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カナダ逃亡記#11:リーガルエイド

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弁護士を探せ!

とりあえずRefugee Claimant(難民申請者)になることはできた。
これで合法的にカナダに滞在することができるようになった。
あくまでも「一時的に」だが。

このあと、I.R.B.(移民難民委員会)によるヒアリングが行われ、そこで最終的に難民として認めるか否かの判断がくだされる。
そのヒアリングまでに、数ヶ月から数年かかる。

ヒアリングに際して移民弁護士を雇うことになった。
ヒアリングに弁護士はマストではないが、事を円滑に進めるためには弁護士を雇ったほうが、I.R.B.に難民として受け入れてもらえる可能性がぐっと高くなる。


カナダに来る前、日本における妻の刑事裁判で僕らは何人かの弁護士を雇ってきた。それは名のある弁護士、経験豊富と言われた弁護士の方々だったが、結局のところ画期的なことは何もなく、「なんもわかっちゃいない」と言わざるを得ない人もいた。ご存知の通り、日本の裁判は第一審がとても大事で、そこで負ければよっぽどの事がない限り、その後の判決では覆すことができない。

妻の刑事事件では僕らは第一審、控訴審とつづいて、最高裁への上告まで行った。
最高裁上告に際して殆どの弁護士に断られるなか、ただ独り引き受けてくれる弁護士がいた。この人は「弁護士が主人公の人気TVドラマ」の監修をしていたことでも有名だった。藁にもすがる思いでこの人を雇うことになったが、この人も基本的には提出したドキュメントの殆どを「コピペ」で済ましたかのような体たらくであった。

彼ら弁護士は基本的に「上から目線」で、どっちがクライアントかわからない感じだった。刑事事件裁判だからそうだったのかもしれないが、まるで「私が(犯罪者である)あなたを弁護してしんぜよう」とでもいった様な態度だった。

そういったこれまでの事情で、僕も妻も弁護士にはかなり不信感、とまでは言わないが、「不親近感」は持っていた。


しかし、こんどの難民申請のヒアリングにおいては、そうは言ってられない。始め僕は弁護士なしでヒアリングに挑もうと思っていたが、妻に促され弁護士を雇うことになった。

ただ、先立つものが無い…
弁護士を雇う金なぞ、どうしたってない!

リーガルエイド

どうしたらよいかと調べていたら「リーガルエイド」というものがあることを知った。
リーガルエイドとは簡単にいうと、州政府機関が低所得者のために、裁判にかかる費用などを代わりに出してくれる援助のことである。裁判なら、民事裁判、刑事裁判、移民審査など、どのケースでも活用される。

トロントでは、移民裁判にくわえ離婚裁判、不動産にかかわる裁判など、大都市ならではの裁判が多いのだろう。調べてみたらたくさん情報がでてきた。


一方、僕らはそれまで半年ほど滞在していたポーランド系ユダヤ人の家を出なくてはならなかった。引っ越さなくてはならないが、子供の学校を変えたくなかったので同じエリアで家をさがした。

近所を歩いていると小さなかわいい家の前に「For Rent(貸家)」の看板があった。管理する不動産屋に連絡をとり家賃を聞くと、そのエリアでは破格の値段だったのですぐにアプリケーションを出した。もしこの家に住むことができれば子供たちも学校を変えなくて済む。

その不動産屋は恰幅の良い、愛人を何人も囲ってそうな感じのイラン人だった。僕らが住んでいたノースヨークと呼ばれるエリアは幹線道路沿いに高層マンションも多く、韓国人や中国人、イラン人など多くの移民が住んでいる。多くの移民が事業を起こし、それぞれの道で成功している。
このイラン人不動産屋は街中に自分の顔写真を入れた物件の広告を出している人だった。そこそこに成功しているようだ。

幸い「小さなかわいい家」は僕らの他に熱烈に入居を希望する人はおらず、家の中国人女性オーナーも僕らを気に入ってくれた。
契約書にサインをしてデポジットを支払った所で契約はひとまず完了した。

グーグルマップからもってきた写真。まさに件の不動産屋の看板がはってあって驚いた。
近所の家々に比べると特に小さかったが、「三匹の子ブタ」に出てくるような
かわいいブリック・ハウスだった。

しかし、引っ越しの前日になって、この不動産屋から「今回の引っ越しは無しになった。別の所を探してくれ。」と一方的に言われた。
あわてて家のオーナー(香港系カナダ人)に問い合わせると、どうやらオーナーと不動産屋との間でトラブルが発生して、僕らに火の粉が降りかかっているということが判った。

結局、不動産屋の言う事を無視して、賃貸開始の日にその一軒家に家財道具を持ち入れた。「荷物を入れたモン勝ちだ」ということで。
しかし後になって、先に払ったデポジットや最初の家賃などが不動産屋からオーナーに支払われなかったので、仕方なく僕はこのイラン人を訴えることにした。

もうこの頃になると僕は色んなやっかいな事を経験してるので、金をめぐってイラン人を訴える事ぐらいは、支払いの遅い会社に請求書を送るくらいの感覚だった。

恐らくこの程度の裁判は頻繁に行われているのだろう。その訴えを受け付ける役所窓口はとっても込んでいて、中にはお互い顔みしりみたいな弁護士たちも多くいた。庶民にとって裁判が「生活の身近な所」にある光景だった。

この時も僕は「リーガルエイド」を使い、時間を費やした以外は裁判費用は1ペニーも払わなかった。
裁判では当然僕の言い分が通って、結局、自分が支払った以上の金額がイラン人不動産屋から僕に支払われた。

このイラン人には「後日談」がある。

ある休日の朝、呼び鈴に起こされ玄関のドアを開けると、そのイラン人不動産屋が中年の身体にランニング姿で立っていた。
訝しげに何の用か聞くと、
「自分が走る事でチャリティーの為のお金を集めている。よかったら寄付してくれないか。」とのことだった。
自分が走ってることにチャリティー?!意味がよく判らない。
しかし本人は大真面目な顔で言っていた。

彼の言ってる事はよく判らなかったが、
一つ判ったことは、これは文化の違いなのだ、ということ。

「よく恥ずかしくもなく、『僕の所にチャリティーしてくれ』なんて言ってこれる。俺がチャリティーして欲しいくらいだ、お前から。」
そう思いながらも、このイラン人不動産屋の図々しさを、自分も少しは学んだほうがいいな、と思った。それは清々しいほどの図々しさだった。

この「恥を恥と思わない図々しさ」は、海外でゼロから始める移民にとってあった方が良い資質なのだ。

閑話休題

誰でもリーガルエイドをうける事はできるが、各個人の収入などによって得られるエイドの額が違ってくる。
僕は「無収入」だったので、まずまずいい額でエイドを受けることができるかもしれない。
ということで、リーガルエイドを受け付けてくれる弁護士を探し始めた。

どの移民弁護士がいいか

初めに訪れたのはジャマイカ系カナダ人の移民弁護士だった。
彼はとっても上から目線の「偉い人」で、まあ話だけ聞いて他も考えようと思い、その旨を伝えた。
すると急に態度がわるくなって、「そういうのをショップ(shop)というんだ。」と説教されてしまった。ショップとはその通りで、お店に入っても買うこともあれば買わないこともある。

これはあくまでも僕の経験値からくる憶測だが、いわゆる「第三世界」から来た弁護士や裁判官などの偉い人は、人を見下す人が多いのではないか。見下すとまで行かなくても、なかなか「上からの目線である人が多い」というのが率直な印象だ。

僕らにしても、彼ら弁護士にはただの「逃亡者転じて難民申請者」なのだから、まあそういう態度になってしまうのは分からなくもない。

次に訪れたウクライナ系の弁護士は、「自分はもうリーガルエイドを受け付けないんだ」といって僕の依頼を断った。
リーガルエイドを受けつけるということは、ペーパーワークが多くなり、得られる報酬も安くなるということらしかった。

ただ彼は、その時僕が持参した「リーガルエイドを受け付けてくれる弁護士リスト」の中からベスト・イン・タウン(一番いい弁護士)を選んでくれた。それが、モルデカイ弁護士だった。

モルデカイ弁護士は、ダウンタウンにあるお洒落なビルの一室にオフィスを持つ移民弁護士だった。背の高いユダヤ人で、知性のにじみ出る物静かで穏やかな人物。言っちゃ悪いが初めのジャマイカンとは大違いだ。机に置いてあるペン置きからして違う。

モルデカイ弁護士の事務所があった建物
トロントらしい風景(写真はグーグルマップより)

僕からざっとヒアリングをして、モルデカイ弁護士はリーガルエイドに申請してくれるということになった。もし申請が通れば、リーガルエイド側が代わりに弁護士の費用を出してくれることになる。
リーガルエイドが申請を認可するか否かの判断の基準は、「その裁判に勝てるか勝てないか」だ。勝てそうもない裁判は、リーガルエイド側は認可せず、一切援助はしない。

はたして、僕らのケースはリーガルエイドオフィスの認可を得て、フルスケールの援助が受けられることになった。裁判にかかる一切の費用を払わなくても済むことになった。

さあ、そこが決まれば今度は自分の仕事をなんとかしなくては!

<カナダ逃亡記#12>に続く



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