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スポーツによるまちづくりを推進するために重要な視点

※本稿は2023年10月12日・13日に開催された第85回全国都市問題会議の文献集に寄稿させて頂いたものを許可を得て転載しております。


スポーツによるまちづくりを推進するために重要な視点

株式会社DEERS FOOTBALL CLUB
代表取締役 髙橋孝輔

1  はじめに

 株式会社 DEERS FOOTBALL CLUB はアメリカンフットボールクラブ「胎内 DEERS(ディアーズ)」を運営しております。現在の胎内 DEERS の練習拠点は東京都調布市ですが、ホームタウンを新潟県胎内市として活動しているスポーツクラブで、10 年以内での胎内市移転を計画しています。このような形態のクラブは全国的にも珍しいのではないでしょうか。本稿では私たちが目指すアメフトを通じた地域活性化や、その背景にある考えをご紹介します。他のスポーツや地域を差し置いて本稿を執筆することは大変恐縮ですが、一事例として皆様の参考にしていただけたら幸いです。

2  胎内DEERSについて

 胎内 DEERS は、1989 年に鹿島建設株式会社の実業団「鹿島 DEERS」として誕生し、2014 年からクラブチーム化、2022 年 7 月に新潟県の企業であるNSG グループの経営権取得により名称変更を行い「胎内 DEERS」としてスタートしました。鹿島 DEERS時代には 2 度の日本一を達成し、日本を代表する選手・スタッフを多く輩出しています。現在は東京都調布市が練習拠点ですが、「胎内 DEERS」誕生より新潟県胎内市をホームタウンとし、10 年以内での移転を計画しています。
 日本のアメフトの競技人口は関東・関西を中心に全国で約 1 万 8,000 人です。胎内 DEERS が所属している X リーグは国内トップリーグに位置付けられ、私たちは最上位カテゴリの X1 SUPER で活動しています。X リーグは一部を除きほぼ全ての選手がアマチュアで、仕事を持ちながらプレーしており、選手、スタッフ、チアリーダーを含め 1 チーム約 100 人の組織です。X1 SUPER は 12 チームで構成され、春はオープン戦を行い、秋に日本一をかけたリーグ戦を行います。春・秋のどちらも J リーグと違い、ホーム & アウェー方式ではなく、神奈川県と大阪府のスタジアムによるセントラル開催方式を基本としつつ、希望するチームが1 試合ホーム開催を調整しています。
 胎内 DEERS は、初のホーム試合を 2023 年 5 月に胎内市で開催しました。新潟県内で X リーグの試合が開催されるのは史上初となりました。

2023 年 5 月に実施した胎内市初開催試合

3  胎内市について

 胎内市は、新潟県の北東部、県都新潟市から北東へ約 40㎞に位置する、総面積 264.89 ㎢、人口 2 万 7,572人(2023 年 4 月末現在)の市で、2005 年 9 月に旧中条町と旧黒川村が合併して誕生しました。東には磐梯朝日国立公園区域に含まれる、日本百名山を有する飯豊連峰が、西には日本海が広がっています。市域は、飯豊連峰を源とする母なる川・胎内川を中心に形成されており、東西に細長く、上流部は四季折々の渓谷美に彩られるほか、中流部の扇状地は肥沃な優良農地が、また、河口を中心とした 15㎞に及ぶ海岸線には砂丘と松林(白砂青松)が広がっています。基幹産業は農業ですが、そのほかにも中核工業団地を造成し、県北の工業都市としての基盤を確立しており、また、豊かな自然環境を活かしたスキー場、リゾートホテルなどの施設も整った観光都市でもあります。さらには、中世には奥山荘といわれる 1 つの荘園により発展してきたことから、史跡や歴史の宝庫として、学術的にも全国の注目を集めています。

4  胎内市活性化

 胎内 DEERS は、「アメリカンフットボールを通じて幸福で豊かな 10 年後の未来を創る。」を理念として掲げています。DEERS と関わる人、DEERS が存在する地域にとって、DEERS があったから、DEERSと関わったから幸福になった、豊かになった、社会で活躍できる人間になれた。こんな未来を創ることを目指しています。具体的な取り組みをいくつかご紹介させていただきます。
 まずはホームタウンである胎内市の認知度向上、関係人口の増加を目指した取り組みです。大学アメフトは、強豪チームでは 1 学年約 30 名が所属しており、選手 1 名が卒業までに関わる仲間は 200 名ほどになります。このような選手やスタッフが卒業後 100 人集まった胎内 DEERS は、アメフト仲間が 2 万人いる団体といえます。また、これまでの伝統と実績から、胎内DEERS は全国約 20 万人のアメフト関係者に認知されています。練習拠点の調布市では毎年ファンイベントを開催し、約 2,000 人が来場しています。これらの胎内 DEERS とつながりのある人々に胎内市のことを知っていただき、さまざまな形で胎内市とつなげることを目指しています。最終的には、例えば観光やふるさと納税などを通じて胎内市のまちづくりを真に応援したいという方を増やしていこうと思います。これまでにチーム名を「胎内 DEERS」へと変更、ユニフォームの胸と背中に胎内市のロゴを掲出、県外での試合において観客に配布するガイドブックに市の紹介ページを掲載、試合中継の合間に流れる CM では胎内市の PR 動画を放映する等により、胎内 DEERS を通じ、胎内市がどのような地域なのかを発信してきました。そして 2023 年 5 月の胎内市での開催試合では、初めて胎内市を訪れる県外の方にも多くお越しいただけました。試合結果を中心に県内メディアに取材していただくことにより、県民への胎内市の PR にもつなげています。6 月の調布市でのファンイベントでは胎内市のキッチンカーに出店していただき、市の食材の美味しさを伝えることもできました。今後、さらに魅力的な特産品や観光コンテンツについて、地域と連携しながら構築と情報発信を行い、取り組みを発展させてまいります。
 次に胎内市におけるスポーツ参画人口の拡大を目指した取り組みです。2022 年 8 月には、チームとして初めて胎内市を訪問し、公開練習会を開催、市民の皆様と交流をしました。2022 年秋は全て県外での試合でしたが、毎試合パブリックビューイングを市内で実施し、市民にアメフトの試合を観戦していただきました。また、アメフトからボディコンタクト要素を廃し、子どもでも安全にプレーできるフラッグフットボールの体験会の実施や、市民や地域企業向けの健康運動指導も行っています。そしてもちろん 5 月の試合では多くの市民の皆様にトップレベルの試合をご覧いただくことができました。今後、学校やスポーツイベントなど、いろいろな場所で市民の皆様がアメフトに触れることのできる機会を増やし、スポーツ参画人口の拡大に貢献してまいります。
 また、アメフトはアマチュアスポーツであるため、胎内市への移転を実現するには選手や関係者が胎内市に住み、仕事などの生活基盤を持つ必要があります。X リーグではどのチームも毎年 10 人程度が引退・移籍し、その分、新卒社会人や移籍の選手を迎え入れるという人材流動があります。この人材流動の動きに合わせ、地域企業に就職する新卒選手の獲得を軸に、胎内市で新たなキャリアを切り拓きたい選手の支援を行うことで、移転を実現する計画です。この活動が胎内市に市外からの人材を増やすことにつながり、地域の活性化にもつながると考えています。
 その他、地域のお祭りへの参加、豪雨災害への復旧支援活動や募金活動、交通安全運動への協力など、地域の活動との連携も実施していく予定です。
 今後も、チーム単独の活動のみならず、行政やスポンサー企業と連携した地域の課題解決や活性化のプロジェクトを構築し、クラブ理念に定めた 10 年後の未来を具体化してまいります。

5  行政との連携

 前項の胎内市活性化の活動は、多くの部分が行政と連携し、活動支援をいただくことによって実現しています。市内の各所との橋渡しや、チームガイドブックへの寄稿、チームロゴへの市章の使用、公共施設でのポスターの掲示、市内学校へのチラシの配布、市報での情報発信、5 月の胎内市開催試合における中条駅での告知装飾や会場までのシャトルバス(DEERS ラッピングバス)の運行など、胎内 DEERS の活動に強い支援をいただいたことにより、多くの市民に認知していただくことができています。これらは胎内 DEERSからご相談することもありますが、行政から主体的に提案していただくことも多くあります。2023 年 4 月には株式会社 DEERS FOOTBALL CLUB と胎内市
で包括連携協定を締結しました。
 また、企業版ふるさと納税のメニューにも「胎内DEERS の応援」を設定していただき、胎内 DEERSの活動の幅が広がりました。これは胎内 DEERS の活動が胎内市の総合戦略で目指す政策に沿っているということで適用していただいています。このほかにも各種制度の適用や官民連携によりスポーツチームの活動を拡大できている競技、地域の事例がありますので、行政と検討を重ね、より深い連携の協議を進めています。このような官民連携による制度活用は、クラブの活動の幅を大きく広げることができると考えています。

中条駅での装飾

6  まちの発展がスポーツクラブ経営の成功につながる

 私たちがクラブ理念による胎内市活性化の取り組みを重視する理由は、もちろん地域貢献をしたいという思いもありますが、クラブ経営でも重要と考えているからです。
 クラブが持続するためには活動資金が必要であり、そのためには顧客に価値を提供し、その対価をいただくことによって運営が成立します。では、クラブの顧客とは誰でしょうか。ファンやスポンサーなどがすぐ思い浮かぶかもしれません。もちろん間違いではないと思いますが、この視点だけではそれぞれの提供価値は何か、を考えた時に行き詰まってしまいます。「面白さ」であれば、他のスポーツはもちろん、五輪や海外のレベルの高いスポーツがあるので、現在のクラブではまだ相対的に低い価値しか提供できません。さらにレジャー全般へと視点を広げた時には、映画やショッピング、音楽ライブなど他にも強力なライバルがいます。「広告価値」についても、他の人気スポーツやメディア広告を上回るだけの価値を生み出すことは困難かと思います。
 ライバルを上回る価値を生むためにはどのように考えたらよいのでしょうか。この課題に対し、町田光氏による「スポーツを多くの人々が公共的なものである,と感じているということは,スポーツという商品の特徴であり,他の商品との競合上,優れた優位性を持っているということができるのである」という指摘が大いに重要であると考えています 1。町田氏の指摘のとおり、スポーツを公共的なものであると捉えるならば、ファンやスポンサーだけでなく、社会全体を顧客としてみなす必要があります。町田氏は「スポーツ組織は人や社会がそこに抱えている様々な問題に対し,なんらかの前向きな解決策を提示してくれる特別な存在として,常に見られる対象でなければならない」と述べ、スポーツ経営の定義を「スポーツ経営とは『選手』『チーム』『ファン』『メディア』『スポンサー』『広告代理店』『自治体』そして『一般市民』などの幅広いステークホルダーの間に『スポーツは社会を幸福にする』という物語を構築,共有し,それぞれが持つ機能や意志に対応する役割と権限を与え,互いの調整を行いながら,その物語の実現を通じて,すべてのステークホルダーがそれぞれの価値を獲得し,自己実現を果たしてゆく運動体である」としています。
 スポーツの競争優位である公共性を中心に据え、社会全体を顧客として捉えると、クラブが提供できる唯一無二の価値が見えてきます。それは「このクラブが存在することにより、このまち全体が幸福になるための物語を構築・共有し、一緒になって実現していくこと」ではないでしょうか。だからこそ、胎内 DEERSの胎内市活性化の活動は地域貢献の枠を超えて、経営の中心になるものだと考えています。胎内 DEERS の活動の成否は、短期的な勝敗ではなく、「長期的に胎内市の未来をどれだけ良くできたか」で自己評価したいですし、この視点で評価をしていただきたいと思っています。これは胎内 DEERS だからこその提供価値であり、その価値を高めることで事業拡大も可能になります。すなわち、クラブ理念で定めた「幸福で豊かな 10 年後の未来」を実現することに共感していただいた人や企業が、ファンやスポンサーとなって一緒にその未来の実現を目指し、実績を残しながら、共感の輪を大きくすることがより未来の実現に近づく、と考えています。事業の拡大により、胎内市活性化活動の強化も可能ですし、よりチームを強くして胎内市への注目を高めることも可能です。まちの発展を経営の中心に据えることによって、好循環が生まれると考えています。

7  行政とスポーツクラブとの連携で重要な視点

 前項で記載した地域の活性化をクラブ経営の中心に据え、目指す物語を実現させるにはクラブと行政の連携が非常に重要になります。私たちのこれまでの取り組みや他地域の事例を調査する中で、クラブと行政の連携を上手く行うには、重要な視点がいくつかあるのではないか、と感じています。完全には網羅できていないかと思いますが、本稿では 5 つ挙げさせていただきます。
 まず 1 つ目は、クラブと行政の両者、特にお互いの連携担当者が、前項のスポーツが地域社会に提供できる価値を理解していることです。この理解が不足すると、短期的な視点でのみ連携の成果や評価を考えてしまい、長期的視点が必要な地域の未来のために真に意味のある取り組みが難しくなります。また、この価値を理解しスポーツだからこそ生まれる「未来に対するワクワク感」が、お互いの組織上の課題が出てきたとしても、それを解決するエンジンとなります。
 2 つ目としては、行政の中で「なぜこのクラブなのか」「なぜこのスポーツなのか」を説明できる意味付けができるよう、クラブ側が自己の取り組みに一貫性を持たせることが必要です。連携をする領域で “ 社会的に ”「この地域で唯一の存在」あるいは「この地域で一番の存在」であることが行政にとって意味付けをしやすくなります。
 3 つ目としては、クラブが目指す「まちの未来を幸福にする物語」を実現するためには、行政における連携担当部署は「スポーツ課」や「教育委員会」だけではなく、「総合政策課」のような行政全体を管轄する部署をより主体的に巻き込んでいくことが重要です。スポーツがまちの未来のためにできる取り組みは非常に分野が横断的で多様なため、特定の領域を担当する部署になっていると、連携の幅を広げることが難しくなります。
 4 つ目としては、クラブ側による政策や行政システムの理解です。クラブと行政が連携するとしても、クラブの活動が行政の政策目的に合致する必要がありますし、国の制度適用を行政と議論する場合はその制度理解が不可欠です。また、予算が伴うものなど議会承認が必要な場合もあるので、スケジュールもその制限を受けます。これらをクラブ側が把握しておかないと、計画的な連携が難しいです。
 最後に、持続可能性と挑戦のバランスです。行政はクラブに比べリスクを取ることが難しいですし、クラブも「まちの未来を幸福にする物語」を実現するためには、長期安定性を実現する財務戦略が必要です。ただ、ある程度はリスクを取らないと、まちを良くしていくことはできません。地域初の取り組みについては、クラブも主体的に事例分析を行う等、両者でリスクコミュニケーションを密に行い、ある程度クラブ側がリスクを負う枠組みで行う覚悟がちょうど良いバランスではないかと思います。特に各種制度適用が実現するとクラブの活動の幅に大きなインパクトが生まれます。

8  おわりに

 本稿では胎内 DEERS の取り組みのご紹介と、その背景にある考えをご披露させていただきました。
 私たちよりもスポーツによるまちづくりという点で進んでいる団体・地域もありますが、そこに追いつき、胎内市が一番進んでいる地域として認知していただけるよう精進してまいります。私たちにご興味を持っていただけましたらぜひ一度試合会場にお越しください。お読みいただきありがとうございました。

胎内DEERSの取り組みの概念図

(注)
1 町田光「日本のスポーツ経営の現状と取り組むべき優先課題―スポーツ経営における「ブランド」の重要性―」『立命館経営学』第 47 巻第4 号、2008 年 11 月、257-278 頁

プロフィール
(たかはし・こうすけ)
1987 年生まれ。埼玉県戸田市出身。東京大学工学部卒。事業創造大学院大学修了。2014 年に NSG グループに入社し、学校スポーツやプロスポーツなど、スポーツ事業全般を担当。新潟県アメリカンフットボール協会の理事として、県内の普及活動にも従事。22 年に NSG グループによる株式会社 DEERS FOOTBALL CLUB の経営権取得を担当し、代表取締役に就任。

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