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バケツがひっくり返る瞬間

なにかを変えようと思った時、「少数派」なことは多い。
そもそも、みんながそう思っているんだったら、そのやり方はすでにアタリマエなわけだから。

25年ほど前、アメリカの大学院に留学すると話した時、同居する祖母がこういった。

「オンナなんだよ。高校にも大学にも行ったし、それで充分すぎるだろ?大学院ってやつに、しかもアメリカにいく必要があるのかい?」

当時80前だった祖母が、自分の経験も踏まえてそう思ってしまうのは仕方がない。
でもまさかそのあと日本の、外資なはずの会社のオジサンたちもそんなことをいうとは思わなかった。

祖母はそういえばこんなこともいった。

「間違ってもさ、青い目のオトコなんて連れてくるんじゃないわよ。みんな泣いちゃうわよ」

その時すでにスペイン人やアメリカ人とデートしたことがあった私は、じゃあ茶色なら緑色ならOKなのと思ったけれど、あえてなにも言い返さなかった。

最近日本に帰省すると、日本人ではないひとたちがたくさん生活者として暮らしていることに気づく。
それに、人種が混じった顔立ちのひとたちが、日本を代表するスポーツ選手や、俳優さん、アナウンサーなどとしてテレビやインターネットに普通にでている。

昨日、同性婚について「見るのも嫌だ」とオフレコを前提とした取材で述べた総理大臣秘書官が更迭されたそうだ。
本人が異性愛主義の性的志向を持つのは自由だし、個人的に見たくないと思うのも勝手だが、秘書官として発言する場でオフレコとはいえ寛容性のない発言をしたことは問題だ。

同性婚がイギリスで合法になったのは2013年のことだった。
当時、私の周りでも結婚式が相次いでいた気がする。

アメリカでそれが実現したのは、それより遅れること2年。2015年だ。
その前行われていたデモに、こんな黒人と白人の異性愛カップルが参加していた。

NOT LONG AGO, OUR MARRIAGE WAS ILLEGAL.
BE ON THE RIGHT SIDE OF HISTORY
Marriage Equality For All

遠くない昔、私たちの結婚は違法だった
歴史の正しい側につこう
結婚の自由をみんなに
KRISさんとLYSSAさんのブログ「Great Goal Rush」March 28, 2013 の投稿
https://greatgoalrush.com/2013/03/28/its-a-good-thing-i-fixed-my-hair/

アメリカで異人種間の結婚が合法になったのは1967年。
同性婚が合法になる48年前のことでしかない。

私が以前勤めていた多国籍企業で、業務プロセス標準化と新システム導入のプロジェクトに参加したのは、その後12年続くことになるプロジェクトの初期のことだった。
最初はドイツとオーストリア。その後、フランスとベネルクス3国、そしてイタリアとスペイン…。
どの国のゼネラルマネージャも、好意的なことをスピーチしながらも、自分の国の業務プロセスにメスが入るのが嫌なのは明らかだった。
トップがそうなのだから、各国のチームが反発を隠さないのは当然のこと。
会議に出てこなかったり、資料をださなかったり。予定していたスケジュールで進まないことばかりだった。

プロジェクトを推進するはずのロンドン本社でも、C棟3階フロアにいた私たちは毛色の違う団体と扱われ、本社の他の組織が「世界全部のプロセス改善だなんて、CFOは云ってるけれど、きっと途中でうやむやになるから関わらないでおこう」と思っているのは明らかだった。

ヨーロッパ各国展開は、なだめたりお願いしたり苦労の連続でなんとか完了。
それからオーストラリアや日本、東南アジアが終わり、本社との連結があるため後回しになっていたイギリスも導入するころには、すでにプロジェクト開始から5-6年は経っていただろうか。
次は「俺たちって特別だから」と信じて疑わない北アメリカの番だった。
これまでの経験からいって、ものすごい反発があるのだろうと思っていたが、思いのほか参加者たちが変化もやむないという覚悟だったのでむしろ驚いた。
さすがに会社の売り上げの半分くらいの国や地域をカバーし終わっていたから、さすがのアメリカさまも反発したところで、プロジェクトから逃れられないと分かっていたのか。

この時、ああ、バケツがひっくり返ったんだと思った。

アメリカのプールで、高いところに大きなバケツがあり、そこに水がある程度たまると、その重みでぐるりと回転し、ざばーんと下にいる水泳客にかかるというアトラクションがある。

まさにそれだ。

最初はちょろちょろ溜まっていく水に、どうせひっくり返りっこないと傍観する人は、それを前提に変化から目をそらす。
でも、その水があるポイントを越えると、ひっくり返る覚悟ができる。
水をかぶる準備が始まる。
ざばーん!だ。

その後の東欧やロシア、インド、南アメリカの展開では、どの国ももう準備ができていた。
変わるんですよね、それ、待ってました、という風に。

9-10年目。プロジェクトはとってもやりやすくなっていた。

コロナの前、イギリスでのマスク着用がやはりそうだった。
表情が分からないから怖いとヨーロッパ人たちに面とむかっていわれた。
コロナがニュースに出始めた当初、まだ遠い中国の出来事と思われていたとき、ユーロスターなどで自主的にマスクをつけていると、私のアジア人な外見もあってか、注目を浴びたものだ。

でも、バケツはひっくり返った。

国際結婚だって、同性婚だって、結婚しない選択だって、やっぱりそうなのだと思う。
自分がしたいかどうかには関係なく、それアリじゃんと思う人がバケツに充分溜まったら、これまでのアタリマエはざばーんとひっくり返るのだ。

今の会社で、私は、また「会社のアタリマエ」を少しずつひっくり返しにかかっている。
そのバケツの中身に信念があるから。
そして、信念を持って続けていれば、だんだん共鳴する人が増え、バケツからざばーんと滝のような水が流れ出す日がやってくると信じているから。


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