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私の世界征服計画

「私には夢がある。
私の4人の子供たちが、いつか、肌の色ではなく彼らの個性そのものによって判断されるような国に暮らすという夢が」

と語ったのはマーティン・ルーサー・キング・ジュニアだが、私にも夢がある。

世界征服の夢が。

附属の仲良しが、彼女の会社の「ちょっと変わった、面白いおじさん」を紹介してくれたのはいつのころだったろう。
たぶん、まだ20代。アメリカに行く前のこと。

その人は、真のギャンブラーだった。
スポーツ選手のお金で借金を払ったといわれているひとがやっていたような違法野球賭博なんかよりもっとたちが悪い。
その人は、機関投資家だった。
厳密に言えば、機関投資家である企業の、資金運用部で伝説になっていたギャンブラーだった。

「きっとウマが合いそうな気がするの」

初めて紹介されたのはたしか広尾の居酒屋。
友達の読み通り。
その破天荒でつじつまの合わない感じと、そのくせ博識でいろんな話題に広がっていくところが楽しく、仲良しになった。
惚れたはれたという感情はまったくなく、本当の「飲み友達」。
会って、飲んで、しゃべって、飲んで。
泣いては、飲んで、笑って、飲んで。

市場が閉まると仕事も終わる。
その人は証券会社からたくさん接待を受けるご身分でもあったから、そんなさなかの中目黒の焼き肉屋で飲んでるから来いよと誘われたり。
休みの日には、昼間から、奥沢の住宅街の小さなバーで飲んだくれたり。

その彼がよくつかっていたのが「あらかーん」ということば。
あらためて、かんぱい、の略。
誰かが遅れてきたり、新しい飲み物に切り替えたとき、
これで乾杯しなおした。
「あらかーん」と。

ロンドンに引っ越してきて、家の鍵が開かなくなったり、家探しを手伝ってもらったりしているうちに、同僚たちと少しずつ仲間になっていった。
仕事の帰りに、会社の裏のパブで愚痴を言ったり笑ったりするようになった。
「かんぱーい」
乾杯するときの「Cheers」に日本語がとって代わるまで、そんなに時間はかからなかった。
じゃあ、次の単語を導入しまーす。そういって私は、あの言葉をみんなに伝えた。
「あらかーん」
会議が長引いて誰かが遅れてくると、私たちは「あらかーん」といって労いつつ迎えた。
プロジェクトの締め切りやマイルストーン会議なんかは、ヨーロッパではありえないような時間になることもあったから、「あらかーん」の出番も結構あった。

「この新語をさ。世界でひろげたいのよね」

がっはっは。みんなで笑った。

プロジェクトを世界展開していた12年の間、この仲間で世界中いろんなところへワークショップを開催しにいった。

まず2週間ローカルの業務プロセスをひたすら聞き出し。そして数か月のあいだイギリスの本社で、グローバルプロセスを変えるところと、ローカルのこれまでのやり方を変えるところを確認し、デザインし、それを持って、また2週間の再訪問。

最初はドイツとオーストリア。そして、ベネルクス、北欧、アイルランド、イベリア2か国から南欧を完了するためフランスとイタリアで仕上げ。
ヨーロッパが終わると、今度はオーストラリアとニュージーランド。
次に韓国、マレーシア、シンガポール、ベトナム、インドネシア。そして日本。
そのあとやった本社と連結しているイギリスは、特別意識が強かったけれど、なんとか乗り切った。
そこからインド、バングラデッシュ、スリランカへ展開し、混沌の中国。
自分たちは大国だからそんな世界標準化なんて関係ないという顔をしていたアメリカも、さすがにそのころになると覚悟ができていた。だから、そのあとのアメリカとカナダのプロジェクトは子会社の多さと資本関係には苦労したけれど、ニンゲンに覚悟ができていたので、思ったよりもスムーズだった。
そしてプロジェクトは最終章へ。メキシコとパナマ、そしてコロンビア、エクアドル、ペルー、ベネズエラにチリ。アルゼンチン、ウルグアイとパラグアイ。最後がブラジル。

世界のどこへいっても、ローカルマーケットとの懇親ディナーで「あらかーん」について説明し、乾杯した。

「みんな、これをいろんなところで使って広めてね」

この前久しぶりにネギを焼こうと集まった時。
ちゃんとみんなが覚えていてくれた。

「あらかーん」

外のBBQから室内に移動した後、誰がいうともなく、そういって乾杯した。もう最初に教えてから15年もたとうとしているのに。

私には夢がある。

いつか、私がミュンヘンのオクトーバフェストのテントでジョッキを揺らし、音楽に身をゆだねているときに。
見知らぬ隣のガイジングループが、ジョッキを合わせてこういうのだ。

「アラカーン!」

そう、私には夢がある。
世界征服の夢が。



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