こるもの先生のミステリ講座・自作短編解説1 『名探偵』

・序文・君たちに必要なのは動機だ~干からびた犯罪~
・本文読解編
・読後解説
・続編リンク

序文・君たちに必要なのは動機だ~干からびた犯罪~

干からびた犯罪

どこから犯人は逃走した?
ああ、いく年もいく年もまへから、
ここに倒れた椅子がある、
ここに兇器がある、
ここに屍体がある、
ここに血がある、
さうして青ざめた五月の高窓にも、
おもひにしづんだ探偵のくらい顔と、
さびしい女の髪の毛とがふるへて居る。

――萩原朔太郎詩集『月に吠える』現代詩文庫 1009 思潮社 青空文庫

皆、これ、大好きだよな!

ミステリ書きたいと思ったからにはこれが大好きだよな!

好きじゃなかったら許さねえぞ。
まず最小単位をこれから始めるんだ。
トリックとかではなくこれだ。

探偵は超絶美形か?
やせぎすか?
モジャモジャ頭か?
眼鏡はかけているか?
スーツ、マント、羽織、制服、くたびれた背広、シルクハットにタキシード、あるいはほとんど何も着ていない人もたまにはいる。
何がいい?
呼ばれて来たのか?
巻き込まれて居合わせたのか?
「京極堂、助けてくれ、憑き物落としを!」と誰かが悲鳴を上げたのか?
探偵が真の神ならば白馬に乗って登場することもできる。

犯人であれそうでないものであれミステリに「薄幸な美女」は必要だよな。
未亡人だった方がいいか、病弱な行かず後家か、夫の乱行に心を痛める人妻か、バリキャリ秘書か、思わせぶりなメイドか、女学生か。
仲間由紀恵か木村多江か有村架純か、いやまだまだ世間には解像度の高い俺の知らない美女がいるはずだ。
三次元より二次元で考えた方がはかどる?

と、こういう妄想が働くあなたはミステリを書くことができる。
トリックとかではなく。
トリックから始めようと思うと9割つまずく。
大抵の人は天才トリックメーカーに生まれついてはいない。

まず自分が萌える世界観で物を書く、不純な動機で行動することが大切だ。

不純な動機さえあれば君たちは何でも学習して身につけることができる。
動機もないのに何かできるはずがない。

動機なんか自分で用意しろ。
この講座ではこるもの先生の短編を解説することでストーリーの見た目を整えるテクニックとは何か実感してもらう。
俺は毎日ものすごい量のテキストを書いているが誰にも見せるつもりはない。
お前ら腰抜けどもが暖炉の前でベイブと甘く語らう時間は終わった、メキシコの太陽の下で自ら銃を取りバンデラスになれ。
noteっぽくなってきた。

・本文読解編

さて、読解する短編はこれだ。

名探偵 奇想館大阪篇2018年7月22日エア参加ペーパー|汀こるもの@大阪|note

無料公開していて仮にもミステリ短編と呼べるものがこれしかなかった。
有料公開短編でもやってみようと思うが、有料短編だと既に買っている人がバカを見るので多少なりと課金できるようにしたいが、サンプルもなしに課金するこるもの信者ばかりを相手に商売しているわけにもいかない。
この講座は商売なのであえて無料サンプルを置く。

さて、この『名探偵』は倒叙だ。

倒叙とは「犯人視点で事件を始めて、探偵が外部から真相に迫ってきて犯人の犯した些細なミスなどから推理を展開し事態を一変させ、読者にスリルを与える作劇法」である。
刑事コロンボ、古畑任三郎などテレビドラマで有名になった手法で、小説では大倉崇裕が得意とする。
「犯人当ては難しいから倒叙にすりゃ楽だろ」とか甘い考えを抱くヤツは火葬にしてやりたいところだが、この講座はミステリ創作のハードルを下げるのが目的なので強火で火葬したりしてはいけない。

読んでくれればわかるがぶっちゃけ、この話の犯人は些細なミスどころではなくものすごい根本的なところでコケている。
こんなコケ方するヤツ、普通倒叙ミステリにいない。
そしてこんなコケ方をしているアホの相手をしてやる親切なヤツを「名探偵」とは普通、呼ばない。
かなり身も蓋もない、THANATOSシリーズでなければ許されない話だ。

自分がアホであることに気づいていないアホの一人称小説という悲しいものである。
しかし巧緻を尽くした凄まじいトリックを振るう犯人の一人称視点は、どっちかというとコメディであることが三谷版オリエント急行や金田一犯人たちの事件簿などでわかってしまった。
リアルの人間はせいぜいこの程度のものだという話でもある。
THANATOSシリーズの根底に流れるテーマとして、「犯人にとっては一世一代の大舞台だが、シリーズ探偵からしてみればどれもこれも日常の謎」という悲しい前提もある。

探偵も犯人もスタートラインに立っていないという、ものすごいアンチミステリである。
アンチミステリなのに奇想館記念とか言ってんのかよ。
アンチミステリなのにミステリ読解とか言ってるのかよ。
つまりやる方もこの程度の認識なので、気楽にやっていきましょう。

 その日、ぼくは精一杯〝普通の中学生〟のふりをした。前の日なら何も問題なかった。頑張らなくたってぼくは普通の中学生だった。友達と挨拶して、教室でテレビやゲームの話をして、授業がだるいと文句を言って。
 しかしその日は、いつも無意識にしていることを全力でやらなければならなかった――しかもそんなときに限って友達はあまり気が乗らない感じで挨拶をしても近づいてこず、手を振るだけで遠ざかっていく。女子の中には、ぼくを見て顔を強張らせ、走り去る者までいる。――何だ。いつもと何が違う。

主人公は普通の中学生だ。
普通の中学生が普通の中学生の「ふり」をしなければならないのはなぜか。
彼が「倒叙」の犯人だからだ。
ここでは読者にわかってもらう必要は特になく、普遍的現代日本の普通の中学生の生活を描写している。
友達や女子が逃げるのは叙述トリックの一環なのでちゃんと書く。

 それでも教室で席につくところまではしたが、そこで極めつけの異常現象が起きた。
「晴永、ポッキー食べる?」
 ……カバンを開けて教科書やノートを出して机に入れていたら目の前に、開けた赤い箱を差し出された。差し出したのは、茶色い髪で政治家の息子でクラス一の美少年、立花真樹。

ここにもう一人の主人公・THANATOSシリーズ探偵・立花真樹(たちばなまさき)が現れる。
倒叙犯人の名前は晴永秋生(はるながあきお)くん。
フルネーム出ないけど仕方ない。
中学生、あんまりフルネーム呼ばないから。
キャラ集めガチャゲーのように一人称主人公が「オレ、晴永秋生! 普通の中学生だけど実は倒叙犯人、よろしくな!」と言いながら登場するわけにいかないのでこういうことになる。
一人称視点で書き始めると「このオレの丸くなだらかなほおの曲線に水晶のような雫が伝った」とか書けないのでジャンルがミステリでなくても気をつけろ。

逆に、相手がイケていることは描写できる。
が、男が男の顔をじろじろ見て華奢で線が細くて骨格が綺麗な美少年だなあとしみじみ思ったりすると作者の下心が透けて見えてしまい、いや別に透けて見えてもいいんだけどそういう目的の創作でないなら適当に自重しよう。
男性作者でもわりと臆面のないビスクドールのような超絶美形探偵を出してくるジャンルなので全然自重しなくてもよかったりもするけど。
程度問題だ。自分で一線を決めよう。
また、立花真樹は晴永の同級生でやはり中学生である。

THANATOSシリーズ読者なら「えっ真樹じゃん!」とぐっと拳を握るところ。
真樹は双子の兄とか同じような顔のキャラデザのヤツがやたら多いので茶髪などでアピールして「これは立花真樹だよ」というのを念を押しています。
また、いつもは高校2年生の真樹の、中学生バージョンが出てくるのもシリーズ読者的には前のめりになるところ。

 ……朝から甘いもんなんか食べられるか。政治家のお坊ちゃんなら豪勢なブレックファーストを食べてきたんじゃないのか。何考えてんだこいつ。
 しかし断ったら悪く思われるのでは? 変な奴だと思われるのでは?
 普通ではないと、思われるのでは?
「あ、ありがとう」
 おずおずと一本取った。断る理由がないから。
 それは甘くも苦くもなく、砂の味がした。

真樹は実際、政治家の息子として豪勢なご飯を食べているときと自作の5分で作った雑なご飯を食べているときでものすごい温度差があり、朝は大抵自作の雑なご飯を食べている。
が、あんまり仲のよくない晴永の認識はこんなもんだ。
朝からポッキーはともかく中学生が同級生にポッキーを勧めること自体はそう不自然ではないが、これは真樹流の探偵術で既に晴永は罠にかかりつつある。
全然おいしくないのは好き嫌いとかではなくメーカーに責任のない理由がある。

 立花真樹はかまわず前の席に後ろ向きに座った。――どういうことだ。居座る気か。
 なぜ今日に限ってぼくにかまう。
「最近のポッキー、先っちょ出っ張ってないよね。あっちの方がお得感あって好きだったのに」
「そ、そうだね」
「フランとか太いのは邪道だと思うんだよね。ポッキーはやっぱこの太さじゃないと。お前きのこ派? たけのこ派?」
「た、たけのこ……チョコいっぱいついてるし」
「きのこの方がビスケット少なめだぜ。大局的に物を見ろよ。まあオレ、チョココ派なんだけど」
 なら聞くなよ。何だこの会話は。

実はこのネットにありがちな無意味な会話で真樹が気を引いている間、4人の〝家臣団〟が真樹の指示で静かに他のクラスメイトを教室から避難させつつ携帯電話で警察に通報したり職員室に異常事態を伝えに走ったりしている。
真樹の方の作戦としてはとにかく何でもいいから時間を稼ぐばっかり。
真樹は実のところ探偵と言うよりは政治家のせがれであり、これは探偵術とは言わないのかもしれない。
作者としてはチョコつきビスケット菓子について思うところをありのままに語っている。

「ん。手相見せて。オレそういうのわかるタイプなんだ」
 唐突に立花真樹は女子のようなことを言ってぼくの手を取った。手のひらを指でなぞる。くすぐったくて、何だか気色が悪い。
「これ生命線。長いなお前。こっちが運命線。……お前の運命線、やたらギザギザしてっし途中でささくれてんじゃん。こっちが結婚線。お、二本ある」
 ……どうでもいい。ぼくにかまわないでくれ。

真樹が王手をかけた。
彼の目的は晴永の利き手を押さえることであり、手相がわかるかどうかはテキトーだ。
どうせ間違っていても晴永にはわからない。

 立花真樹はいつも、新橋だの信濃だの取り巻きをぞろぞろ連れているはずだ。そいつらはこの状況をどうみているのだろうか。誰か助けてはくれないだろうか。
 首を回す。ロッカー、掃除用具入れ、廊下側の窓、掲示板、黒板。
 グラウンド側の窓の外には、太陽が明るく輝いている。
 ――誰もいない。新橋鷹也も、信濃泉一も、浜松も、帝塚山も。
 その他のクラスメイトも、誰も。
 後五分も経てば朝礼で、教室にいなければならないはずなのに。廊下を通りかかる生徒すらいない。
 のどがヒュッと笛のような音を立ててしまった。
 口の中がカラカラに渇いている気がする。

〝家臣団〟の紹介である。
政治家のせがれである真樹は、秘書の息子だの何だのを常に4人や5人連れている。
そうでなくても中学生は普通、群れていても友達4~5人で、普段話しかけない相手に話しかけてくるのは大イベントだ。
なおTHANATOSシリーズ本編より過去なので本編での〝家臣団〟とは構成要員が違う。
ファンサービス入ってるので新橋鷹也くんフルネームだ。
そしてチャイムが鳴る直前に、教室に同級生が全然いないというとびきりの異常事態。
晴永は倒叙犯人としてやらかしてしまったことを自覚するが、まだ、何をやらかしたかまではわかっていない。

「……立花、お前さ」
 つぶやいたとき。
 遠くにうなり声のようなサイレンが鳴った。――心臓が弾けるようだった。

倒叙犯人が一番キツい時間がやって来た。

 思わず手を引いたが、立花真樹は両手で痛いほど手首を握っていて、離そうとしない。
「何。何で逃げようとすんの」
 立花真樹は女の子のような顔で、にたあ、と笑った。――こいつ、顔は綺麗だが性格が悪いので女子に嫌われている。
「警察怖い?」
 言葉が出なくなった。

倒叙犯人を追い詰める探偵の一番の見せ所である。
コロンボも古畑任三郎もこれをやるときは悪魔に見えるもので、「人殺しの犯人なんかどうにでもなっちまえ」と思っている視聴者でも「え、ちょっとそこまでやるのはかわいそうじゃない?」と手に汗を握る。
「倒叙の探偵は正しいがゆえに悪魔に見える」覚えておけ!
単に犯人視点にすれば楽とかそういうものではなく、倒叙犯人が探偵にしばかれると読者もしんどくなる。
そのように描くのだ!

 ――立ち上がろうとしたが、手を握られたままでは中腰にしかなれない。机が揺れてカバンとポッキーの箱と帆布のペンケースが床に落ち、半開きのペンケースからシャープペンシルや蛍光マーカーが散らばってポッキーと混ざった。
 机を挟んでいるので腕相撲のような格好になる。右手が上を向いているせいか、思ったより身動きが取れない。
「離せよ」
「嫌だね」
「何で」
「手相に出てんだよ。お前はここからどこにも行けない」
 立花真樹の茶色い目には。
 迷いも恐怖もない。
 ――そして気づいた。
 これは、チェーンデスマッチだ。お互いの手をチェーンで縛って逃げられないようにして、死ぬまで戦う――

この話はそういうものだったのです!
声に出して読め、倒叙犯人対探偵のチェーンデスマッチ!
このパワーワードを出すのに、細かくカバンやら何やらが落ちるディテールを描写。
これはチェーンデスマッチの後の展開にも利いてくるので手抜き禁止。
右手を上向きに固定されるとどれだけ動けないものかは誰かに手伝ってもらうなどして自分で実験して体験してみるのも手。
両手で右手を握られる、中学生のカバンに何が入っている、などは想像力と経験を駆使して描け!

 ――しくじった。左のポケットには武器になりそうなものが何も入っていない。
 ペンケース。カッターやシャープペンシルなら――いや、もう全部床の上だ。届きそうもない。
 全部計算ずくなのか。

これは晴永が勝手にしくじっただけです。
左のポケットに尖ったキーホルダーの1つも入ってりゃ逆転できる。
が、追い詰められた一人称主人公なので。
勝手に追い詰められておきましょう。
もう少し気の利いた計画なら真樹が事前に左のポケットを空にさせておくシークエンスを入れてもいいが、短編なので。

「殴るぞ」
「やってみろよ」
 立花真樹が平然としているのは多分、ぼくの脅す声に迷いが入ってしまった。
 こいつはきっと、ぼくが右利きなのもわかっている。

これも勝手に晴永がしくじっただけだが勢いよく話を進めてごまかそう。
ただし真樹の兄は左利きなので、真樹は晴永が左利きか右利きかは事前にチェックしている。

 左手で机を叩いてみたが、ちっとも動じない。食い込む指をほどいてもみようとしたが、強く握られている。机を蹴りつけても向こうまでダメージが通っている感じがしない。そうだ、椅子の背もたれがあるから。
 だんだん、サイレンが近づいてくる。
 それはぼくにとってはカウントダウンで。

晴永にとっては超怖い時間。
しかし真樹にとっても超怖い。
喧嘩稼業ならこの場面では手に噛みついたり左の親指を目に突っ込んだりしてくるからな。
どうせ逃げきれないとなってもとりあえず真樹を一発二発殴って満足する手はある。
ここで弱みを見せず、「オレ様は超絶探偵なので隙などない!」という顔をするのも探偵術だ。
そういうことを思いつかない辺り、晴永は結局「殺人犯なだけで、普通の中学生」止まりであるということでもある。

「お前、何でこんなことするんだ。オレが捕まったってお前に得なことないだろ」
「いつもやってるから。オレ以外誰もやらないから」
 立花真樹はあっけらかんとして、正義の何たるかなど語らなかった。
「とぼけたってもう全部バレてるし、お前がヤケになって暴れて誰か怪我して教室血みどろになってもオレは全然面白くないし後片付け大変だし学校休みになったりしたら出席日数ヤバいしその分夏休みが潰れるだけでいいことねーし。得はしないけど損しないため、かな。オレが何とかした方が手っ取り早いから。まあこんなもんは、慣れだよ慣れ。他の奴は慣れてない。オレは慣れてる。それだけ。あ、身の上話始めたりするなよ、お前がババア殺すとかキレた状況なんか詳しく知りたかねーよ」

立花真樹の真骨頂です。
これはこいつの〝日常〟でありTHANATOSシリーズの基本の基本なので練習しなくてもいつだってさらっとこれくらいのことを言えます。
犯人の動機を聞かないのも真樹の特徴です。
というか、THANATOSは探偵の方が事件を調べる動機を聞かれるけったいなシリーズです。
ついでに、彼は既に被害者が晴永母であることを見抜いています。

「お前はおかしい」
「人殺しに言われたくねーよ。――誰やった」
 身を乗り出し、立花真樹はぼくの目を覗き込んだ。
「大勢じゃないな。家族。家族っぽい。父親。母親。母親?」
 多分、かまをかけてぼくの反応を見て。

これも普通の探偵ならやらない真樹ならではの技。
もう見抜いているのにかまをかけているフリをしていたぶる。

 ――ぼくは、ゆうべうっかり勢いで母親を刺してしまった。殺してしまった。殺人犯だ。寝て起きたら全部夢だったりしないかと思ったが、現実だった。

ここで晴永が倒叙犯人だったことを読者全員に知らせる。
状況はシンプルに、グロが目的ではないのでさらっと。
ミステリは意外と「グロいことをグロく見せない文章力」というものが必要だったりする。
読者は実は全然グロ耐性がなかったりするので、伏線でないならさらっと済ませましょう。
動機? 知りません。中学生が母親捕まえてババア殺すとかなるの日常じゃないですか。

 ――それでも子供の頃はそれなりに名探偵というものに憧れたりして。名探偵というものは「犯人は貴方ですね。真実は明らかにされなければならない。一体どうしてこんなことを。証拠はあるんです。同情しますが、殺人は許されない。犯した罪は償いなさい」と上品に優しく説得して。
 そんなものが現れてぼくを糾弾するのかもしれないと、一晩怯えた。
 でもこいつは。目の前の立花真樹は。
 こんなの、全然名探偵じゃない。

この探偵イメージ、恐らく『相棒』。
ここがこの話のメインテーマ。
「『赤の女王~』とか読んだ人は知っているだろうが、立花真樹はTHANATOSシリーズのシリーズ探偵だが実は探偵ではない」
この後にまだ急展開があるのでタメも兼ねて長めの描写を入れる。

「殺してやる。お前も殺してやるよ」
「お前、後五分で警察に捕まるくせに何言ってんの? 左手一本で殺せるならやってみろよ」

更にここであくまで手を使うことを強調して罠を張る真樹。
目をやられたら危ないんだって。

「殺してやるからな」
 ぼくは、立花真樹の髪を掴んだ。怒りに任せてやってしまったが、髪を引っ張られたら流石にこいつも痛がるだろうと――
 だが。
 茶色い髪は、するりとずれた。勢い余ってよろけそうになった。
 ぼくの左手は、カツラを握り締めていて。
 立花真樹が笑った。今度は勢いよく破顔して大声を上げて。
「残念でしたー! 引っかかった引っかかったー!」
 奴は、住職みたいなつるつるのスキンヘッドで。髪がなくなると大きな目が一層大きく見えて、妙な色気さえ漂った。

この話のメイントリックです。
倒叙なので犯人ではなく探偵側からトリックを仕掛けます。
もっと髪の毛に注視させる技を使うべきではある。
単に茶髪だけじゃ足りなかったな。
中学生の彼がなぜスキンヘッドにカツラで同級生にハゲを隠していたのかは、全然別の理由があるのでTHANATOSシリーズ既刊をご覧ください。
趣味として髪型をスキンヘッドにするのは個人の自由で校則違反でもないがわざわざヅラで隠しているので自分から好きこのんでやっているわけではない。
ハゲにカツラなのでこの技が使えることは最初からわかってやっていた。
睫毛とか眉毛とかもなくて眉毛は描いてるはずなんだがやましいところのある倒叙犯人はそこまでじっと人の顔を見なかったのだろう、多分。
俺は丸坊主の美少年が大好きなのでこのネタは何度でもいじりたいところだがまあこれでやめておくかな。

 ――こいつはおかしい。探偵っぽくないとかハゲだとかそんなではない。
 こいつはおかしい。どこかのネジが、いや回路ごと飛んでいる。
 でも。
 人殺しになってしまったぼくに声をかけてくるのは、もうこんな奴しかいないのか。
 これから永遠に。
 ……ぼくも笑った。何だか知らないが笑った。ハゲ頭がどうしようもなくおかしかった。そんなことで笑うとか小学生みたいだ。

読者の皆さんにとんでもないカタストロフが起きた余韻を味わっていただくために地の文で間を取る。
ハゲだから笑っているわけではなくハゲに引っかけられたから笑っているというポリコレに配慮した表現も入れつつ。

「……ちなみに何で、オレが殺人犯だってわかった?」
「オレが名探偵だから――じゃないんだなこれが。お前、シャツに血ついてんだよ、脇腹にデカいのが。クラスの全員知ってたわ、ドン引きだったわ。怖くて誰も声かけらんなかったんだよ気づけよ。オレが空気読んでやったんだよ。これは推理じゃなくて忖度だ。いつもママにアイロン当ててもらってたんだろ、それを殺したりなんかしやがって、親不孝者」
 もう笑うしかない。そう、確かにいつも制服は母が用意していた。かまをかけていたのではなく、ぼくをからかったのだ。最初から母親だと気づいていたのだろう。

ここで晴永が倒叙犯人にあるまじきドアホであることが発覚。
だから友達とか逃げていた。
「お前それ血じゃねーのかよ鼻血でも出したの?」とか声をかけてもらえないような友人関係なので、晴永のクラス内でのヒエラルキーが薄ら透けて見える。
一人称主人公でしか許されない、ある種の叙述トリックです。
最初、血痕は背中にあったのだが、他人に見えやすく自分で気づきにくい場所ということで脇腹に移動した。
着るときに脇腹の方が気づかなそう。
探偵は世に数あれど、この事件を解決できるのは立花真樹しかいない!

 ――やがて、紺色の制服の警官がドカドカ土足で教室に入ってきて。皆でぼくらを取り囲んで、ぼくに手錠をかけて。やっと立花真樹がぼくの手を離して。
 現実感のない手続きの間、ぼくは、ずっと立花真樹を見ていた。あいつは椅子を立ってカツラを直すと、警官に話しかけられているのにかまわず携帯電話をいじったりしていた。

晴永の非日常は真樹の日常。
警官が本当にこんな風にするかどうかはわりとどうでもいい。

 留置所に入れられて、裁判を受けて、少年院に入っても、ずっとぼくはあいつのことを考えていた。母よりあいつのことを考える時間の方が長かった。新聞にはちょくちょくあいつのことが載っていた。
〝慣れている〟あいつは他にも〝あいつ以外誰も体験しないこと〟をたくさんしていた。最近では地震で死人が出たり、殺人鬼と一緒に孤島に閉じ込められたり、兄を誘拐されたり、学校が爆発したり。クラスメイトや取り巻きの連中も何人かいなくなったらしい。中に、つき合っていた彼女がいたとかいないとか。
 何だかだんだん、あいつがかわいそうになってきた。

後日談であると同時にシリーズ読者へのサービスです。
ポイントは人気キャラであるところの〝つき合っていた彼女〟。
犯人にかわいそうがられるシリーズ探偵という真樹の立ち位置確認も兼ねて。
少年院でそんなに新聞読ませてもらえるものなのかどうかあんまり資料で確認してない。

 そのうち、出所が近くなった頃、あいつからはがきが来た。
『引っ越しました』
 何てふざけた文面。地図と、インターネットの無料素材っぽい車のイラスト。
 立花真樹は相変わらずのようだ。

既刊につなげる描写。
いらすとやで時代色を入れる俺スタイル。

 少年院というのは身許引受人がいないと出られないのだそうだ。父親は母親を殺したぼくを化け物か何かのように思っていて嫌がったのだが、親戚がいろいろ言ったらしく、結局ぼくは引き取られて家に戻ることになった。父親はぼくが捕まったせいで会社をクビになって、今は違う名前でトラック運転手をしているらしい。
 退院したらすぐ親と一緒に保護観察所というところに行かなければならないらしいが、少しだけ寄り道をした。
 立花真樹の家だ。
 そこは山の手の坂の上で、三階建てくらいの大豪邸だった。高い塀の向こうに白い石壁、ドアにはステンドグラスなんか嵌まっていて。事故物件マンションのうちとは大違いだ。事故物件にしたのはぼくなんだけど。
 インターホンを押してみようかとも思ったが、時間がないのでやめた。
 どうせこれから時間は無限にあるのだから。
 次の日、ぼくは仕事を探しに行くふりをして家を出た。中学中退の殺人犯を雇ってくれる職場なんてどこにあるのだろう。
 そうして山の手の立花邸に行くことにした。途中、ホームセンターでナイフを買って。
 まあ、あいつはこういうのも〝慣れている〟のだろう。

真の後日談。THANATOS9に続く! のか?

・読後解説

この話。

トリック:探偵は実はハゲにヅラで頭部への攻撃を1回だけ無効化できるが、それ以外はひたすら警察が来るまで時間を稼いでいるだけ
これしかないので、倒叙犯人がものすごいアホだったがそうとはわからない、という叙述トリックを仕掛けておく

ガジェット:学校の教室で倒叙犯人対探偵のチェーンデスマッチ。頭部への攻撃を一発だけ外してしまう、というシチュエーションを生かせる状況はこれであろう

既刊のネタを生かしたワンアイデアです。
トリック1個だけで、後はひたすら「THANATOSシリーズはこういう話だ!」という信念、哲学で残りの尺を埋めている。
努力と根性!
それっぽい雰囲気!
倒叙とはどんなジャンルなのか分析して必要な描写を必要なところに!

こんな感じで既存作品を分析してみましょう。
俺は他人の作品に関しては分析してもここに書いたりはしない、自分でやってほしい。
幸いミステリ作品の「理」は慣れれば読めるようにできている。
読めればいつか書ける!
プロになれるとは言わないが、「思いつかない、書けない」とうじうじしているよりマシだ!

さあ次の解説はpixivで心霊探偵石切丸2話、そして有料noteで『三人目の名探偵』。
お楽しみに!

続編リンク

「こるもの先生のミステリ講座・自作短編解説2『心霊探偵石切丸2話』」
こるもの先生のミステリ講座・自作短編解説3 『3人目の名探偵』前編
こるもの先生のミステリ講座・自作短編解説3 『3人目の名探偵』後編


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