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ある日、君を失う夢を見た。【短編小説】
昨年末に参加させていただいた、えみさんのアドベントカレンダー企画。
僕は恋愛小説を書きました。こちら。
今回はその続編です。
***
ある日、君を失う夢を見た。
目を開くとそこはまだ見慣れない天井で、先月新居に引っ越してきたばかりだと思い出し隣を見ると大好きな彼女が寝息を立てていた。
クリスマス前にプロポーズしてから二人で話し合い、終わりがこないようにと円周率の日に入籍した。お互い仕事を休めるゴールデンウィークに引っ越して、今日でちょうど一週間。
セミダブルのベッドと小さなサイドテーブルの他に家具を置けない小さな寝室は彼女の柔らかい髪の香りで満たされている。
それなのに。いや、だからこそ、かもしれない。
カーテンの隙間から土曜の気怠い昼下がりを嘲笑うほど澄んだ空がこちらを見ている。水を入れすぎた絵の具の青のような、画用紙が透けるくらいの薄色なのに向こう側が存在するのかも分からない、清々しいほどに空虚な空だった。
お揃いで買ったパジャマの裾を細い指が掴んでいる。その姿がなんだか縋るようで、愛しさと不安が胸の奥底で混ざる。夢で見た悲しみがもしも彼女に降りかかったら。彼女が消えてしまったらではなく、彼女が僕を失ったら。彼女は孤独に耐えられるだろうか。二人で生きていくつもりだった広い道で迷ってしまわないだろうか。
無意識に強張っていた身体を緩めてベッドに沈む。一人で生きるには世界が広く寒く感じて、寄り添うように惹かれあった。体温を分け合っても大丈夫だと思える、そんな相手とようやく一緒に歩み始めた。必然のような愛情だった。
道徳のない悲劇が起きてしまっても、彼女が凍えず済むように。
彼女を明日に導くような言葉を遺そう。
それから一週間、僕は文を綴るため愛しさ集めに勤しみ、穏やかな日常は輝きを増した。
僕がいない日常を彼女はどんな風に過ごすだろう。
仕事で大事なプレゼンのある日はお茶すら喉を通らない彼女だ、きっと飲食できなくなるだろう。ただでさえ風邪をひきやすいのに、身体には気を使ってほしいな。
先走ってプロポーズしたおかげで指輪は店で一緒に受け取った。店員さんに僕が悩みまくっていたのを暴露されて涙ながらに笑う彼女のあどけない表情が可愛かったな。
一生身に着けられるお揃いだね、なんて嬉しそうに指輪を見つめる横顔。きっと最期の瞬間に思い出すんだろうな。
彼女が貧血を起こしてしまって初日の出に間に合わなかったとき、泣いていた理由は約束を守れなかったから、だったなぁ。そんな小学生みたいなこと言うなよと濡れた頬をつまんだら、だって大好きな人が結んでくれた約束を解いちゃったから、って余計泣いちゃったっけ。
誰かを悲しませないように柔らかく生きる彼女への言葉。何度でも読み返して、毎回朝まで寄り添える言葉。
いつも彼女と一緒に新刊を買う本屋で、破けにくい便箋を探し、どんなときでも目に痛くなさそうな花柄を見つけ、出し入れしやすい少し大きめの封筒と、視界が歪んでいても線を追えそうな太めのボールペンを買った。
仕事に疲弊した彼女が僕の抜け殻を握りしめて眠っている、一週間経った土曜の昼下がり。リビングでホットコーヒーを飲む。
こんなのまで用意しておいて、彼女が意外と気丈だったらどうしよう。僕を失ってもけろっとしていたら、もしそうなら安心だけど正直寂しい。
なんて、彼女を愛しているのはたしかだけど我儘で自惚れ屋で。こんな僕と一緒に生きてくれてありがとう。
僕は少し苦い香りのするリビングでボールペンを握った。
この手紙を読んでいるということは、僕は君をひとりにしてしまったんだろう。まずは、寂しい思いをさせてしまってごめんね。
実は君に隠していたことがあります。
僕は、こういうこともあろうかと、こそこそ日本中のコンビニを買い占めておいたんだ。
君は僕がいないと飲み物を口にしないから。
僕の代わりに冷たい水を用意してくれって伝えておいたよ。
いつだって君の乾きを和らげられるように。
毎日水を買って、必ず一口は飲んで、飲みきらなかったらお風呂で髪を洗うのに使ってね。
君の柔らかい髪が心から好きだから。
・・・
『自惚れの遺言』 幸村 柊
***
あけましておめでとうございます、幸村です。
昨年は大変お世話になりました、本年もよろしくお願いします。
今回はえみさんの企画で書かせていただいた作品の続編です。
水分を取ること、外に出ること、お風呂に入ること。とっても大切。
手紙の最後、飲みきらなかった水で指輪を洗ってもらおうかとも思ったのですが、指輪が手元にあるとも限らないし。彼女が僕との約束を守れるようにお風呂にしました。
最高の企画で素敵な作品だらけなので、まだの方はぜひ一度見てみてくださいね。
大好きなマイルドカフェオーレを飲みながらnoteを書こうと思います。