと思ってる?」
「えっと、五回だっけ? 愛してるの五回?」
光がギリリと奥歯を噛んだ。
「あー、すみません。なんか怒ってる人見るとあおりたくなる癖があって」
「ちょっと失礼」
優男が間に入ってきた。
「この光の兄の陽です。ちょっと光、お前落ち着け。うるさい。あと、失礼、お名前は?」
「佐藤です、佐藤律です」
「佐藤さんも席について、ゆっくり話されてはいかがですか?」
「私も、その方がいいと思います」
おずおずと亜美が言った。
「じゃあ、ブランデーを」
そう言った律は亜美の隣に腰を下ろした。カウンター席の右端から、律、亜美、光と並んだ形になった。
「ところで、弾丸一直線ボーイはどうやって亜美ちゃんと知り合ったの?」
「なんだ、弾丸一直線ボーイって」
「君のあだ名。そんな感じするじゃん」
「失礼なヤツだな。アンタ友達いないだろ」
「え? 分かる? そう、オレ友達いないんだよ。なってくれる?」
「誰がだ! 断る」
そんな調子で律と光がやりとりしていると亜美が笑い出した。
「二人、仲良いね」
その言葉に「でしょ?」と律。光は「どこが?!」と返す。
「同じ女を愛したんだ、もう他人じゃないだろ」
律は陽からブランデーを受け取ると乾杯を要求した。亜美は応じたが、光は応じない。完全にご立腹である。
「亜美さん、こんな男のどこがいいんですか?」
光が亜美に詰め寄る。
「ホントにね。
どこが良いのかしら?」
亜美は頬杖を付いていた。
「いつも何だか飄々としていて
普段は何を考えているのか
よく分からないのだけど
困った時には不思議と
助けてくれて
何だかんだ言って
私のことを大切にしてくれる所
かしら?」
お酒も入り軽く紅潮した頬で
亜美はポロポロと言葉を紡ぐ
突然の話し合いの場で
どうすべきか内心ビクついていた
律だったが、亜美からの思わぬ
告白に思わず顔がにやけてしまう。
「でもね、光君みたいに
真っ直ぐ私を求めてくれる
人もステキなのよね。。」
亜美の言葉で今度は
光が頬を緩ませている。
「私ね、昔にとっても
大切な人がいたの。
でも結局お別れになってしまって
どうせ別れるなら
言いたいこと全部言っておけば
良かった、なんて
今でも後悔しているの。
こうして2人に来てもらって
私ってワガママなことを言ってる
のかも知れない
って実は自己嫌悪にも
なってるのだけど、
もうね、後悔
したくないんだ。
だから、こうして
2人に来てもらったの。。」
亜美は1口お酒を飲んで
更に言葉を続ける。
「光君。ごめんなさいね。実は
貴方って私がさっき言ってた
昔の大切な人にそっくりなのよ。」
少し俯きながら
潤んだ瞳で光を見上げながら
亜美は心に引っかかっていた
言葉を投げてみた。
続く