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靴男。 #03 【雲男。 外伝】

私は秘密探偵である。

これからターゲットの浮気調査に入る。

ターゲットは今しがたシャワーを浴びに行ったところだ。私は疲れて寝たふりを決め込んでいた。油断したのか、携帯電話が無造作に床に置かれている。

携帯電話のロックはされていない。無防備だ。こんなにセキュリティーがゆるいということはもしや浮気していないのか・・・?


否、完全に詰めが甘いだけだ。





聴力だけを風呂場の方向に集中させながら、私はエイジの携帯電話を手に取り受信メールボックスを開いた。
※2000年代初期の携帯電話の仕様

『今から行くー』

最新のメールは私からのものだった。


が、次のメールは聞いたことのある名前の女からだった。

リカ『送ってくれてありがと♡今日は迎えにも来てくれてリカ嬉しかった♡さっきまで一緒だったのにもう会いたくてたまらないよ♡大好き♡気をつけて帰ってね♡』



・・・はい、黒確定。

なにこのゲーム、簡単すぎて笑えるんですけど。バカ?ねえバカなの?


他にもないか、リカからの直近の履歴を探す。

リカ『会えて嬉しかった〜♡ありがとう♡今日もかっこよくて・・・すごかった♡きゃっ♡♡♡私はエイジのものだから、お金も少しだしほんとに返さなくていいからね♡また2人で会いたいな♡』


・・・・・・・。

ホストの枕営業かよ。

それ以前のリカからのメールはなかった。おそらくエイジは消去している。これらのメールに対する返信メールが見当たらないのもおかしい。消去しているか、リカの携帯にエイジとのやりとりの履歴が残らないようあえて返信していないかのどちらかだ。

が、こういう真っ黒な内容のメールを即消去しないところな。なぜに残してんだよアホなの?絶対携帯盗み見しないとか私めっちゃ信用されてんの?嘘でしょ?

なお、リカというのはエイジのバンドのライブで最前列のど真ん中をいつも陣取っているクイーンオブファンの女の名前である。20代半ばでファンの中では可愛い方だ。露出多めな清楚系という、非常に矛盾している服装を好んで着ている。とにかく香水臭い。



他にも探ってみると、別の知っている名前を見つけた。

トモミ『忙しいのにごめんね。今月分はあれで足りるかな?まだ必要だったら言ってね。なかなか2人で会えなくてさみしいけどまたライブ見に行くね!』

その前のメール。

トモミ『今月分、これからとりに来れそう?』

こちらもおそらく熱心なファンの女だ。ちなみに容姿はリカに比べると劣る。年齢も30代半ば、おそらく独身であろう。ライブの物販でエイジのバンドのCDを何枚も買っているところを目撃したことがある。

メールの内容的には金の話だろう。さっきのリカと違って、定期的にもらっているようだ。エイジの羽振りのよさはこの女のおかげか。



そしてもう1人、別の女からのメールがあったがこちらは知らない名前だった。

キョウコ『今日はありがとう。チホも喜んでた。都合つく時にでもまた遊んであげてね』

その前のメール。

キョウコ『明日の朝、うちでごはん食べてかない?チホが幼稚園行く前にパパに会いたいって』


・・・なんだこれ。

えーっと、子供かな?キョウコさんの子供だよな。でもパパに会いたいって言ってるってことは・・・えええっと。。


これは私の予想を遥かに超えてきたメールの内容だったので、理解が追いつかずにしばらくフリーズした。


バタン


その時突然、風呂場のドアが開いた。


しまった!!!フリーズしてて風呂場へ向けていた聴力がバカになっていた。どうしよう、エイジがこっちに来る。今からベッドに戻って寝たフリをぶっこくような時間はない。

・・・こうなったらもう開き直るしかない。

私はエイジの携帯を握り締めたまま腹を括った。


ボクサーパンツ一丁で風呂場から出てきたエイジは、私を見て驚いた。基本ビビリである。そしてこの手に握られているものを見て明らかに焦った。

「あああビビった!何、起きてたん!?ちょ、それなに?え、うわうわうわうわ、なんなん、俺の携帯やんお前それ見たん!?」

「・・・うん、見た。ごめん」

「え、ちょ、まって、なになに?なんでなんで?なにを見たん?」

携帯を勝手に見た事をブチキレられるかと思ったのだが、エイジは私が何を見たのかという事をまず知る方が優先事項だったらしい。

「あ、メール見ちゃったんだけど。これ。どういうこと?」

「どういうことって?なにが?え?どれのこと?ちょ、返して」

携帯を乱暴に奪い取られた。

まあ、そもそもエイジの持ち物なので仕方あるまい。

「リカってあのファンの子よね?この内容ってもう明らかじゃない?完全にそういう仲よね」

「いやいやいやいやいやまって違う違う、こいつしつこいねんて!俺も迷惑してんねんそいつ!きもいねんて!!でもファンやし足蹴にするわけいかんやろ?そしたら勝手にむこうが勘違いしてんねん!俺こいつと何もしてないよホンマに!」

エイジは自分のメール履歴を確認しながら必死に弁解した。

おいおい、貢いでくれてるファンを今キモいと言い切ったけど。リカにちょっとだけ同情した。

「ふーん、そうなんだ。それにしては迎えに行ったり送ってったり、いちファンに対して過剰サービスにも思えるけど。お金もらってるからそらそうか。まあそんなに言うんだったらそうかもしれないね」

「それは!しつこいから・・・断れなくて・・・金もその時ちょうど無くて借りただけ。てか、そうかもしれないじゃなくてそうやねん!」

「・・・まあいいや。で、トモミさんも私知ってるんだけど。ファンの人だよね?今月分とかって書いてたけどなに?こっちもお金もらってんの?」

「いやちがっ、違う違う、いや、お金はもらってる・・・けど!あくまで好意やで?俺がくれって言ってもらってんのとちゃうよ?バンドを応援したいからって。俺が売れた時にはちゃんと返そうって思ってるし!」

その金でおまえは一体何をしているというんだ。美容代?それとも女を口説くための高い食事や酒、ホテル代?応援と言ってもらったそのお金をバンドのために使った事があるのかどうかも疑わしい。しかも売れた時に返すって。返す気ないのと同じ意味だろ。

「で?お金をもらうかわりに2人で会ってるってこと?」

「いや・・・うん、お金もらう時だけな。こいつはホンマにそれだけ」

お金をもらっている相手に対して「こいつ」呼ばわりするのはいただけない。こういう女を見下したような発言をするところが好きになれない理由のひとつだ。

エイジが「こいつ【は】ホンマにそれだけ」と墓穴を掘ったのだが、そこはまあ今は気づかなかった事にしておこう。


問題は次だ。


「そうなんだ。まあ好意なら仕方ないけど・・・でもこういうお金関係って後々トラブルになるよ?絶対やめた方がいいと思う。私はね」

「うん、そうやな!お金のことやし心配かけたくなくて黙っててごめんな。ちゃんと考えとくわ・・・」

「で?エイジはチホちゃんのパパなの?ちょっとこれだけは意味がわかんなかったんだけど・・・どういう事かな」

「・・・・・え」

エイジの顔が一瞬引きつったように見えた。

「そんなメールあった?・・・・・ああ!えーっと、チホちゃんな!これ友達の子供。この前友達の家に泊まりに行った時のメールちゃうかな。俺子供好きやろ?俺にめっっっちゃ懐いてて間違えてパパとか言われる時あんねん!」

「友達ってキョウコさん?女よね?既婚の女友達の家に普通泊まりに行く?」

「あーーーあのーーーーあれや、旦那さんも友達だから俺は普通に行くけどなぁ・・・」

「・・・あ、そう」


絶望的に嘘が下手だ。

うん。こんな突然の状況でまあまあ頑張ったよ。

もしかすると本当の事を言っているかもしれない。この相当動揺している様子も携帯を私に勝手に見られたというショックによるものかもしれない。と、1ミリくらいは考えた。

しかし、残念ながら私的に君は真っ黒だ。きっとこれ以外にも女がいるのだろう。


自分のファンの子と浮気をして貢がせ、私の知らない女の家で隠し子らしき子供と家族のように朝飯を食う。そしてそのあと何食わぬ顔で私と会う。

自分が浮気しているから、やましいことがあるから、相手もそうじゃないか、浮気をしているんじゃないかと疑う。信用できないから束縛する。相手を束縛することで安心して、自分はまた浮気をする。最低のクソ男だ。


そしてその男と好きでもないのに好きだと言いながら付き合い、その前から繋がっていたセフレとも密かに会い続け、浮気の証拠を見つけて別れられる口実を作ろうとしている私もとんだクソ女だ。

私たちは利用し合う関係だと割り切って付き合ってきたが、それでもエイジがもし万が一、本当に私のことが好きで付き合っているというのであれば、どちらかというと私の方がクソなのかもしれないな、とは思う。

が、いい加減好きでも無い男に束縛されるのは疲れた。この先エイジを好きになる可能性も極めて低い。そろそろ解放されたい。


「・・・あのさ、もう別れない?」

「え、なんで!?いやいやいやいや、ありえへん!俺なんもしてないやん!なんで?」

「こういうの勝手に見る私も悪いんだけど、これだけあるとさすがにちょっと信じられないというか・・・」

よく言う。理由をつけて相手のせいにして別れたいだけなのに。ただ自分が悪者になりたくないだけなのに。

「全部誤解やって!誤解されるようなことしてたんは謝るから!俺がお前と別れるわけないやん!俺は嫌や!絶対嫌や!!!」

まるで駄々をこねる子供のようだ。まあ、エイジの事だから予想はしていたが、言い逃れできないような証拠がないと無理か。ここで強引に別れたらしつこそうだ。こじれてストーカー化したらそれこそ最悪だ。

「わかった。わかったから。もういいよ」


今回は一旦引き下がる事にした。


しかしエイジはやはり詰めが甘かった。

後日、私は更にとんでもない証拠を見つけることになる。


つづく

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