ねぼけた人が 見まちがえたのさ
まだロンドンに住むことになるとは露も思わなかった、東京に暮らしていた頃の話。
いまから17-8年ほど前だろうか。
イギリス南東部にあるブライトンという港町に住む友達夫婦を訪ねたことがある。
成田空港を出てまずアメリカ妹の家に立ち寄って、そこから大西洋を越え、久しぶりのヨーロッパ。
ガトウィック空港に友達が迎えにきてくれて、そこから彼女の運転でブライトンへと向かった。
♢
彼らの家は、海岸線から少し入っただけの、町の中心に近い便利な場所。
こぢんまりとした3階建てのテラスハウスを借りていた。
地上階にはキッチン、ダイニングにリビングスペース。
その上が書斎兼ゲストルームとお風呂場。そして最上階には主寝室とお風呂場があるという造り。典型的なイギリスのタウンハウスだ。
夕飯を食べながら、ワイン片手にひとしきりお互いの近況なんかを報告し合い、夜が更けていった。
日本から、アメリカを経由してたどりついたこともあり、時差ボケが掛け算になっていて、もう体感では何時なんだかよくわからない。とにかく疲労感だけはものすごかったので、さあ寝るかとなって、ゲストルームのふかふかのお布団に潜り込んだ。
と。
それは、夜明けが近くなってからだったろうか。
ふと、目が覚めた。
あの、よそのおうちで目が覚めて最初に思う「あれ?ここどこ?」のあと、じんわりとイギリスに到着して友達の家にいるのだと思いだし、そして、カラダが全く動かないことに気づいた。
あーあー。やっぱり疲れてたんだな。頭は覚醒しても、カラダが疲れてるから、金縛りにあってる。
そう思った視線の先。
ほわッとカールした金髪を胸まで伸ばした、幼い白人の女の子がいた。
え?
友達夫婦には子供はいない。
というか、遺伝的に金髪白い肌はありえない。
それに。
明らかに服装が違う時代をいきている。
え?
ていうか、金縛りって、そっち?
そう思うと急激に焦燥感がうまれる。
金縛りは、どこかカラダの一か所が動けば取れるはず。右指に全神経を集中して、動けうごけとがんばってりきむ。
ようやくじわじわと指が動き、そして、ホワッ。
カラダが急に溶け出して、手がベッドサイドテーブルのライトに届いた。
と、慌てて戻した視線の先には、もうなにもなかった。
♢
「おはよー。よく眠れた?」
その後、ろくろく眠りに戻ることもできず、まんじりともしないまま夜明けをむかえていたけれど、とりあえず笑顔を作って、私は差し出されたコーヒーマグを受け取った。
「いやー。まあねー」
そう私がこたえると、友達は、ン?という表情を浮かべ、ダンナのほうを振り返った。
「なに、なに。なんかあった?」
信じてもらえるのか、そもそも失礼じゃないのか、と躊躇いつつも、私は、なんかみちゃったような気がしてねと切り出した。
と。
「金髪の、髪の長い昔っぽい服装の、女の子?」
ええええ!
なんでしってるの?
「ええええ!やっぱり?」
私の表情からいいたいことを読み取った友達が、ダンナと声を合わせていった。
やっぱり???
♢
それがね、住んでる自分たちにだけは姿を現さないのに、ゲストが泊まるとチェックしにくるみたいなんだよね。
面白いから、何も伝えずに、みんなに何を見たか訊くんだけど、かならず一貫しているの。
「だから、ねえ…。信じるしかないっていうか。だって、ゲスト同士が情報交換してるわけでもないのに、みんなかならず同じこというんだもの。私たちも、会ってみたいんだけどね」
友達夫婦は、コーヒーを飲みながら、肩をすくめて、そういった。
♢
イギリス人は幽霊が大好きだ。
それに、日本の座敷童と同じで、幽霊が出るのは守り神みたいなもので、家の価値があがるらしい。
♢
ロックダウンが解除されてどうしても海がみたくなり、家から一番近い海岸線はと考えて、ひさしぶりにブライトンの町に行った。
友達はもう違う国に引っ越してしまったけれど、あの時たずねたパビリオンもスコーンと紅茶を楽しんだカフェもそのままだった。
じゃあ、あの家は?
おぼろげな記憶のせいなのか。
町がその近くだけ変わってしまったのか。
どうしても、見つからなかったのだ。
郵便局の先を右に曲がった、右側の家、だったと思うのになあ。
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