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実話怪談 #37 「後悔」

 二十代後半の男性、三井さんのだんである。

 三井さんは二週間に一回のペースで精神神経科の病院に通っている。通院には大手私鉄を利用しているそうだが、病院からの帰り、駅のホームで頻繁にそれを見るのだという。

 それをはじめて見たの今から一年ほど前のことだった。
 通院をすることになってまもない頃である。

 病院での診療を終えた三井さんは、私鉄のホームで帰りの電車を待っていた。すると、五十代とおぼしきスーツ姿の男性が、ふらふらとした足取り後ろから現れた。
 三井さんのすぐ隣に立ったその男性は、顔をくしゃくしゃに崩して涙を流していた。泣き声こそあげていなかったものの、大粒の涙を足もとにぼたぼたと落としていた。

 男性のその姿は異様といえた。いい大人が涙を堪える素ぶりも見せず、人前で恥ずかしげもなく泣いている。何事かと目を離せないでいると、やがて男性はすうっと消えていった。足もとにあった涙のあとも消えていた。
 三井さんそれをのあたりにしたさんは、ようやく気がついた。
 男性はこの世ならざるものだったらしい。
 ときどき三井さんはそういったものが見えるのだが、はっきり見えすぎると、それだと気づかないこともあった。

 それから三井さんはその男性を頻繁に見るようになった。私鉄の駅は行きも帰りも利用するが、男性を見るのは決まって帰りだった。同じ駅であっても行きと帰りではホームが変わる。どうやら男性は帰り側のホームに存在しているようだ。

 男性のようすはいつも同じだった。
 三井さんが帰りの電車をホームで待っていると、ふらふらとした足取りで背後から現れる。そして、大粒の涙を足もとにぼたぼたとこぼし、しばらくするとすうっと消えいく。気づくと足もとにあった涙のあとも消えている。

 また、そのようすを何度も見ているうちに、三井さんはおのずと気がついた。男性はただ泣いているのではなく、ホームの下をじっと見つめて泣いている。
 三井さんは思った。きっとこの男性は自分と同じだ。

 インターネットを使って調べてみると、思ったとおりだった。過去のネットニュースの記事で、その駅での自殺が報じられていた。自殺者の名前は伏せられていたが、五十代半ばの男性が、通過する急行電車に身を投げたという。
 三井さんが頻繁に見かけるあの男性と同一人物に違いなかった。

 男性が涙を流しているのは、後悔に駆られてのことだろう。身を投げたホームの下を見つめて、自死したことを、死んでからもずっと後悔している。
 三井さんがそのように確信したのは、決して他人事ひとごとではないからだった。過去に同じ境遇にあった三井さんは、男性の気持ちを理解できたのである。
 
 現在の三井さんは精神神経科に通っているおかげで心が安定している。だが、過去に心がひどく疲弊していた時期があり、死んでしまおうと自殺を図ったことがあるのだ。
 さいわい未遂に終わったものの、本当に死んでいたとすれば、きっと強い後悔があっただろう。
 男性のように死んでからも後悔し、今も涙を流し続けていたに違いない。

     (了)


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