きっと僕らは幸せにならなくたっていい。 #幸せをテーマに書いてみよう
「君たちは幸せを切り取るのが上手じゃないか、ほら、インスタとかって最高だった日々の絵日記だろ」
「うーん、最高と言えば最高だけど。幸せとはなんか違うっていうか、なんだろう、インスタはきらきらで、幸せはほわほわっていうか」
家庭の事情で一ヶ月間うちに住むことになった女子高生は首を傾げる。
すっかり自分の部屋のようにくつろいでおり、リビングでダメにしてくれるクッションを抱きかかえて就寝前のホットミルクを口に運んだ。
夏期講習中の学校で話題に上がったのかふと頭に浮かんだ問いなのかはわからないが、「幸せってなんだと思う?」というのは仕事でこき使われた木曜夜の脳みそにはなかなかヘビーなものだった。
「ほわほわ、ね。君にとって幸せとは温かくて心地よいものなんだな」
「そうかもー、なんというか、パステルピンクな感じ。こうたくんは違うの?」
「幸せの色は考えたことないな。幸せ、ね、そうだな。寂しさの前にあったはずのもの、かな」
なにそれえもい!と身を乗り出す彼女。こぼすぞ、と注意するとホットミルクのマグカップをテーブルの少し奥にずらした。
「寂しいのに幸せなの?」
「寂しくなる前だよ。例えばおれは会社員だから、会社の飲み会に参加することがある。君で例えたら、クラスで運動会の打ち上げとかに近いかな」
「運動会じゃなくて体育祭!」
運動会は小学校のやつだよ、と彼女。身につけているグレーのパジャマはふわふわしているが半ズボンで、これは幸せの色違いな上に防御力が低い。
「ああ、そう。それで、おれは職場の人と仲良くないから正直楽しくない。職場の人も、おれと話しているときはすごく気を使っているのが伝わってくる。早く帰りたいんだよ」
「えー、それこうたくんが勝手に思ってるところもあるよ」
「ありがとう。それでね、宴もたけなわですがー、なんてお決まりの言葉で中心人物が締めくくるの。それはもう楽しそうに。おれは蚊帳の外に感じているから、やっと終わるなって安心する。嫌で仕方ない無銭残業の場から離れられる。そう思うのに、ひとりで車を停めた駐車場に向かいながら代行会社をどこにしようかググってたら、どこか寂しいような物足りなさを感じるんだよ」
彼女は黙って二度頷いた。話すのが苦手だとそろそろばれているのだろうか、最近はこちらがしどろもどろに話しているときりのいいところまで静かに聞いてくれる。
「お酒飲むと人間の本性が出るんだってお父さんが言ってた」
「はは、いい教育だな。おれは寂しがりやなのかもしれない」
ふう、と一息ついて続ける。
「代行の車が来て、自分の車の後部座席で普段より一歩後ろから景色を見ながらぼんやり考えるんだ。無事に飲み会を終えられて安心した今なら、もっとたくさん話したかったと思えるなって。あのときこう返せばもっと会話が続いたかな、もっとあの人のこと知れたかなって。もしかしておれは、飲み会をそこそこ楽しんでたんじゃないかって。人付き合いは苦手だし、うまく振る舞えやしない。それでもみんながわいわいやってるのを見るのは嫌いじゃないんだ」
「苦手と嫌いは違うもんね。わたしも、水泳苦手だし面倒だけどがんばりたいし嫌いじゃないや」
毛先をくるくると弄びながら神妙な面持ち。高校生なんてもう大人だ。
「そう、そんな感じ。家についてひとりの部屋で寂しさを噛み締めながら、いま寂しいってことはさっきは満たされてたのかもしれないと気付く。幸せだったのかもしれないと薄っすら考える」
「でも飲み会の最中はしんどいんでしょ。終わった後美化されてるところもありそう」
「それはそうだな。飲んでるから気分も浮ついているし。長くなったけど、寂しくなってから振り返ってようやく、あれって幸せだったんじゃ?ってなることが多いんだよな、おれは」
「幸せは後ろ姿しか見えないんだねぇ」
上手いことを言って、ホットミルクを飲みながら満足気に目を細めている。この子はもう眠たくなってきている気がする。
「おれは日常の中で欲をあまり持たないから、もっとこうしたい、あそこに行きたい、これをしてみたい、とかほとんどないんだよ。だからこそ小さな『楽しい』を大切にしたい。後から振り返って楽しいのももちろんだけど、その場で楽しいと思えるなんてよほどの楽しさに違いないからね」
「こうたくんにとって、楽しいと幸せは同じなの?」
「ちなみさんは違うの?」
「んー、楽しいの最上級に癒しを足したのが幸せみたいな感覚かなぁ。パフェ食べたときとか、見た目可愛くて楽しいし、美味しくて口の中が甘やかされてる」
甘味だけにな、と返事をしてみたが、ん?と聞き返された。なんでもないよ。
「おれはあんまり感情が分化してないかもしれないな。プラスの感情とマイナスの感情、ってふわっとしてるというか。言語化しようとしてないというか」
「そうなんだぁ。こうたくん今幸せ?」
今ってこの瞬間じゃなくてここ一年くらいね、と念押しされる。
「小さな楽しいはあるけど、物足りなさは正直あるな」
「じゃあ、幸せじゃない?」
少し困ったような悲しいような顔がこちらを見ている。彼女にとっておれは家族と教師以外の数少ない社会人サンプルだ。自分の言動が彼女の目にどう映るかくらい意識している。
「誰かがおれを見て『幸せそう』とは言わないだろう。でも、おれは誰かの幸せ条件を満たしてなくていいんだよ。ただ、楽しいとか幸せだったなとか、そう思う瞬間は増やしていきたいと思ってる」
時計の針が真上を向く。そろそろ寝る時間だ。
「おれは、幸せにならなくていいと思う。楽しいの最上級なんて滅多にあるものじゃないだろ。日々は完璧じゃなくていいし、幸せへのプレッシャーも感じなくていい。幸せに向かう力さえあればいい。日々の喜びを噛み締められればそれでいい」
よいしょ、と立ち上がる。彼女の視線がついてくる。
「こうたくんの考え聞けて良かった。なんだろ、インスタとかって人の目にわかりやすいダイジェストを載せてるし、大人はみんな批判的だと思ってた。でもこうたくんの話聞いてたら、インスタの更新って自分が嬉しかったこと楽しかったことを噛みしめるのに似てるのかもなって」
「きらきらしてたらいいじゃないか。大人になったらふわふわしてくるさ」
「お酒を飲んで?」
立ち上がって空になったマグを両手で持ちながら彼女は笑う。
「ああ、そうだな。君が成人したら一緒にふわふわしよう」
「甘いやつがいいな」
「ああ、甘いやつにしよう」
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こんばんは。幸村です。
幸せについて考えるのが楽しくて三作目です。
今回は社会人男性と女子高生に会話してもらいました。
彼らの一話目はこちら。
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参加させていただいたあきらとさんの企画はこちらです。
冊子化希望は一作目のまま変わらずですが、二作目、三作目も楽しく書けました。
一作目はこちら。
二作目はこちら。
あきらとさんの企画のおかげさまで寝不足です。最高に楽しかった。
ありがとうございました。
大好きなマイルドカフェオーレを飲みながらnoteを書こうと思います。