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僕は通り過ぎた女性の手首を掴んでいた。
少しだけゆっくり起きた土曜11時、菓子パンを頬張って最低限のヘアセットをして街へきた。3月いっぱいで退職する先輩への祝いの品を調達するのだ。お世話になった先輩だからこそ、素敵なものを選べるのかというプレッシャーで気が重い。センスなど皆無なのに土曜出勤しなくてよさそうなのがスキルのない僕だけだったから一人だし。入社2年目なんて微妙なポジションももうすぐ終わるけれど、実力が追い付いていないことを思い出して滅入る。
ふだん休みの日は家で過ごす。外になんて用はない。駅ビルの近くを歩いていると楽しそうな人々ばかりで、人間の多様性を感じると同時にあの人たちとは関わることないんだろうな、と勝手に壁を作ってしまう。
僕は振り返り通り過ぎた女性の手首を掴んでいた。
驚いた女性がこちらを見て、警戒心で見開かれていた目が困惑に変わる。その方と一緒に歩いていた女性ふたりが声を荒げた。
「なんですか、警察呼びますよ」
気持ち悪い、離れてください、と重なる声。僕は目の前の女性、上品な服装を纏ったおそらく40代の方の手首から慌てて手を離したが、ベージュネイルの映える指先が追ってきて逃げる僕の手を包んだ。
「大丈夫ですか」
すみません、すみません、と謝ろうとしたが声にならず嗚咽が漏れた。道行く人々がこちらに好機の目を向けている。包まれていない方の手で目元を覆うけれど何も隠せていなかった。
女性は眉を困らせ笑いながら友人たちを制し、花びらを縫い合わせたようなハンドバックからティッシュを差し出してくれた。
すみません、昔の知り合いに似ていて。
途切れ途切れに絞りだした言葉を彼女は遮ることなく聞いてくれた。彼女の相槌を打つ微笑みがおぼろげな記憶を脳内の最前面に連れてきて、何も考えられなくなってしまった。
「大丈夫よ、あなたが悪い人じゃないのは見れば分かるから」
だってあなた、目の白いところが青みがかっているものね、そういう人は優しい人なのよ。と続けてくれる声の柔らかさに言葉が出なくてひたすら頷く。
「答えたくなければ答えなくてもいいけれど、その方はもう会えない方なの?」
たぶん、会おうと思えば会えるはずです。
びっくりして出た涙も落ち着いてきて、しゃくりあげつつ呼吸を整える。
「それは、あなたにとってはもう会えないのとおんなじね」
「そんなこと、今まで誰も言ってくれませんでした」
「やろうと思えばできることも、やろうと思えないのならできないと言っていいのよ」
よかったらお茶でもいかが、行ってみたいお店があるけど若い子が多くて入ろうと思えないの、と付け加える優しさに導かれて、僕はまた泣きそうになりながら頷いた。
『一度きりの再会』
***
こんにちは、幸村です。
知らない人にアクションかけるのは怖がらせてしまうのでやめましょうね、でもなにかあったときこの女性みたいな対応できるような大人になりたいな。
2021年は毎月一本は更新していこうと思います。これは2月分です(重要)
大好きなマイルドカフェオーレを飲みながらnoteを書こうと思います。