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【ESL・アメリカプロリーグ・NCAA】閉鎖型・開放型よりも設立趣旨と共存ガバナンスモデル

1.はじめに

 4月中旬から1ヵ月ほどスポーツ業界を賑わせたESL(European Super League)ですが、スポーツ関係者の中で、リーグは閉鎖型か開放型のどちらであるべきか、JリーグやBリーグの制度設計はどうすべきか、という議論がちょっとしたブームになっていました。
 個人的にこの議論に少し違和感があって最近ようやく自分の中で整理できた気がするのでまとめてみます。

2.ESLとは

 簡単にESLについて超ざっくりとしたおさらいです。
 ヨーロッパの超人気サッカークラブがそれぞれ自国のリーグを抜け出し独立してリーグを作ってビジネスを拡大しよう目論み新リーグを設立しようとしました。詳細はいろんなメディアで取り上げられているのでそちらをご覧ください。

 まだ完全に構想が終わったわけではないようですが、イングランドのチームが相次いで撤退し、ほぼ失敗となっています。こちらも詳細は各メディアをご覧ください。

3.閉鎖型・開放型とは

 このESL構想の背景となっているのが、「開放型リーグ」でのクラブ経営の不安定性です。
 開放型リーグというのは、昇降格があり、どのクラブでも下部から参入し勝ち進めばトップに立てるように制度設計されたリーグです。
 経営的に考えた場合この開放型リーグの課題として、チームを強く保ち続けるために選手人件費がどんどん高騰していき、財務的に圧迫する、ということがあります。また、たまたまチームの調子が悪くなった場合に国内リーグやチャンピオンズリーグの賞金が得られず、収入が大きく減少してしまう、というリスクも含んでいます。
 現状のサッカービジネスは国内リーグやチャンピオンズリーグの放映権収入の増加に支えられていますが、放映権料の増加に寄与している超人気クラブの立場としては、リーグからその恩恵を十分に受けられていない、という認識があり、もっと安定して自分たちに恩恵を与えるべき、という不満もありました。
 今回のESL構想はそういった経営の安定性や放映権料の恩恵を最大化するため、ということが大きな目的と考えられます。入替戦を無くし、賞金に左右されず高い放映権料をもらう、という形です。この入替戦を無くし、限られたチームだけでリーグを構成する仕組みは「閉鎖型リーグ」と言われています。

 閉鎖型リーグの成功事例として挙げられるのがアメリカのプロスポーツリーグです。具体的にはアメリカンフットボールNFL、バスケットボールNBA、野球MLB、アイスホッケーNHL、サッカーMLSです。
 これらはそれぞれ違いはありますが、基本的には昇降格が無く、ドラフトやサラリーキャップで各チームの戦力が均衡し、面白い試合が増えるように制度設計されています。

 現状アメリカの閉鎖型リーグがビジネス的に大きな成功を収めているので、スポーツビジネスは閉鎖型を目指すべきだ、という議論が出ています。

4.ビジネスモデルよりも設立趣旨

 ただ、個人的には閉鎖型なのか開放型なのかは「どちらがビジネスモデルとして優れているか」で判断するのではなく、「なぜそのリーグを作ったのか」という設立趣旨で考えるべきだと思います。

 ヨーロッパのサッカーはまず最初にクラブが出来て、クラブ同士の交流戦が活発になり、ちゃんとルールを作って一番を決めよう、という流れでリーグが出来ています。その過程でプロ化し、チケットを販売し、スポンサーが付き、放映権を販売し、という形で成り立っています。つまり、「クラブのためにリーグを作った」感じになります。各クラブが同じルールに則ってどの地域のクラブも勝ち進めば一番になれるチャンスが用意されています。だからこそ夢があり、どの地域もサッカーに情熱を注げる形になっています。
 開放型リーグには前述したクラブ経営の不安定性はありますが、メリットもあります。開放型ではルールが統一されるためFIFA⇒UEFA⇒各国NFというヒエラルキーを構築することができ、クラブや国の国際試合の価値を押し上げています。また、リーグ収益の分配で各地域のサッカー振興・普及に大きな恩恵を享受でき、公共性が高い仕組みとなります。(だからこそ、ESL構想は各国の残されたクラブを弱体化させ、国内のサッカーを縮小させる可能性があり猛反対されたとも考えられます。)

 一方でアメリカの閉鎖型リーグの場合、最初にチームは存在せず、「プロリーグを作る」という所から始まり、リーグが資産家を集めチームを持つことを提案し、プロリーグで金儲けができる仕組みを提案して設立されています。つまり「プロリーグを作るためのチーム」です。
 現在は各プロリーグが上手くいっていますが、それぞれ過去には前身の失敗しているプロリーグがあったり、別リーグとして設立し競合して負け消滅した事例もあります。この場合、消滅したチームも数多く存在します。すなわち、完全に事業投資と同じで、上手くいかなかったら撤退や合併が前提でチームやリーグが作られています。開放型リーグは経営的に不安定と書きましたが、閉鎖型リーグも実はリーグとして共倒れのリスクを抱えています。逆に言うと開放型リーグはクラブが潰れてもリーグは残るので、リーグとしては安定している、と言えるかもしれません。
 アメリカの場合、興行としてリーグが設計されているので、「面白くするためにルールを変更する」ということが行われます。前述したドラフトやサラリーキャップのような戦力均衡の他に、フィールドのサイズなど競技のルールも変更が頻繁に行われます。なので、開放型リーグのような国際連盟⇒各大陸連盟⇒各国NFというヒエラルキーが構築しにくいです。よってアメリカのスポーツは国際試合より、国内リーグの試合の方が価値が高くなります。野球の例がわかりやすいですが、WBC(World Baseball Classic)の米国代表の試合よりもMLBの試合の方がアメリカ人は興味があります。
 また、アメリカは大学スポーツがプロよりも先に確立したため、プロチームが育成・普及活動にそれほど取り組まなくても問題ない、という構造がありますが、ヨーロッパサッカーのように各クラブが育成・普及を手掛ける仕組みの場合、ESLによって次世代育成が大きな影響を受けることが想定されます。日本の野球は閉鎖型ですが、まさに育成・普及活動に大きな課題を抱えており、男子中学生野球人口が10年で半分くらいになっています。

 以上のように、設立趣旨によって取るべきリーグの形態が変わってきます。
 国として育成・普及を大事にする場合は開放型を、興行として稼ぐことを重視する場合は閉鎖型というように、設立趣旨によって変えるべきなのかなと思います。

5.NCAAに学ぶ共存ガバナンスモデル

 ただ、開放型の場合、今回のESLの背景のように超人気クラブとリーグの軋轢が出るようになってきました。開放型で超人気クラブとリーグが共存して反映するモデルが今後必要になってきました。

 個人的にはアメリカの大学スポーツNCAAのやり方が参考になるのではないかと思いました。NCAAは純粋な開放型リーグとは言えないですが、約1,100大学が加盟し、基本的には同じルールで運営されています。人気大学の男子バスケットボールで稼いだお金を各大学の学業との両立や他競技のリーグ運営に充て、大学スポーツの振興を担っています。
(細かい話になるので割愛しますが、アメリカンフットボールは各人気大学に権利があるのでNCAAとして収益がありません。)
 ここではヨーロッパサッカーと同じように、人気大学(から構成されるカンファレンス)が自分たちが放映権を稼いでいるのに、NCAAの他の大学と同じ1大学としてしか影響力を持てないことに不満を持っていました。そこで、一時は人気大学だけで独立してNCAAと別の協会を設立する動きがあったようです。
 しかし、NCAAとしても人気大学に抜けられては運営上困るので、共存モデルが提案され、今日分裂に至らずにきています。それは"Autonomy"という制度です。下図はNCAAの公式組織図で、赤枠で囲んだところがAutonomyです。

https://www.ncaa.org/sites/default/files/2018DINCAA-HowTheNCAAWorks-DI_20180313.pdf

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 Autonomyは自分たちで特例的なルールを作ることができます。

What Does Autonomy For The “Power 5” Mean For The NCAA?

 詳細の制度は割愛します(というより私の理解が細かなところまでは及んでいません)が、このように、収益面を支えている人気大学のNCAAへの貢献を認め特例として権利を与える、ということで人気大学とその他の大学の共存を実現し、大学スポーツ全体のブランディングと振興を継続しています。

 開放型リーグにおいても、このような収益面で貢献しているクラブに対し、発言権や権利として特例的なものを協議していくことで共存する形は作れるのかも知れません。

6.さいごに

 今回のNCAAの共存ガバナンスモデルをみると、アメリカという国の合議制で共存していく、という文化が改めて凄いと感じました。馴れ合いの合議制ではなく、バチバチ議論・交渉してちゃんと良い落としどころにもっていく合議制、というんでしょうか。

 スポーツのリーグ運営はビジネスモデルも大事ですが、それ以上に設立理念を保ちながら共存ができるガバナンスモデルが大切だなと感じました。

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