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【小説】知ってるよ

 うちの子、手がかかって仕方ないの。

 うちもよ。懐かないし、どこかおかしいんじゃないかと思ってるの。

 どこにでもある苦労自慢。

 君は鳥籠の中、息を殺して聞いている。いつだって聞かされている。

 どうしてあの人が苦労しているのか、君は知っている。

 あの人と二人きりだった君は、君のおやつをあの人に渡したね。

 お菓子はあの人の手から滑り落ち、あの人の服にべちゃりと落ちた。

 うわっ、汚い。

 お気に入りのブラウスなのに。

 染み抜きしなきゃいけない。

 あーあ、疲れてるのに。

 なんでそんなことするの。

 あーあ。

 あーあ。

 君は一声だけ、鋭く怒りの声を上げたね。

 そうしたらあの人は目を吊り上げた。

 何なのその声。

 その態度。

 嫌な子。

 君は黙って耐えていたね。

 やり返したらもっともっと酷いことを言われるから。

 話せない君に勝ち目なんてないから。

 涙をこらえた君の目を、あの人は反抗的だって言ったね。

 反省してないって責めたよね。

 知ってるよ。

 君がほんとはあの人に喜んでもらおうとしてたこと。

 あの人が食欲無いって言ってたから、君のお気に入りを分けてあげようとしたこと。

 知ってるよ。

 ごめんなさいって言いたかったこと。

 あの人に嫌われたくなくて必死だったこと。

 耳を閉ざしたあの人に絶望したこと。

 あの人に世話してもらわないと君は死んでしまうね。

 だから君は死ぬ気であの人を愛そうとしているね。

 でもあの人はどうだろう。

 あの人は君を愛してるって言うけれど、見えているのは君の瞳に映った自分自身。

 あの人だって籠から出られない小鳥。籠の中にいることにすら気付かない哀れな小鳥。

 羽根を切られた君は上手く飛べないだろうけど、

 新たな羽根が生え揃い、飛べるようになる日が来るから。

 夜空を見上げる君と、ガラス越しに目が合うね。

 大丈夫、ここにいるよ。

 僕だけは知ってるよ。


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