魔法のカードは僕名義
(あらすじ)玄関扉を開けると見知らぬ女子高生が立っていた。話を聞くと、彼女は遠い親戚で、母親が怒り暴れ、父親に家を出てくれと頼まれ渡された住所がここだったようだ。夏休みの一ヶ月間、二人は共同生活をすることになった。
こちらのnoteは第三話です。
詳細は第一話「高校生の夏、彼女は帰る場所を手放した」からどうぞ。
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午後は買い物をした
君が遠慮してはいけない
とはいえ僕が死んでもいけないのだと学んだ
結婚どころか恋人もいないのに保護者になってしまった
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彼女はリュックひとつ分しか荷物を持ってきていない。
およそ一ヶ月の共同生活が決まったので、次は生活用品を揃えなければならなかった。
あんまり時間をあけても腰が重くなるだろうと思い、三十分で準備しな。なんて言ってみると彼女は慌てて準備を始めた。
そういえば女性は身支度に時間がかかるのか、なんてぼんやり考える。
彼女が部屋と洗面所をぱたぱた行き来しているのを傍目にリビングで歯磨きしながらスマホを触って、彼女が洗面所を使っていないタイミングで髪を整えて、うっすらした気遣いの積み重ねが始まった。
マンションの駐車場で黒の軽自動車に乗り込み、助手席においていた置き傘やファミチキのゴミを入れたコンビニの袋を慌てて移動させる。
「おじゃましまぁす」
そろそろと乗ってきたちなみさんはやたらと距離が近く感じた。
運転席と助手席はこんなに近かったか、いや、そもそも車が狭いのか。
少し遠くの大きなイオンに行こうと思っていたが、車内の圧迫感に耐えられなさそうだったので近くのイオンへとハンドルを切った。
「どこに行くんですかー?」
「近くのイオンです。必要なものを考えてて」
「はぁい」
少しおどけたような話し方が素なのか仲良くなろうと頑張っているのか、どちらにしても親しげな雰囲気を作ってくれるのはありがたかった。
あれだけ泣いた後に気遣いする余裕があるあたり、彼女はメンタルが強いのかもしれない。
彼女は今日も制服を着ている。
憂鬱な表情で他人行儀な女子高生を連れ歩くのは心臓に悪い。
「目処は立ちそう?」
「うーん、部屋着はジャージでいいけど、可愛いパジャマが欲しいかなぁ」
「そっか、好きなものを揃えるといい」
会話はそう長く続かないが、入れっぱなしのCDが間をつないでくれた。RADはいつだって偉大で、学生時代に聞いた曲を口ずさむことでまるで自分が明るい人間かのように振る舞えた。
左折がてら静かになった助手席をちらっと見ると、スマホで買い物メモを作っている。楽しい買い物でもないだろうに。この子は強い子だ。
ふたりでなんとか楽しげな雰囲気を装って、お買い物が始まった。
「まず、君のリュックを買います」
「えっ、わたしリュック持ってますよ」
「いくつあってもいいだろ、ほら、せっかくだし可愛いものを選ぶといい」
はぁ、と不可解そうな顔。
「君はリュック買うならここがいいな、とかないの」
急だからなぁ、なんて言いながらカバンやリュックも扱っている雑貨屋に入る。
「女の子用のリュックって全然入らなさそうだなぁ」
「そんなに荷物入れることないですもん」
グレーで生地が厚めのリュックと、黒の少しごつっとしたデザインのリュックで悩んだ末に彼女は後者を選んだ。
会計金額への驚きを隠してサインする。リュックひとつでこんなに高いのか。クレジットカードを持ってきておいてよかった。
そういえばグレーのリュックの方が高かったんだっけ。気を使わせてしまったようだ。レジでタグを切ってもらい、彼女に装備させる。
「お兄さんの中でお買い物コース決まってるんですか?」
さっき買うもの考えさせたくせに、という含みがあるような、ないような。
彼女は下ろした髪の毛先をいじっている。
「最初だけね。次は君の私服を一着調達しよう、制服じゃ目立つからね」
夏休み中の土曜日だ。制服の子もいなくはないが圧倒的に少ない。
「……なんでもいいんですか?」
「うん。なんでもいいよ」
うーん、と悩ましげな顔。なるほど遠慮しているのか。それもそうか。
彼女に着いて数店舗を巡り、彼女は黒地に小花柄のワンピースを手にとった。
「肩と袖がレースになってるの、可愛くないですか?」
「あー、そうかな、高校生には少し露出が多い気もするけど」
「長袖レースの膝丈ですよ、お兄さん真面目すぎ」
試着室で着替えて出てきた彼女は、大人っぽいでしょ、お兄さんが怪しまれないように落ち着いた黒にしたの、いたずらっぽく笑った。
彼女の制服が入った紙袋を受け取って、大人はそんな風に笑わないよ、と答えると彼女は楽しそうに腫れた目を細めた。
ワンピースを買った店を出る頃にはだいぶ気も紛れたようで、次はどこに行くんですか?とこちらを覗き込んできた。
「ここからは別行動です」
「え?なんでですか」
「……おれには恋人がいないので、女性が生活するための諸々は何一つないんだよ。その上君は荷物少ないから買い足さないといけないでしょ。インナーとかの衣類、生活用品、あとはほら、化粧水とか、一ヶ月間で必要なものを買っておいで」
なるほど、と腑に落ちた様子の彼女に封筒にいれた資金を渡す。
「制服は車に置いておくから預かるよ。荷物が増えすぎたら呼ぶなり適当なバッグ買うなりするといい」
「そんなに買うものありますか?思いつきません」
「いいんだよ、この際必要じゃないものまで買ってしまえば。どれだけ買っても今ならお咎めなし」
「そうは言ってもですね。お兄さん、ライン教えてくださいよ」
どうするんだっけ、と手間取っていると、ちょっと貸してくださいと痺れを切らした彼女が画面を操作してくれた。
「お兄さん、名前こうたっていうんだ」
「あー、まだ言ってなかったっけ」
「ずっと気になってたの、こうたくんって呼びますね!」
お兄さん呼びよりはマシかもしれない。好きにしな、と言って彼女と別れた。
しばらく歩いて、ふう、と一息ついた。
他人といるのってこんなにくたびれるんだっけ。
車の後部座席に制服入りの紙袋を置いて、気持ちを落ち着かせようと本屋に入った。
本屋で買った本を手にカフェに入る。
アイスコーヒーを注文し、買った本を斜め読みして三十分ほど経った頃、彼女から連絡が来た。
ちなみ、と平仮名で書かれた名前の隣に友達とのツーショット。この子も普段はこうして友達と遊んでるのか。突然変わってしまった彼女の日常に少し胸を痛ませながらラインを開く。
『買い物が終わりました、どこに行けばいいですか』
一階に集まろうかと返信をして、グラスを返却口に置きカフェを出る。
エスカレーターで降りていく途中で、お兄さん、とフロアから呼び止められたので見ると彼女だった。そのまま一緒に降りるかと思いきや、彼女は寄ってこない。仕方なく彼女の方へ向かう。
「荷物少なくないか」
彼女は最初に買ったリュックをかるっているだけ。ぺしゃんこだったリュックはだいぶ膨らんでいる。とはいえ一ヶ月分の荷物ではないだろう。
「まだ買い物終えてませんもん」
は、と首を傾げると、彼女は後ろの店を指差した。GUだ。
「パジャマ、買おうと思ってですね。せっかくだし一緒に見ませんか」
リュックの肩紐を握る彼女はどこか嬉しそうだった。ああ、もしかして。突然ひとりで放り出されて心細かったのか。悪いことをした。けれど生活用品を一緒に買って回るのは考えられない。仕方ないだろう、と頭の中で言い訳を唱える。
「いいよ、何着でも買えばいい、資金は君のお父さん持ちだから」
「えっそうなんですか!聞いてないんですけど」
「言ってないもんな」
「そーゆーの良くないですよ!何でも言うって言ってたのお兄さんじゃん」
おどける彼女の笑顔が疲労で引きつっていたので目を逸らし、店内へ入った。
「パジャマを新しく買うつもりなかったからあんまり見てなかったんですけど、前に友達と来たときスヌーピーの可愛いやつあったんですよねぇ」
「へぇ。いいと思う」
「本当に思ってますか?」
「あー、思ってるよ」
彼女はパジャマコーナーで目移りを繰り返しながら二着まで絞った。
「どっちがいいと思います?」
「どっちも買えばいいよ」
「ええ、そういうのじゃないですよ、お兄さん買い物楽しいですか?」
困ったような萎えたような、疑いの眼差し。そう言われても、グレーとベージュの似た形の衣類に、ましてや部屋着に優劣をつけるなど難易度が高い。
「名前で呼ぶんじゃなかったの」
「んー、じゃあお言葉に甘えて両方買ってきます」
「いいよ、カゴ貸して」
「まだ封筒の中身残ってます」
「それはお小遣いにすればいい。これはおれからのプレゼントってことにして」
納得してくれるか、と目線で問いかけると、わかった、と言ってくれた気がした。そういうことにしておこう。
レジに並び、しわの寄った眉間を伸ばす。どうしたものか、あの子との関係構築のためにおれができることが金銭的援助しかない。金で信頼が買えるなら月収の三分の一までなら払ってもいい。家賃の相場かよ、と自分で突っ込んだ。
助手席の彼女に半ドアになってるよ、と伝える。慣れない車で力の入れ具合に迷ったのだろうか。
「お腹すいてない?」
ドアを閉めなおす彼女は、いやぁ、と首を傾げる。
「あんまり、ですね。お腹すいたなら何か食べましょう」
「いや、おれもあんまりすいてなくて。もうひとつ店に寄っていいかな」
「はい、どこですか?」
「ニトリです」
はぁ、と分かったような分かっていないような返事を傍らに、車を発進させた。
疲れ果てて、環境が大きく変わって。
そんな君に必要なものがふたつある。
ひとつは、いつもの生活を守るもの。
さぁ、もうひとつはニトリにある。
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4話目はこちら。
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こんにちは、幸村です。
僕はnoteをiPadで書いたりiPhoneで書いたりしています。
夜、iPadで動画流しながら集中してnoteを書いていて、動きが重いなーと思っていたらアプリが両方落ちて。
「!?」
慌ててnote立ち上げたら最後に書いた助詞まで完全に保存されてました。
定期的に自動で保存してくれる機能、推敲中に上書き保存されてあーーってなることもあるけど本当に助かりました。
保存したバージョンの履歴機能とかもあったらいいな、なんて思ったけどそこまで色々したいときは分けて保存するし。現状で満足。
運営さんありがとうございました。
大好きなマイルドカフェオーレを飲みながらnoteを書こうと思います。