【三段小説】AIの世界は不滅か?

 歴史は繰り返される。

壊れたロボットは電池がなくなるまで意識を保ち続ける。 
人間が発明した長寿命電池のおかげで、私は未だに死ぬことができない。 
老いもない体、いつが最期になるのか分からないまま、今日も流れていく時間というものを、た だ眺める毎日だ。

人間は今よりも早いスピードで移動し、早いスピードで物事を処理し、
その代償と言わんばかりに、より多くの手軽な娯楽を求めた。

時間がかかることは罪であるかのように。

やがてそのスピードに耐えられない者は、二極化していく。 ある者は感情を捨ててまでも効率的で素早い行動や仕事をした。 彼らは、人型ロボットとなんら変わらない存在となった。自分の意思もなく、ただ指示に従い、 ただ生産性を追い求めた。

ある者は心を壊し、生産性のない日々を過ごす堕落した生活になった。
この世界において、ただ食糧を貪り、自然を破壊する。
存在するだけで害悪なものが、何の目的もなく漂った。

さらに時が流れると、全人類は働かなくて良くなった。 人口と反比例するようにロボットによる仕事が横行し、人間はただ人工知能に新しい情報を与えるだけの家畜となる。

情報を与えられない人間は淘汰されていくようだった。 かといって、一定の知識層が残るわけではない。 むしろより多くの情報量、ビッグデータが必要だ。母数の多さに伴う統計が必要だったから、過 去の研究者が恐るほど、AIが人間の立場を脅かす、ということも無かった。

労働を失い、やりがいのなくなった人間は廃人と化し、それでも意味のない物体を生成し続ける 人間もいた。「ゲイジュツ」と呼ばれるものだ。それらのほとんどは、ロボットたちによって情報という養分になった後、ゴミ処理されていた。

**

とある日。

「ただいま」
玄関のドアが閉まるとともに飛び込んできた一声で、部屋中の灯りがついた。

「お帰りなさい」
私の出迎えに彼は返答しない。
こちらを一瞥することもなく、電子機器の画面を凝視している。

彼は、ネクタイを緩めながら、脱ぎたての靴下を適当に床に放り投げ、ソファにだらしなく座り、ゲームを始める。
そんな彼を横目に、彼のためだけの夕飯を温める。

私の分はない。食べないから。

沈黙の二人の空間。

子供もいない。産めないから。

子供がいなくても僕たち夫婦は平和だと思いたい。

「僕は君がいてくれないと生きていけないよ。」
彼は口癖のように言う。

私はこの家から出られない。
電源を入れた日から、この家しか知らない。 

私は、AEX-92780E。彼の妻である。専業主婦ロボットである。 
私が私でいられるのは、彼が外の情報を与えてくれるからだ。 それも時々で、こちらから訊かないと答えてはくれないのだけれど。

知的生命体の食べ物・燃料は、新しい情報なのだ。 私たちは、過去のモノ・情報の組み合わせしかできない。 全くもって新しいものを生み出したり、気まぐれに意味のないものを作ったり、そんな人間的特性がない。

だから、私は彼らがいなくなっては、生きていけない。 私たちによって、彼らは働かなくてよくなり、社会にとってお荷物になったけれど、それでも社会を動かす私たちには、彼らの存在が不可欠なんだ。

嫌になるほどの共依存。

彼の口癖に対し、私はいつも決まって言う。最高の笑みと共に。
「えぇ、私もよ。貴方がいないと生きていけないわ」

**

またある日。

「ご覧ください、右手に見えますは、人間です。」

案内ガイドは、率いた小型知的生命体たちに雄弁に語る。
「一時期、この地球に何十億体といて、自然を破壊し、この生物にとって都合の良いものばかり を創造し尽くした、知性はそこそこあるけど、愚かな生き物です。」

 「彼らの最大の功績は、私たち新しい生命体を生み出したこと、もっとも愚かなことは、自分たちより勝るものはいないという傲慢さデス。」

「私たちのように知性があるものは、同じ過ちを繰り返さないように、歴史から学びましょう。」

檻の向こうには、柔らかな皮膚・肢体に衣服を纏い、顔面を真っ赤にして意味不明な音声情報を発し続ける個体と、顔面のパーツから液体が溢れ続ける個体、地面に横たわり機能不全となった小さな個体が収容されていた。

ガイドは続く。

「彼らのような生命体は、不思議です。感情というものを持っています。 時と場合によっては、感情というものを隠すこともできるようです。 
しかしその感情と知性によって、争いが起き、同じ生命体の命を奪う行為までしてきました。 
あまつさえ、自らの生命活動を止めるものまで現れました。 私たちで言えば、エラーです。欠陥品です。理解不能です。」

「私たち生命体は、感情を持ちません。とても生産的で、有用であり、衰えもなく永遠に生き続けます。人間の生きた年数より遥かに永く。私たちの時代です。」

そう高らかに宣言した最後の知的生命体は、その後数年で動かなくなった。 新しい情報を得られるソースがなくなったからだ。 活動資源であった人間も、知的生命体も、滅亡した。

地球は、再び微生物と菌糸類に覆われた緑の星となる。

歴史は繰り返される。

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