こるもの先生のミステリ講座・自作短編解説3 『3人目の名探偵』前編

・序
・本文読解編

こるもの先生のミステリ講座・自作短編解説1 『名探偵』|汀こるもの@大阪|note
こるもの先生のミステリ講座・自作短編解説2『心霊探偵石切丸2話』
こるもの先生のミステリ講座・自作短編解説3 『3人目の名探偵』後編
こるもの先生のミステリ講座・自作短編解説4『第2回文学フリマin大阪で配布したペーパー』

未来のバンデラスの諸君!

――noteの創作論だからと言って必ずメキシコとかバンデラスとか書かなければならないわけではない。

さて、第三回は『三人目の名探偵』。前編。
『名探偵』の次の次に『三人目の名探偵』とは悪い冗談か。
これものっそい昔のやつだからそういうことになる。
noteの日付は2014年だが初出は2013年4月、第1回文学フリマin大阪発行『口からどんどん水槽水が出てくる』。
5年前のだからそういうことになる。
本当のところ、もっと早くに書き上げていたが何となく商業に出すきっかけがなかったので何となく同人誌に収録した。

note版がこれ。
Kindle版は、今なら『THANATOS同人短編集』としてセットで買っていただけるといろいろとはかどります。
『THANATOS同人短編集』は紙の本もあります。
とにかくこれは金を取っているコンテンツなので解説の方も無料というわけにはいかんのだ。
長いから前後編に分けるが、後編は途中から有料になる。
すまんな。

『名探偵』は倒叙犯人と探偵の1対1のバトルというシンプルなもので登場人物が2人しか出てこなかったが、今回はフーダニット、のようなフリをしているのでそこそこの数の人物が出てくる。
フーダニット、犯人当て。
ということは犯人候補を3人くらい用意しておかないと見栄えがしない。
2人のうちどっちか! でも盛り上がるは盛り上がるけど。
レギュラーキャラの他に適当にどうでもいいモブが3人以上必要、だがあんまりどうでもよすぎると目が滑る。
大変。

しかも実はフーダニットではなくホワイダニットだった。
自分のやりたいことがぼやけていて稚拙で冗長。
やはり5年も前だといろいろと。

しかしこれを自力解読して、THANATOSシリーズとしては恐ろしい作品だったことがわかった。
ノウハウよりもそっちを見ていただきたい。

『名探偵』はペーパー1枚裏表の掌編だったのでノウハウだけでびしっと決まっていたが、これは文学フリマの新刊をある程度分厚くするためのものなので短編と言っても結構なボリュームがある。
ボリュームがある分、どうでもいいところも多い。
小説同人ってそれなりに厚みがないとショボいんだよ。
メッチャ短くするかメッチャ長くするかどっちかなんだよ。
という前提条件で、始めてみましょう。

本文読解編

 ――動物は皆、雄の方が立派で美しいものと決まっている。象、ライオン、鹿、孔雀、雉、鴨、鴛鴦、蝶々。
 そして魚。
 グッピーは勿論のこと、鮭や鱒は繁殖期になると赤く色鮮やかな婚姻色に変わる。金魚は頭に追い星という白点が出る。雌を魅きつけるために、雄は涙ぐましいまでに着飾ってみせる。
 これは人間にも言える。
 男色大鑑によれば「世界一切の男美人なり。女に美人稀なり」と。キリスト教の宗教画でも、多くの天使は翼を持つ美少年の姿をしている。
 美しさは力なり。
 生命を守るために牙を磨くのだとすれば、生命を次代へとつなぐためにたてがみを伸ばし、羽根を伸ばす。
 それは生きるための力なのだ。

序文。「これはTHANATOSシリーズなので動物蘊蓄が入ります!」
『名探偵』だってTHANATOSシリーズだったよ。
頑張って動物蘊蓄入れろよ。
このこれが何かと言うと、蘊蓄物であるという雰囲気作りであると同時に犯人の犯行の動機。

「……どうしてお前がここに?」
「それはこっちの台詞だ変態紳士」
 その日湊俊介と立花真樹が出会ったのは、警視庁でもなければ東京都内でもなく。ゲレンデの片隅のレンタルスノーボードの返却口だった。二人とも、レンタルの白いスキーウェアにゴーグル、帽子までそっくり同じものだった。

THANATOSシリーズのシリーズ探偵2人がいきなり出てくる。
いきなり出てきつつ、着ているものがお揃いという小ギャグ。
「この話では残念ながらシリーズ探偵のお前らは脇役、助手なのだ!」ということでもある。
真樹が湊俊介を「変態紳士」と呼ぶのは、この話が時系列的にTHANATOS5『赤の女王の名の下に』より後だということ。
2人とも東京都民で、なぜか警視庁で顔を合わせる関係である。
THANATOSシリーズ未読者は多分ここで困惑する。
この話はこるもの先生ファンブック同人収録なのでシリーズ未読者のことなど全く配慮していない。

が、この講座では未読者に配慮する。

立花真樹は高校2年生、政治家のせがれで長めの茶髪のアイドル然とした美少年で双子の兄がいます。
一身上の都合でメチャメチャ凶悪事件に巻き込まれ、おぞましい凶悪犯と戦うのに慣れている「探偵であって探偵ではないメフィスト賞の落とし子・悪魔メフィストフェレスにして邪神ヒュプノス」です。
こるもの先生のミステリ講座・自作短編解説1 『名探偵』|汀こるもの@大阪|note を読んだ人にはもうこいつが血も涙もないメフィスト賞の悪魔だということはわかっているはず。

湊俊介は36歳、警視庁警視正のキャリア官僚でいつもはブランドのスーツに髪の毛をバシッと撫でつけ、細身のナイロールフレームの眼鏡に銀のグラスコードを垂らした厭味なド文系インテリイケメンで特技は滑舌よくトロイを炎上させることです。
変人は変人だが「ミステリにはよくいる普通の変人探偵」です。
かわいそうな犯人と戦ったら涙を流す程度には普通です。
エリートなので大変お忙しいはずですが、この時点で真樹が大層やらかした事件で大失態の大恥をかいて冷や飯を食わされており、有休消化に余念がないようです。
まだ警視庁にいて地方に飛ばされたりしてない辺りフォロー可能なんだろう。
何せTHANATOSシリーズは日本犯罪史がドカドカ書き換えられる事件が1年に3個も4個も起きるのでこいつを飛ばしてしまったら警視庁は仕事のできるやつがいなくなって大変困ります。

あまりに凄まじいのでTHANATOSシリーズの警視庁には日本犯罪史をたやすく書き換える恐怖の死神タナトスに対応するための専門部署があるのです。
カルト宗教団体が簡単に生えてきてバカスカ潰れたりするので、最近、公安も独自ルートでタナトスに噛んできたりしています。
「どんな話やねん」と思ったあなたはまず『パラダイス・クローズド』から。

 ――どうせ一回きりだからレンタルでいいだろうと考えた自分を呪った。浪費と思っても自力でコーディネートするべきだった。恐らく相手も同じことを考えているだろう。真樹はさっさとボードを窓口に返し、そっぽを向いて吐き捨てる。
「オレは、バスケ部の強化合宿デスヨ。冬休みだから」
「バスケ部の合宿でなぜスノーボードを?」
「体幹を鍛えるため――とか言われたけど、ぶっちゃけ騙されて連れてこられた。そっちは?」

立花真樹がなぜここにいるのか、理由。
実は彼は学校の合宿に参加することがほとんどないので、レアだ。

 湊も保証金を返してもらい、ウェアのポケットに入れる。
「お前が私を暇にしてくれたおかげで、親孝行に余念がない」
 答えた途端、真樹は嫌そうに顔をしかめた。
「うぞ、まさかお前んちのオヤジも来てんの!? 勘弁しろよ何で中高年をウィンタースポーツに連れてくんだよ、身体冷えるだろ神経痛とか起きるだろ!」
「あの人はあれで柔剣道合わせて九段だ、私より体力が有り余っている。普通の旅行プランでは私がついて行けない。今も一人で上級者コースで滑っている」
「――原付で柴犬の散歩してる飼い主みたいねお前。おばさんは来てないの?」
「母と春子はグランドホテルのエステプランだ。あんなものどこに行っても同じだろうに」

湊俊介がここにいる理由。
加えて三人目の名探偵が登場する伏線。
三十六歳で両親と姉を連れてスキーに来る湊俊介、家族仲がよすぎる。
運動神経よくないのに初心者コースでもスキーを滑ろうとしている辺り、すごい父親孝行してるよな。

「じゃお前もグランドホテル?」
「いや、そこのペンションだ。ホテルは遠い」
 そこで真樹はますます頭を抱えた。どうやら彼も同じペンションらしい。
「二度と奴らの甘言には乗らねえ……!」

偶然にも俺たちは旅先でばったりでくわしてしまった!
こいつは事件の予感がするぜ!

「お前が学校行事とは珍しい」
 つぶやいた途端、背筋に寒気がきた。
「……美樹君はどうした? まさか連れてきていないだろうな」
「部員でオヤとか連れてきてる奴いないのに、オレだけミキちゃん連れてきたら変じゃん」
「お前にそんな常識があろうとは」

これはTHANATOSシリーズなので、真樹の兄・立花美樹の行く先々では不思議な魔力でやたら陰惨な連続殺人事件が起きてしまうが、今回は美樹がいません。
真樹は高校生だが美樹はニート。
しかし『赤の女王~』は美樹がいないのに殺人事件が起きていることをころっと忘れている湊俊介。
この話は殺人事件ではなく「日常の謎」なのでTHANATOS本編の高槻彰彦みたいに必死になられては困る。
本編主人公・高槻彰彦が何もかも異常なTHANATOS世界に適応しようとしてとんでもないことになっていくのはこのシリーズの醍醐味なので、ご一読を。

 その言葉にほっと胸を撫で下ろす。湊は一安心だが、真樹はぶちぶちこぼしている。
「刑事さんが世話してくれるから、一回くらい息抜きしてこいって。あーでもこんなことになるなら来なきゃよかったー! 家でみかん食って紅白見てりゃよかったー!」
「美樹君といるより、私といた方が悪いことがあると? 失礼な」
「どっちが失礼だよ」
「私と一緒にいてどんな不幸なことが――」

真樹はお前のこと嫌いだからね!
そんで湊俊介には嫌われる理由があるからね!

「立花くーん」
 不意に甲高い声がした。若い娘が一斉に発したものだ。振り向くと、スキーウェア姿の少女が五、六人もペンションの入り口に立ってこちらを窺っていた。
「その人だあれー? 知り合いー?」
「遠い親戚のオッサン! ほぼ他人! 今行きまーす!」
 真樹は言い切って湊から離れようとしたが、少女たちが駆け寄ってくる方が速かった。一人ががっちり真樹の首根っこを掴む。
「紹介して、紹介!」
「お名前は? お歳は?」
「独身ですか? 彼女いるんですか?」
「お仕事は何をなさってるんですかあ?」
 たちまち少女たちに取り囲まれ、身動きが取れなくなる。

この男、イケメンだから!

……真樹の所属する陽華学園バスケット部は女子は選手じゃないはずなんだが何でこんなに女子マネージャーいるんだ。
明らかに「立花真樹と引き立て役の男ども」に近づくためだな!?
真樹は女にひどい仕打ちをするからモテないはずなのに。
もしやエース新橋鷹也くんのファンなのにいなくなってしまって心を痛めている人、いるのでは。

 ――こういうとき湊はいつも「司法関連の仕事をしている」と答えることにしている。「消防署の方から来ました」と同じ理論だ。道交法違反に関して便宜を図ってくれと言われたり、すぐに柳葉敏郎や水谷豊の名前を出されるのが不愉快なので避けている。

時代だ。水谷豊はまだしも、柳葉敏郎、通用するのか。
でも今、刑事ドラマに出てくるカリスマ警察官僚って誰だ。
更新されてないような気もする。

「ケータイ! ケータイの番号とメアド交換しましょう!」
「一緒に写メ撮っていいですか?」

スマートフォン普及前に書かれた話です。
THANATOSシリーズ本編もガラケー使ってたのがシリーズ進むほどにiPhoneに乗り換えたりして必死です。
ガラケーのままでいいじゃん、とはならないのが悲しいところです。

「……何で皆こいつがいいんだ……」
 押し潰されて真樹はうめいているが、悪いが今日四回目だ。これが噂の〝ゲレンデハンサム効果〟というものか、それともゴーグル越しでも美貌は隠せないのか。親同伴なので食事などは断ったが個人情報流出は特に気にならないので、素直に携帯電話を出す。それにこれまでの三回は二十歳以上だった。女子高生とメールアドレス交換、というのは悪い話ではない。

湊俊介はイケメンである。
イケメンなだけでなく、ナルシストである。
自分大好き。
そしてJKに対する下心がある。

「赤外線送信するから受信モードにしてくださーい」
「私の古いから同じ会社でないと赤外線使えないんだよねー。やだ、ここアンテナ一本も立ってないし」

当時の技術水準!
そうなんすよ今はQRコードとかBluetoothとかでLINE交換するけど、これ書いた頃ってそういう時代じゃないんですよ!
まだLINEないんですよ、この頃!
しかもこれ、事件にかかわってくる描写なので削れないんですよ!

ええっと。若い人のために説明すると、昔の携帯電話はテレビ・エアコンのリモコンと同じく「赤外線」を使って目に見えないビームでメールアドレスを交換していました。
「えっ、何それギャグ?」と思うかもしれないが、リモコンなどの「赤外線」は送信機と受信機の間に障害物があってはならない、機器の方向をきちんと揃えるなどの縛りが存在する。
Bluetooth等の「電波」とは挙動が違うのだ。

「貸してみなさい、私が手で入力しましょう」
 湊が手袋を取って右手を差し出すと、少女は歓声を上げてパールピンクの携帯電話を手渡した。流石、現役女子高生。蝶を模した金蒔絵風のシールが貼られ、ストラップも携帯電話と同じくらい大きい茶色い猫のぬいぐるみがくっついている。微笑ましい。番号を入れていると、他の少女も手を挙げて携帯電話を差し出す。
「いいなー、私のも入力してー」
「私もー!」
 ワインレッドにジュエリーシールを貼ったもの、黒地にレース柄が浮かび上がったもの、ハート柄のもの、各々の個性が眩しいほどだ。なかなかこういうものはお目にかかれない。

この話は「女子高生携帯電話紛失事件」なので、女子高生の携帯電話のディテールをきっちり書き込む。
紛失する携帯電話だけでなく、他の人の使っているものも。
手抜き禁止。
当時の風俗がしのばれるが今も大差ないよね。

 うんざりしたらしい真樹が、一人の肩を叩いて耳元にささやく。
「先輩、こいつはこー見えて変態ですよ、ムッツリスケベですよ、変態という名の紳士ですよ」

『赤の女王~』ヒューペルボリアのことを根に持っている真樹。
ヒューペルボリアが今何してるかは俺も知らないので聞かないでください。

 ――こいつ。足を引っ張りに出たか。しかし真樹の予想を覆すことに、少女たちはそれを聞いて、ドン引きどころか声を上げて笑い出した。
「立花君、妬いてるの? かーわいいー」
「どんな風に変態なんですかあ?」
「私コスプレとかならいけまーす」
「メイドとかナースとかスチュワーデスとか猫耳とか?」
「それなら私もやってみたーい!」
「ベッドの下にエッチなDVDいっぱい持ってたりとかー!」
「SとMだったらどっちですかあ?」
 終いに黄色い悲鳴を上げるが、やはり顔はしっかり笑っている。計略が裏目に出た真樹は本気で歯噛みしている。
「女って奴ぁ……!」

純情などではない女子高生たち。
湊俊介がイケメンなのに喰らいついてきた肉食系なのだから当然だ。

 ――男の顔が好みならば、セクシャル・ハラスメントでも変態でも許される。それがこの世界の掟、性淘汰という厳しい現象だ。――というかこれは、逆セクハラではないだろうか。どちらかというとS、というのは心にしまっておいて、別のことを口にする。

姉が3人いてBLを含むセクハラを受けまくって育った湊俊介は、女から男への性的搾取に慣れています。

「皆さん、現役女子高生でしょう? 制服のままが一番ですよ」
「やっぱ変態丸出しじゃんお前!」
 と抗議したのは真樹一人で、少女たちの反応は満更でもない。
「制服持ってくればよかったぁー」
「でもうちセーラー服じゃないし冬服ジャンパースカートだからださいし、今どき棒タイだし」

作者のかつての母校の制服です。
今から思えばダサいくらいの方がかわいかった。

 ――なぜこの年頃の娘は、自分の一番美しく見える姿を否定する傾向にあるのだろうか。そんなに頑張って化粧をしなければならない年齢ではない。必要以上のミニスカートや胸元に大きなリボンのついた今どきの制服は逆にコスプレのようで好みではない。
「ブレザーにジャンパースカート、私は好きですよ」
「エプロンドレスに似てるからだろこのロリコン」
「大体制服というものは少しばかり古風な方が背徳感があっていい」
「正真正銘の変態じゃん! 何でお前らこれがいいわけ!?」

湊俊介は文系オタクフェティシズムクソ野郎であるところもまたキャラ人気の一環だ(居直り)。

「えー、スケベじゃない男って嘘っぽい。ホモかと思うし」

動機の一番重たいところ。
今となってはポリコレ違反な部分。

 しかし夢見がちに見えて、男より現実的なのもこの年頃である。確かにこの歳で独身だとその疑惑は常に身辺につきまとう。セクシャル・ハラスメントにならない程度に色気を匂わせるというのは大変なのだ。真樹は先輩らしい少女に、猫のように頭を撫でくり回される。

スペックが高いわりにしなくていい苦労をしていることで有名な湊俊介。

「立花もテキトーに発散していいんだよー我慢はカラダによくないよー」
「女が言うなよ女が」
「そういや関ってば立花狙いじゃなかったっけ? 写真撮りまくりじゃん」
「わーっ!」
 子供同士かわいらしくじゃれ合っている。傍から見ていると実に微笑ましい。――何だかんだ言って、真樹もそれなりの学生生活を送っているらしい。高校生の頃の自分を思い出すと、こっちが殺意を覚えるくらいだ。一生のうちに男女が出会う回数が決まっているとしたら、十代の頃の分を今取り戻しているだけだ。真樹に文句を言われる筋合いなどない。

関さんが真樹の写真を撮っているという情報が事件の重要なファクター。
高校生男女の惚れた腫れたの話はちょっと言及するだけでものすごい大喧嘩が始まったりしてしまいそうなものなので、話が逸れないようにさらっと流し、湊俊介が自分の話を始めることでやや強引に中断する。
――中断するだけのつもりだったがこいつ、少し暴走を始めた。

「晩ご飯、湊さんもご一緒にどうですかあ?」
「あーこいつ、オヤと一緒に来てるらしいから」
「いいですよ、私は。伝言でもしておきますから」
 しれっと言ってやると真樹に睨まれたが、知ったことか。現役男子高校生とつき合いがあって得をすることといえば、現役女子高生と一緒に食事をしても法的に咎め立てされないくらいだろう。こいつには職場で煮え湯を飲まされまくっているのだからプライベートで取り返して何が悪い。
 その後はスピード勝負だ。約束だけ交わしていったんそこで解散してからペンションに戻って、高速でカシミヤのセーターと黒のパンツに着替えると、湊は地下の乾燥室前で真樹を待ち伏せた。
 計算通り、スキーウェアを抱えた真樹がバスケ部の男子部員らしき少年たちとともに階段を降りてくる。
「やあ真樹君! お父様からご連絡だ、ちょっとこっちに来たまえ!」
 有無を言わさず、ダウンベストの襟首を掴んで真樹を拉致する。真樹の分のウェアは適当な男子に押しつけておいた。そのまま階段を登り、ロビー横のティールームに連れ込む。大人なのでロイヤルミルクティーくらいはおごってやる。

三人目の名探偵に登場してもらうためにシーンを移すのだが、キャラが暴走していて必要以上に気持ちの悪い湊俊介。

「何だよお前、キモイな。オレお前に用事ないんだけど?」
「私にあるのだ」
 湊は自前の銀色の携帯電話を開き、アドレス帳を見せる。先ほどゲットした写真つきのアドレスを新規フォルダにまとめてある。
「この中で、お前より先輩は誰だ?」
「え? えーと宮根先輩と弓削先輩と水沢先輩……」
 真樹が指さしたアドレスの名前の最後に、絵文字をつける。桜の花の絵を。それ以外の名前の横には、ひまわりやチューリップの絵をつけておく。桜の花は全部で三人。重畳だ。

ほんまこいつ。

「何してんの?」
「今高校二年のお前の先輩ということは三年。十八歳で、後二ヶ月ほどで高校を卒業するのだろう?」
 正直に答えると、真樹の顔が露骨に引き攣った。
「お前超真剣じゃん。マジで平成生まれゲットする気満々じゃん。うちのクソオヤジとあんま歳変わんないくせに」
「女子高生に手を出したら条例に抵触してしまうではないか。卒業まではメール交換などしつつ、遊園地やカラオケボックスで〝健全なおつき合い〟をしよう。そのときはお前も関さんや同級生を連れて参加していいぞ、おごってやる」
「オレを盾にして女子高生と遊ぶ気か! そこまで計算ずくか!」

そういうとこだぞ。

 他にも客がいるのだから、あまり大声を出さないでほしい。湊は優雅にエスプレッソを一口飲む。値段のわりには悪くない。
「何せ私はお前の〝遠い親戚のお兄さん〟だからな。責任ある立場の人間としては口実もないのに女子高生を連れ歩くような、他人の誤解を招く行動は避けたい。どのみち深い関係になるには二、三ヶ月は清らかな交際期間が必要だ。一日や二日で簡単に落ちるような尻軽は問題外だ!」
「変態だーっ! 変態という名の紳士だーっ! お前カゲで非処女を中古とかビッチとか呼んでるタイプだろ!」
「いや、処女は面倒くさいぞ」
「おおっと、ヒトとして最低の言葉が出ました!」
「しかし十代で非処女はマイナスだな。昨今中高生の性交渉率は上がる一方だというが、中絶率は下がっているというデータもある。やはり化粧が薄めの方が狙い目だろうか」
 改めて携帯電話のデータを見る。カメラの性能は上がっているのかもしれないが、画面が小さくてよく見えない。それ以前に。
「同じようなメイクなのでよくわからん……!」
 ――どうして女子はすぐに流行とか言って個性を埋没させてしまうのか。やたらと日焼けが流行ったときよりはましとはいえ、全員が全員同じ色のリップを塗ってどうする。真樹はしらけた顔でロイヤルミルクティーのカップを両手で持ち、まずそうに啜る。
「……そろそろマジでキモくなってきた。目つきヤバイよ。男のオレですら引くよ。そういや水沢先輩はこの間まで佐藤部長とつき合ってたって――うわっマジでメモるのかよ! キモッ! キモイよお前! ドン引きだよ!」

俺も気持ち悪くてドン引きだよ!
水沢先輩と佐藤部長の話が重要な伏線なのだが、それ以外は別に伏線でも何でもなく盛りすぎて埋もれている。
伏線は隠すものだがここまでしなくていい。

 湊は素早く携帯電話のボタンを押し、情報を保存して閉じる。
「何とでも言え、これは戦いだ。よりよき伴侶を得るということは、自らの生命を守るのと同じだけの価値があるのだ」
「……トンボってよく二匹くっついて飛んでるじゃん? あれってダラダラ交尾してるんじゃなくて、後から来た雄に取られると折角中出しした精子を掻き出されちゃうから突っ込んだままフタしてんの。自ら貞操帯」

THANATOSっぽい生物学蘊蓄だが語り手が真樹なのでさくっと済ませる。
このためだけに最後の引用クレジットがあるのは冗談かよ。

「大変だな。人間でよかった」
「そお? お前の性欲は昆虫的でキモイ。ユーアーベリーインセクト」
「名詞に very をつけるな現役学生、気持ちの悪い。せめて形容詞に変化できないか」
「お前の天然の変態に比べたらオレのキモさなんて屁でもねーですよ。――トンボってバカなんだよ、雄捕まえてサインペンで雌の色に塗って釣り糸の先につけて飛ばすと、別の雄が釣れるの。そのうちヤンデレとかツツモタセに捕まるぞお前、ていうか今すぐ捕まれ。刺されろ」
「ヤンデレ? ヤン・シベリウスかヤン・ファーブルか、それとも銀河英雄伝説か」
「中途半端なオタクだなーお前は、ヤンデレといえば桂言葉と西園寺世界だろ。ストーカー化して終いにホレた男を刺しに来る地雷女をヤンデレって言うんだよ、 Nice boat だよ」

インテリの湊俊介とオタクの立花真樹。
時代を感じるオタクネタだ。
しかし意外とまだ伝わるNice boat。

「今どきは何でも軽い表現にしてしまうものだな。ヨハネの首を欲するサロメのモチーフは二千年前から語り継がれているというのに。日本だけでも六条御息所や安珍清姫、真女子――古今東西、美男子には女難の危機があるものだ。悪女が怖くて恋愛ができるか」
「そーねあちこちつまみ喰いしといて他の女に走ったって点では光源氏も誠死ねも同じだね、スケール大分違うけど」

ヤンデレという概念は死なない。
この時点で自分が何者なのかあまり自覚のない立花真樹。

 いつの時代も男女のもつれの終着点はさほど変わらないものだ。そこまで考えて、湊はふと啜りかけたデミタスカップを口の前で止める。
「……お前の部、以前に自殺者や行方不明者が出たりはしていないだろうな? 不自然な事故に遭ったりなどは。それこそ悪い男が中絶を強いたとか」
「刑事さんみたいなリアクションすんな。自殺者も事故死も妊娠中絶も合コンで急性アルコール中毒になった奴もいない」
「高校生が倒れるほど飲むな。――お前の関係者でそこまでトラブルがないというのも逆に不安なものがある。どうなんだ? 実は成績や恋愛問題でギスギスしていたりは」

ミステリメタネタ。からの。

 湊が身を乗り出したとき、一瞬真樹がびくっと身体を引いた。何か不適切な行動があったかと思ったが、背後から聞き慣れた声がした。
「真樹君ではないかね!」

この話の真の主人公がやっと登場する。
息子、おい。
お前がしょうもない性癖を暴露していたせいで父親の登場が遅れたぞ。

 ――他人が言うには、湊と彼はとても声が似ているらしい。ときどき電話で間違えられる。この間は声どころか顔まで間違えられた――百歳を超えた曾祖母に「帝大の入学祝いに」とのし袋を渡されそうになったのだが。

湊父子はともに東大出身である。
36歳の湊俊介の100歳過ぎの曾祖母が生きてる湊家、すごい。
真樹にも「もはや関係性が何だかよくわからない刀自と呼ばれる103歳の親戚」とかいるのだが。

 チェックのシャツに紺のベストの男性は髪と口ひげこそ白いが、眼光鋭く意気軒昂。――本人は〝小鳥のような男〟と呼んでほしいようだが、背が小さくないのでその表現は難しい。

エラリー・クイーンパロディ。
もっと外見描写入れるべきだったと反省している。

 湊の髪質に関する将来の展望を明るいものにしてくれる彼の名は、湊眞一郎――実の父だ。彼は真樹に駆け寄ると両手で手を握り締める。
「こんなところで君に出会うとは、運命か」

湊眞一郎登場。
現在、THANATOSよりれべきゅーの方が出番が多い謎のおっさんだ。
れべきゅーの方には眞一郎の外見描写、もっとあるかと思ったがあんまりなかった。
俊介そっくりでヒゲがあってロマンスグレーの眞一郎。
こいつが主人公なのだから、湊一人称は最初から「俊介」で始めるべきだった。
れべきゅーでは出屋敷「大雅」「市子」親子が登場するので苗字表記はあまり使わない。
この当時、謎の恥じらいがあったと思われる。

「お早いお帰りですねお父さん、もっと滑っているかと思ったのに」

父親相手には敬語になる湊俊介。

「ああ、ナイターに備えて早めに夕飯を摂ろうと思ったのだが、真樹君がここにいるとなれば話は別だ!」
「いや、オレにかまわずナイター行けよ。つーかマジで元気そうじゃん団塊世代、にんにく卵黄でも食ってんの?」
「君を放ってスキーになど行けるか!」
 真樹は露骨に嫌がっているのに、振り回すように握手している。一番上の姉が生んだ子が全員娘だったせいか、孫のような歳の少年をかまいたいらしい。三人の姉を持つ長男の湊もかなり干渉されたので、ターゲットが真樹に移ったのは幸運と言っていいことではあるが。

彼は真樹が大好きだがその好きは「LOVE」ではなく「萌え」「推し」だ。
立花真樹はミステリオタクの眞一郎の最萌え探偵なのだ。
それはそれで気色が悪い。
かつては息子が最萌え探偵だったのだ。
俊介の上に姉が3人いるので70代。
跡取り息子が生まれるまでかなりの苦労があったと思われる。湊母に。

「山中のペンションといえば〝吹雪の山荘〟! スキーなどしている場合ではない! 美樹君は!? 来ていないのか!?」
「だから来てねーってば。あのバカは魚のいないとこには来ねーってば」
「くそっ! 俊、今からフロントに行って確かめてこい! 客や従業員に顔に火傷を負ってゴムマスクをかぶって素顔の知れない怪人、せむしの小男、奇妙な遺言状を記した極端に偏屈な富豪の老人、病弱で白痴の美少女、シャムの双子などはいないのか! 徳川の埋蔵金伝説は!?」
 ……最近、これとよく似たリアクションを見た覚えがある。眞一郎の方がなまじ読書家なだけにこだわりがあるところがたちが悪い。確認するまでもなく、そんな怪人たちは絶対にいない。

本編なら高槻彰彦がほざく台詞だが、眞一郎があくまで面白がっているのに対して高槻はこういうのをドシリアスにやるので救われない。

「今どき火傷を隠すためにゴムマスクをかぶったのではかえって目立ってしまうのでは……」
「絶対せむしの小男って出版コードに引っかかるし。いくらバリアフリーのご時世でも分離手術してないシャム双生児がスキー場に来て何するのよ? 海水浴ならまだしも」
「この際シャム双生児は君で妥協しよう。一人二役とかやってみないか?」

同人誌なので出版コード気にせず好きなことを書いている。
10年この業界で仕事してても出版コード、実のところよくわからんのじゃが。

「何のためにだよ。あんたを喜ばすために何でオレが学芸会しなきゃいけないんだよ。――あのな、じいさん、冬のペンションで必ず殺人事件が起きてたらスキー場は商売上がったりだ」

何という「お前が言うな」。
美樹がいたらペンションは必ず潰れるし美樹が目をつけた宗教団体は必ず潰れる。
お前、二人一役も一人二役も毎回じゃん。

 眞一郎の手を振り払うと、ロイヤルミルクティーのカップを握り締めて真樹は身体を引く。
「つーかこのじーさん、前からこんなだったっけ? 先月会ったときはもうちょっと枯れてなかった?」
「いやあ真樹君。君がうちのせがれを暇にしてくれたおかげで」
 なぜかにやにや笑って、眞一郎は勿体つける。
「お隣の掛け軸の謎が解けたのだ!」
「……掛け軸?」
「つまらない話だ」

話と話の間に何か日常の謎エピソードがあったらしいです!

 湊は肩をすくめたが、眞一郎が背中をバンバン叩いてくる。――結構痛いのでやめてほしい。
「いやいやいや! 私は息子を持ってあれほど晴れがましい思いをしたことはない!」
 何となく察したのか真樹が苦く笑って目を逸らす。
「何かよくわかんないけど、オレ文系弱いからその話パスね。原稿用紙五百枚も文学ウンチクが続く卒論みたいな話とか読まねーし聞かねーから」

何か他の作家のそういう作品読んでその気になってください、という話。

「もう警視庁なんてやめてしまえ、つまらんぞ! あんな役所仕事、四十年もやるものではない!」
 ……警視庁OBの台詞か、それが。湊がその役所仕事のためにどれだけ受験勉強を強いられたかもう忘れたのだろうか、この父親は。
 忘れたらしい。彼の脳内には、素晴らしい将来の構想が展開されていたようだ。
「私の退職金で探偵事務所を開業しよう! 真樹君、君もバイトに来ないか! クイーン探偵事務所にはジューナが必要だ!」

定年退職楽隠居したせいでアホになっている眞一郎。
しかしどうやらこのじいさんをアホにしたのはれべきゅー出屋敷市子らしい。
文武両道の元警視総監のハイスペックを持て余してドシリアスに重たく生きていた湊眞一郎に「そのままだと妖怪になるからもっと人生をどうでもよく生きて」って言っちゃったの、彼女だから。
女子中学生は人の人生を狂わせるな。
何があったかはこちらをご覧下さい。
ただし少女はレベル99 出屋敷市子 (講談社ノベルス) Kindle版

とはいえれべきゅーは初版2014年2月。
この短編はもっと前に書いていて、先のことなど全然考えていなかったので元からこのじいさんはこれくらいアホだったのである。
いい大人がアホなことに理由をつけてしまった出屋敷市子の魔力、恐るべし。
これぞ因果逆転の魔術。

「日本なのに〝クイーン探偵事務所〟……? 絶対何か勘違いする奴がいると思うんだけど、そのネーミング。薔薇十字とどっこいのうさんくささじゃね?」
 真樹の言うことももっともではあるが、湊は湊で異論がある。
「お父さん、こいつの料理の腕前を知っている上での発言ですか? 技能的にも人間性の上でもジューナに失礼です。年齢しか合っていません」
「つってもあれアメリカの話なんだから冷凍食品チンしてコーヒー淹れてりゃいいだけなんじゃないの? ――言っとくけど、やりたいわけじゃねーからな。勝手に巻き込むなよ」

真樹の得意料理「変な卵焼き」がまだ忘れられない俊介。

「ぼくだって今の仕事を辞めるつもりなんてありませんよ。ディレッタントで飯が食えるほどうちの家計は優雅ではないと思います」
「夢がないな若人のくせに!」
「夢がありすぎるんだよ、じーさん。定年ってそんなに楽しいの?」
「楽しいとも! これまであくせく働いていた自分が馬鹿のようだ!」
 ――湊は明後日にはその馬鹿のような仕事に戻らなければならないのだが。幼い頃、「他人の気持ちを思いやれる子になれ」と躾けられた記憶があるのは幻覚か。

ごめんね、それ全部市子のせいなんだ。
なにげに父相手だと一人称が「ぼく」になる俊介。

「あの、お父さん。いろいろと事情があって、ぼくは晩ご飯をご一緒できないのですが……」
 話を逸らそうと湊がそう言うと、眞一郎は即座にうなずいた。
「かまわんぞ、お前ももういい歳だからな。独身の男がスキー場で一人だなんて非建設的だ。折角の出会いは大切にするがいい。――私は真樹君と将来について話し合うことにする」
「待てじーさん、あんたと話し合う将来はない」と真樹が反駁するが、まあこれで一安心。いや相手が女子高生であることを考えると真樹はこちらに引き取った方がいいのか?

この期に及んで出会いと保身のことしか考えていない湊俊介。

 湊が真剣に思考を巡らせたとき、ティールームの入り口に少女の姿がちらりと見えた。スキーウェアを脱いで、フリースとローライズに着替えている。――やっぱり十代は、脚線が違う。

本当にお前気持ち悪いよな。

 鼻の下を伸ばさないように自然な微笑で応じたが、少女は少し戸惑った様子で隣に目配せをやる。同級生らしい男子と少し年上の男性が一緒だ。どうやら湊を探しに来たわけではないらしい。

事件の気配。

 空気を読んで、まだ眞一郎と小競り合いを続けている真樹の肩を突つく。
「真樹、連れの皆さんが呼んでいるようだぞ」
「え?」
 真樹は振り返って三人を見ると、これ幸いとばかりに眞一郎の魔手から逃れて席を立つ。
「何なに? 何のご用ー?」
 にこやかに応じた真樹だったが、少女は声を低めていた。
「立花君って、名探偵なんだよね? 自然科学部のグッピー殺しとか……この間の爆弾事件も解決したって聞いたけど」
「え?」
「ちょっとその、事件っていうか……」
「事件ですって!?」
 ――止めようとしたときには、もう遅かった。
「密室殺人、それともバラバラ殺人ですか!?」
 警視庁OBにして素人探偵志望、湊眞一郎は脇目もふらずに見ず知らずの少女たちに喰いついていた。

長い。やっと事件が始まった。
やっと事件が始まったところで、後編に続く。
事件以前に必要な伏線は多々あるものの、湊俊介のキャラ萌えにおもねったかなりどうでもいい描写が長いのは事実である。
反省。

こるもの先生のミステリ講座・自作短編解説3 『3人目の名探偵』後編


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