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「理念とか意志とか」をモデル化する

過去2回は継続事業の「実存」についての表現でした。そこには現実のキャピタルやオペレーションがあり、現実のバリューを生み出しています。でもそれは自然の摂理ではなく「人間の意志と理念」から生じるものですよね。

理念とか意志というと創業のとき書いたりするものと思いがちですが、そんなことはありません。それなしで事業継続も成り立たないでしょう。

VUCA的には「アニマル・スピリット」という表現もありますが、「継続事業の論理構造」に「アニマル・スピリット」を付け足すことは出来るのでしょうか?ArchiMateの「モチベーション要素」を使ってチャレンジです。

ArchiMateの「モチベーション」要素

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これらがArchiMateのモチベーション要素です。構造要素とも振舞い要素とも異なり、下のMeaningとValue以外は八角形であらわされます。Stakeholderは厳密にはアクターと同じ能動構造ですが、リソースにはならないところがそれと異なります。

モチベーションはレイヤーではありません。ビジネスレイヤーの上、みたいに捉えられがちですが、意思は当然「継続事業全体」に関わるもので「意思や理念だけのレイヤー」というのは有りません。

継続事業では、これらの概念はまず典型的には中期経営計画、いわゆる中計のコンテンツにそれらの存在を見出すことが出来ます。それぞれの要素について、それらの意味や中計の記述内容への関連付けの具体例を考えてみましょう。

ステークホルダ、ドライバー、アセスメント

継続事業の内部のステークホルダといえは、いわゆるCxOですね。これは簡単です。構造の外部には顧客とか株主といった様々なステークホルダが存在しますが、それはどんな事業でも同じことなので、わざわざ書くまでも無いでしょう。

ArchiMateにおける「ドライバー」と「アセスメント」の概念は、SWOT分析の考えを下敷きにしています。S(trength)とW(eakness)は事業の内側、O(pportunity)とT(hreat)は事業の外側の、それぞれの環境ですが、ドライバーもそれに合わせて、まず内部と外部に分かれます。

ドライバーは"concern (関心事・心配事)”とも言い換えることができます。なぜコンサーンではなくドライバーというのか、その理由は後述します。ステークホルダーと引っ付ければ、stakeholder's concern、つまりCxOの関心事や心配事、ということになります。

コンサーンのうち、例えば為替変動とか、人口減少などは外的なものですね。自分ではどうすることも出来ません。一方、例えば事業ポートフォリオは内的なコンサーンです。これは自分でコントロールできます。

アセスメントは、これらのコンサーンをSWとかOTで評価した結果ですね。

中計では事業環境について、CEOやCFOの見立てが載っていたりするでしょう。彼/彼女らに組織の内外でどんな関心事、心配事があって、それをどう評価している、というのをこれらで表現することができます。

ゴールとアウトカム

関心事の見立てが出来たら、CxOはそれに向かってゴールを立てなければいけませんね。先述のドライバーという表現は、実はゴールが立てられたあとの状態にフォーカスしている、といえます。ゴールをセットするまではコンサーン、つまり関心事や心配事に留まり、まだ行動にまでは結びついた状態ではありませんが、ひとたびゴールがセットされたら、それに向かってCxOをドライブ、つまり「駆り立てる」わけです。

ゴールは中計の戦略目標そのものですね。だいたい無難に外的要因ベースの競争戦略 (新規事業拡大、とか) と、内的要因ベースの成長戦略 (オペレーション効率向上、とか) に収まっているケースが多いようですが。

「アウトカム」はそのまま訳せば「結果」ですが、ArchiMateでの意味は、ゴールの達成のための、または達成の要件となる「施策」です。何か因果が字面と合わない感じがしますが、気にしないようにしましょう。ArchiMateの文法上も、抽象度はゴールのほうが上、ということになっています。

アウトカムはステークホルダの完全なコントロール下にあるもの、ゴールはアセスメントの当たりはずれで、その達成が左右されるもの、と考えると解りやすいでしょう。

中計だと「何の事業にいくら投資」とか「どこそこの国に新規拠点設立」など、これからやる、と決めたことですね。ですので、具体的な数値や期限を伴うべきもので、中計であればその期限は最終年度末、ということになります。

プリンシプル

「プリンシプル」は「原理原則」ですね。中計だとSDGs関連が旬ですね。SDGsそのものがゴールだろ、とツッコミが入りそうですが、SDGsの主語は国とか政府で、事業のゴールにするにはいささか大きすぎでしょう。

あと、規制業種なら関連法規や、それらの改正がこれに当たりますね。規制業種でなくとも、特に意識している法令規則 (個人情報保護とか) をプリンシプルとして中計に挙げてあると思います。

最近は、あの色とりどりのSDGs目標も、中計の常連としてよく見かけるようになりました。とりあえずこれらのSDGs目標を、そのままプリンシプルとして抜き出してみましょう。

問題はほかの要素から線が引けるか、で、少なくとも今時点では「ステークホルダ」CEOは「(中計上で) 取り組みを表明している」という線をひくことは出来ます。ゴールやアウトカムから「SDGsゴールに寄与する」という線が引ければ、その取り組みの裏付けになります。これらの線の引き方については、回を改めてご紹介しましょう。

SDGsには17の「ゴール」の下に、169の「ターゲット」もあって、こちらの方に線が引けると、自社の取り組みとSDGs目標との関連がより具体的になります。ArchiMateではどちらもプリンシプル、但し2階層で、SDGsのゴールがArchiMateのゴール、SDGsのターゲットがArchiMateのアウトカムと夫々紐着くと、如何にもそれらしく見えますね。

リクワイアメントとコンストレイント

「リクワイアメント」「コンストレイント」、いわゆる「要求」と「制約」です。これらは中計の内容には直接出てきませんが、組織内でアウトカム、施策に関連付けるものとして描いておく、という使い方が出来ます。

基本的な意味は「要求」が「ゴールの達成に必要な要素」、「制約」が「ゴールの達成を妨げる要素」ということになりますが、これらも実は、特に継続事業のコンテクストでは、SWOT分析の枠組みに紐づけると解りやすくなります。

(もちろん「要求」「制約」をビジネス・アナリシス的に使うことも出来ますし、どちらかというとそちらの使い方が本流ではありますが、ここではリソースの取得コストとの関わりに絞ることにします。)

「強み」や「機会」は、それら自体が「ゴール達成に必要な要素」で、そこにリターンを狙って時間とカネを投じるわけですが、それは青天井なんてことはなく「3年/10億」とかの縛りが当然存在します。それが「制約」です。

「弱み」や「脅威」は、それら自体が「ゴール達成を妨げる要素」で、これらは事業継続にとって致命的になる前に、リスクとコストとを天秤にかけて、軽減ないし除去されなければなりません。それにかけるお金と時間は「要求」です。

前者の「制約的支出」は「イノベーション・コスト」、後者の「要求的支出」は「ガバナンス・コスト」と見なすこともできます。イノベーションはリターンが重要で、ROIの分母は与件であるという意味で「制約」、ガバナンスはコストゼロだとリスク100になってしまうので、リスクを90とか10とかに減らしたいとき、そのコストは最低でもこれだけは掛かる、という意味で「要求」です。

実際のプロジェクト予算提案は、一本でROIを出したりしますが、本来はどれも「制約」と「要求」の両方の側面を持っているはずです。例えば脱メインフレームの提案が「リターンが無いから」と却下されているようなケースでは、予算総額を「ここまで要求、ここから制約」で説明するのもアリなのではないでしょうか。

これらの支出が実現すれば、プロジェクトの実行を経て、その支出と引き換えに、アプリコンポーネントやノードなどの、前回ご説明した能動構造要素 (及びそれらが実現するファンクションなどの振る舞い要素) が、エンタープライズ・アーキテクチャに新たに付け足されたり、その入れ替わりに別の何かがwrite-offされて消えたり、という結果 (アウトカム) に繋がるわけです。

ミーニングとバリュー

「ミーニング」はそのまま「意味」です。ArchiMateの教科書には「特に受動構造要素の意味説明に使う」とありますが、このnoteでは視覚表現よりデータとしてアーキテクチャ・モデルを扱うので、あまり出番はありません。

それぞれの要素や関連には、フリーテキストを入れられる場所が標準で設けられています。以前ダウンロードしたCSVを見ると"documentation"というカラムがありますが、それがこのフリーテキストの場所です。受動構造に限らず、各要素や関連の意味を説明する文章はここに入れます。使い方などは後日改めてご紹介します。

「バリュー」はそのまま「価値」です。中計との関連では、例えば外部のステークホルダーである株主に対しての、配当方針などの表現に使えるでしょう。「何年に配当性向何パーセント」というバリューを何かのゴールを達成することで実現します、といった表現です。

バリューは、次の回にご紹介する「ストラテジー・レイヤー」の「バリュー・ストリーム」振る舞い要素の説明にもよく用いられます。

個人的におススメなのは「査定を書くのに使う」です。イノベーション投資として鳴り物入りで導入したシステムが約束したROIを出してない、とか、面倒を見れる人が一人だけ、しかももうすぐ定年でヤバい、とかの評価をつけるわけです。

観点はずばり「先を見たとき買いか売りか」です。「今は間に合っている (=現在最適)」のは継続事業ですから当たり前で、問題はこの先の価値です。

これは"fail fast"というアジャイル的な考えにも通じるものです。そもそも日本の普通の企業では、IT投資提案は通すまでが大変ですが、一旦通ってしまうと事後評価などやらないか、やってもガバガバです。

それはかつて本業が「作れば売れた・成長した」からであって、そういう「成長がすべてを癒す」ことを期待できる世の中ではなくなってもう久しいですし、変えるべき慣習の一つです。

世にいう「2025年問題」など、要因はつまるところ人間の「先延ばし (=定年逃げ切り)」という心理でしかありません。しかしそれは人情として如何ともしがたいので、制度化・仕組化で補完するわけです。

能動要素のみならず、ファンクションやサービスについても同様に評価します。「ウチはユニークだから」と粘られて作ったアドオンも、何年かたってフタを開けると「当事者のジョブセキュリティ以外、さしたるビジネス価値のないファンクション」だったりします。

ネガティブな「売り」の例ばかりになってしったので「買い」の例も挙げましょう。「思ったより人気が出たサービスなのでリソース強化」とか、或いは現状存在しないシステムやファンクションの追加が必要であれば、それと共にそれを買うワケを書いておくことも出来ます。

そういう「評価」が残っていれば、例えば中計の施策に反映されたりもするでしょうし、また目下のIT環境は中計施策と整合しているか、といった見方も出来るでしょう。


アニマル・スピリットをEAで補完(or 代替)する

モチベーション要素は、他の構造要素や振る舞い要素と異なり、裏付けとなる実体はありませんし、文法上の制約もゆるいので、何でもどのようにでも表現することができます。逆にいえば、余りにも自由過ぎて使い方がよく解らないものでもあります。

ですので、ここでは対象を「継続事業」に絞ったらどんな使い方が出来るか、という一例をご紹介しました。

継続事業は人間の意志のたまもの、と冒頭に記しましたが、それはつまり、アーキテクチャが構造や振る舞いの要素だけだと、やがて劣化して朽ちていく (=「発散」) ということを意味します。なので、事業の継続と成長を図るには、そこに人間の生存本能をモチベーション要素で表現したものを付け足す必要があるわけです。

構造や振る舞い要素は「描いて観察する」対象ですね。そうしていると「ベットすべきチャンス、カットすべきロス」が見えてくるでしょう。それを表現したくなったとき、モチベーション要素が役に立つ、ということですね。

エンタープライズ・アーキテクチャなんて無くても、事業は保てるし成長もする、という組織も数多いことでしょう。でもそういう組織には、強いリーダーの存在が欠かせないのではないでしょうか。

「アニマルスピリット込みのエンタープライズ・アーキテクチャ」は、日本のフツーの (中計を作るような) 伝統的ビジネス組織が、アニマルスピリットに満ち溢れたメガベンチャー創業者みたいなタレント「抜き」で、この先そういう組織と伍してやっていくのに役に立つかも知れません。エンタープライズ・アーキテクチャこそ、日本のそういう「和の精神」を体現するもの、といったら言い過ぎでしょうか。

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次回はArchiMateの「ストラテジー要素」をご紹介します。ビジネスモデルをシンプルに表現して、モチベーション要素と構造・振舞い要素の仲を取り持ちます。お楽しみに。

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