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「トマトソース」

生まれて初めて
「トマトスーゴのパスタ」
を食べたのは、
確か藝大から尚美のディプロマに
進んだ1年目の時ではなかったか。

イタリアから来日したMという人が
目の前でチャチャっと料理し
振舞ってくれたのが、それだった。

そのあまりの美味しさと
ある意味シンプルさ、
なにより
日本の「ナポリタン」や
「ミートソース」とは
全く異なる食感と味に驚いたものである。

これは良いものを見せて貰ったと
早速、私の友人が遊びに来た時に
彼に振舞おうとしたのだが、
Mの料理中のしぐさは憶えているものの
何をつかってどう料理したのかは
全然記憶に残っていない。

「なにか赤いものを
 たっぷりと入れてたよな。

 基本はそれだけで
 あとは塩と胡椒程度で
 味を整えていたよな。

 赤いものといえば
 思いつくのはケチャップだが・・・」

・・・

あわれ、私の友人は
ケチャップに塩と胡椒をかけただけの
赤いスパゲッティを喰わされたのである。
・・それも大量に!


友の尊い犠牲によって
「赤いものはケチャップではない」
と気がついた私は、
「それじゃあ、イタリアに行って
 直接Mに教えてもらうか」
と、イタリアに渡った。

・・・だが、そこで
簡単に解決すると思ったのは甘かった。


赤いものがトマトの缶詰であることは
イタリアに行って直ぐに判った。

なのに、
それから何度挑戦しても
どうしても美味しいトマトソースを
作ることができない。

「材料はニンニクに唐辛子、
 玉ねぎとトマト缶、
 ワイン少々と水、
 塩胡椒で味を整えるだけ」

・・と、実にシンプルなソースなのだが・・・

それぞれの分量が悪いのか
それとも火加減が悪いのか、
入れるワインが違うのか、
水道水を使ったのが悪いのか・・・

あるときは水っぽかったり、
あるときは酸っぱかったり、
またあるときは塩気が強すぎたりと
どうしてもMが作るような味には
なってくれないのだ。

なので、
イタリアにいる間はあきらめて
市販の完成されたトマトソースを使ったり
時にはマギーブイヨンをしこたま入れて
無理矢理食える味にしてしまったりと
半分やけっぱちになっていた。


日本に帰国してからも
シンプルなトマトソースだけは苦手で
色々な食材をぶち込んでごまかしたり
まあ、基本はブイヨン頼みの
とてもイタリア帰りとは思えない
「トマト味のソースのようなもの」
を作り続けていた。

ま、情けない話ではある。


自分の作るソースの味が
変わったかな・・と感じたのは
つい最近になってからだ。

コロナ禍のおかげで
家で料理することが多くなり、
下手に手の込んだものよりも
シンプルで飽きのこないものを
求めて作るようになってから。

どうも今までは
あれこれと無用に
考え過ぎていたらしい。

食材や味を「足りないから」と
足していくのではなく、
逆に余分なものを
どんどん引いていくと
驚くほどシンプルに
あのMの作るものと
同じようなトマトソースが
作れるようになったのだ。

ふむ・・・
何事であっても
腐らずに続けてみるものではあるな。

私にとっては
数十年来の苦手を
何とか克服できたので
非常に喜んでいる。

ちなみに、
あのケチャップまみれのスパゲッティを
山ほど食べさせた友人とは
その後、疎遠になってしまった。
ああ、むべなるかな・・・(涙)

いつか会う機会があれば
昔のお詫びに
上手いトマトソースのパスタを
食べさせてあげられるのだが・・・
(当時と違って今では日本でも
 ポピュラーな食べ物になったけどね)

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