私を 想って 第十一話
田舎のひっそりとした神社のお祭りにしては、盛大で豪華なものだった。階段の下から見上げたことしかなかったから、境内が予想以上に広く立派なことに驚いた。
夜店もたくさん出ていて、にぎやかな空間に自然と笑みが浮かぶ。子供の頃、近所でお祭りがあっても外から眺めるだけで、こんな風に誰かとお祭りに出かけたことはなかった。
人混みの中にいるのに、何かを気にしたり、怯えたりしなくていい感覚を初めて知った。多くの人が行き交うざわめきの中でさびしさが消えていく感じがする。
「なんで祭りで食べる焼きそばはうまいのかなぁ。家で食べるより絶対にうまい!」
「雰囲気でしょ。この雰囲気が美味しくさせてるよね、鞠毛」
篤人と寧々のやりとりを眺めていた。
「ぼんやりしてると篤人が鞠毛の分の焼きそば食べちゃうよ。ぼうっとしていないで、お口動かして」
寧々が言うので、もぐもぐと口を動かす。普段食べている焼きそばよりも油っぽい。だけど篤人の言うように美味しく感じている。
「私、こういったお祭りに来たのはじめてだよ」
独り言のように声が出た。
「そっか、じゃあ楽しまないとな」
その声を聞いて篤人が私と寧々のゴミを集めてベンチから立ち上り
ゴミを捨てに行った。
「私もさ、好きな人と一緒にお祭りに来るのは初めてだよ」
そう言って寧々は、私をじっと見つめながらニコッと笑った。
「寧々はいつも篤人と、連絡取り合ってるの?」
と思わず口から出てしまい目をそらす。
「とってないよ。LINEでさ、クラスグループに入ってるの。まぁクラスって言っても少しの人しか入っていないけどね。そこで篤人が明日祭りにいくぜー! って言ってて。もしかして鞠毛も来るかなぁと思って聞いてみたんだ」
そうなんだ、と答える前に
「なんか食おうぜ」
元気に篤人が帰ってきた。
「はぁ? あんた食べたばっかりじゃん」
寧々が浴衣の後ろをパンパンと叩きながら、ねぇっと私に笑いかけた。
「じゃあスイーツ系ならいいだろ?」
「いいよ。じゃあ行こっか」
寧々と篤人に腕を引っ張られた。人の波を器用にかき分けていく二人のスピードに少し酔いそうになる。
「りんごとバナナどっちがいい?」
「……りんごかな」
「じゃあ、りんご飴ね」
空気がいろんな匂いと混じりあって、もとの香りが何なのかわからない。提灯や屋台のカラフルな色が眩しくて、どこか違う国にいるようにも感じた。
目の前にあるりんごは棒に刺さっていた。ツヤツヤしていてまるで寧々の唇みたい。初めて食べるので小さいりんごにしてみた。
「凄く硬い。……凄く甘い」
一口食べて驚いた。
寧々と篤人はりんご飴を食べる私を見て笑っている。
「チョコバナナは柔らかいけどな。無理そうならオレが食べるよ」
そう言ってりんご飴を私の手から奪っていく。
「何言ってんの? 私がもらう。いいよね?」
今度は寧々がりんご飴を篤人から奪った。
二人の様子がおかしくて見つめていたら
「あー! 笑ってるし。まぁいいや。りんご飴は寧々が食べな。チョコバナナ食べようぜ」
篤人に腕を捕まれ、そこだけが熱を帯びたように感じ鼓動が少し速くなる。
「こーら!」
寧々が篤人の手を、ていっと叩いて引き離す。
「私もチョコバナナ食べたいから。りんご飴食べるまで待っててよ」
寧々はバリバリと凄い速さでりんご飴を食べてしまった。
チョコバナナはりんご飴に比べて甘くはなかったけれど、口の中に
しつこく味が残っていた。
変な色のジュースも刺激的だったし、そこにいる誰もが笑顔で楽しんでいて、私にとって不思議な時間だった。
「今日は鞠毛のおかげでチビ達のお守りをしなくてすんでラッキーだったなぁ」
フライドポテトを食べながら篤人は嬉しそうな顔をしている。
「チビ達のお世話って理由で部活もやってないもんね」
寧々は篤人のフライドポテトをつまみながら私を見ていた。
「鞠毛も部活やってないけど、どっか入りたい部活ある?」
寧々に言われて自分のやりたいことを考えたけれどうまく思い描くことができなかった。
中学の時は書道部にいた。書道をやりたかったわけではない。
私のやりたいことって何だろう。
「まぁ、ネガティブ・ケイバビリティでいいじゃん」
寧々の質問に答えられないでいると、篤人が難しい言葉を言った。
「何それ?」
寧々が口を尖らせる。
「答えがさ、すぐに見つからなくてもいいってこと。なんつーか、がんばって考え続けるってのが大事みたいな? 急がなくてもさ、いつか答えは見つかるよ」
な、っと言いながら篤人は私の肩をポンポンと叩いた。
「難しい言葉知っててビックリ。ねぇ鞠毛」
寧々の言葉に頷いた。
「そりゃあそうだよ! 小説家になるんだから」
寧々はあきれた顔で篤人を見ていたけれど、いつか答えは見つかる、急がなくてもいい、その言葉が胸の中にストンとおさまった気がした。
「私はイラストレーターになりたいし、海外にも行きたい! 洋服も作りたい。やりたいことばかりだよぉ」
寧々は小さな身体からエネルギーを発しているようにキラキラとしていた。
「あれ? ちょっと前までパティシエになりたいって言ってなかったか?」
「いいじゃん別に。いろいろやりたいの。ね、鞠毛」
寧々の笑顔につられて笑った。
なりたいものがいっぱいあっていいな。
私は何をしたくて、何になりたいのか、すぐに思い浮かばない。
それがよくないことだと思っていた。でも、さっきの篤人の言葉を聞いて、ゆっくり探し続けることも悪くないと思った。
綿あめを食べながら輪投げをしたり、たこ焼きも、鯛焼きも食べた。お腹がいっぱいになると、お腹がすごく膨らむことに驚いた。
私はみんなより知らないことが多い。
でも篤人と寧々と一緒にいるときはそんな自分を卑屈に思うことはなかった。きっと二人が気を遣っているのだろう。
何人かクラスメイトともすれ違ったけれど、篤人も寧々も軽く挨拶をするだけで私のそばにいてくれた。
たったそれでけのことなのに、とても嬉しかった。
第一話はこちらから
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?