1ドル=1ポンド=1ユーロ=100円
このまえ、日本から駐在で新しく着任したひとと食事する機会があった。
メニューを広げたとたん
「うわ。フィッシュアンドチップスが18ポンド?日本円で3,000円だろ。ありえないよな」
といっていた。
私だって、東京で、居酒屋の魚のフライ盛り合わせと山盛りポテトフライが3,000円といわれたら、まあちょっと驚く。
それは、わかる。
でも、そもそもポンドで給料をもらっている身にしたら、18ポンドは、1,800円みたいな感覚なのだ。
「まったく、イギリスってなんでもバカ高いんだよな」
などといわれると、さすがにこの地にそれなりの愛着がある現地採用の身としては、ちょっと反論したくなってしまう。
いやいや、だからこそ、駐在の方々のお給料は滞在国の給与水準を勘案して計算されている。
しかも為替レートの影響を受けないよう、その何割かは現地通貨で払われているし、そもそも、我々と違って学校やら住宅やらの手当てがいっぱい別についてるでしょうに、とも思う。
さすがに飲み込んだけど。
そして、はるか昔、
「現地の消費は、現地の水準で」考えよ
といわれた日のことを思いだす。
♢
「みんな、為替レートにとらわれすぎている。
1ドルは1ポンドで、1ユーロで、100円だよ」
ダニエルがいった。
それは、東京オフィスにいたころ。
イギリス本社からやってきたポルトガル人のファイナンス部長、ダニエルのもと、とある製品の日本市場での位置づけを見直すプロジェクトのさなかだった。
ちなみに当時、2008年夏頃の為替は、1ポンドが220円前後。
今よりも、もっともっと、イギリスポンドに対する日本円の価値は安かった。
「僕たちが売る相手は、空港で両替してきた旅行客じゃないんだ。
日本に住んでいるひとに買ってもらうんだからな。
為替レートを気にしなきゃいけないのは、海外工場の製造原価を販売価格に照らすときだけだ。
いいかい。この国の通貨である『円』でお給料をもらってる人が、100円をどう使おうかという感覚は、基本的にいえばアメリカ人の1ドルやイギリス人の1ポンド、ポルトガル人の1ユーロみたいなもんなんだ。
だからうちの会社が他の国でポンドやユーロで売ってる値段を円に変換して比較しなくていいんだよ。
そうじゃなくて、同じ円の市場で戦っているこの国の他社製品とどう差別化し、どう僕らの製品のすばらしさを訴えるか。それを考えて、適正な価格設定を考えなくちゃ。
そうだろ?」
合点がいった。
♢
特に、アメリカの物価高や、円安の報道が続く昨今。
こういった記事を目にすることはめずらしくない。
日本だと1,000円未満のラーメンが、ニューヨークだと2,340円。チップをいれたら3,000円というのは、為替を考えれば正しい。
けれど。
同時に、あのダニエルのことばを思い出してしまう。
ニューヨークでラーメンを作ったり、給仕しているひとたち、食べにくるお客さんは、みなドルでお給料をもらっている。
ちなみに、U.S. BUREAU OF LABOR STATISTICSによると、アメリカの2022年10月の接客業に従事する人たちの平均時給は20.43ドルだそうだ。
ラーメン一杯の値段は、ざっくりいえば、時給より安いということになる。
さらに、ニューヨークに多いだろう金融業界の平均時給に限っていえばアメリカ全国平均でも42.11ドル。
しかもニューヨークの給与水準はアメリカ全国平均より高いだろうから、彼らにとっては、ラーメンは「豪華ディナー」ではなく、「カジュアルな食べもの」だろう。
ちなみに、Office for National Statisticsが2022年の10月26日に発表したイギリスの全国の平均時給は14.77ポンド。
ただし、単純労働者平均は9.85ポンドで、高度労働者は22.16ポンドと格差が大きい。
一方「令和2年版 厚生労働白書」によると日本の労働者の収入を時給換算すると1,939円らしい。
こうしてみると、ざっくりいうならば20ドル、20ポンド、そして2,000円くらいを時給として稼ぐ感覚をもとに、みんな何にお金を使おうか判断していると考えられないか。
これを、20ドルは2,800円だとか、20ポンドは3,300円だと変換してしまうのは、ダニエルがいうところの「空港で両替してきた旅行客」の発想なのだ。
♢
これを書いていて思い出したけれど、私は、社内転籍で東京からロンドンに移るにあたり、日本でもらっていた給料を、「1ポンド=220円」を念頭に交渉してしまったという苦い思い出がある。
10か月くらい後、実際ロンドンに引っ越してきたときには「1ポンド=150円」まで円高になっていた。
なにも働かないうちに、いきなり3割の給料減額。
あの時どうして、1ポンドは100円ですから、と「ダニエル式」を使って交渉しなかったのかと悔やまれる。
いかんいかん。
パブで話したフィッシュアンドチップスの値段を発端に、
少し血圧をあげてしまった。
たまたま「ユーロ」という、国を越えても同じという特殊な通貨が使われる国々を週末に渡り歩いたので、ふと、このことを思いだしたのだ。
そのトスカーナ地方の小さな村は、いつもだったら、アメリカ人の観光客がとても多い。
けれど、今年はドイツ語を耳にすることが多かった。
私のロンドンから往復する飛行機も偶然、フランクフルトとミュンヘン経由だった。
イタリアで買ったチーズも、ドイツの空港で買ったサンドイッチの値段も、もちろん、ユーロだ。
だから、思ったのだ。
ドイツでユーロ建てでお給料をもらっているひとが、たとえばイタリアに旅行にきて、同じユーロをそのまま使うときの感覚って、いったいどんな感じなのかしら。
給与水準や、お休みのもらえる日数などはヨーロッパ連邦といっても各国バラバラだ。物価だって違う。
そう思うと、ユーロ圏内のひとたちが、別のユーロの国に行くのは、これまた別の気持ちが生まれるものなのかもしれない。
今度、チームのオランダ人に聞いてみようっと。
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