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目的地に到着しました

20年以上前、アメリカの大学院で、マーケティングの授業を取っていた時、ビジネスケース(本当にあった会社の成功あるいは失敗事例)をもとに、討論を行う機会がなんどかあったが、そのなかのひとつに「パイオニアがカーナビをアメリカ市場に売ろうとした話」があった。

いまでもネットなどで時折みるので、知られた話なのだと思う。

簡単にいうと「あんなに広いし、車使う人が多いからアメリカでも売れるだろうと日本のカーナビを持っていったけれど、アメリカ市場ではまったく成功しなかった」という話で、そこから、市場の嗜好を読まないとモノは売れないよ的教訓を学ぶというもの。

今でこそグーグルマップ全盛、道路案内が音声と運転席からの目線で教えてくれるのは「当然」だけれど、その頃のアメリカではどこかに初めていくとき、道順はこんな風に教えられていた。

住所:オークウッドアベニュー35番地
インターステート35号線の南行き6番(ヘネピンハイウェイ)出口ででる
ヘネピンハイウェイを左
ヤンキードゥードルハイウェイを右
オークウッドアベニューを左にいったその道の35番地

もし同じルートを日本人が説明したなら、こんな感じじゃなかろうか。

住所:いう必要ないよね
インターステート35号線の南行き6番(ヘネピンハイウェイ)出口ででる
出口のT字路の交差点を左
角にカブフーズという大きなスーパーがある交差点を右
まっすぐいって右側にスーパーアメリカのガソリンスタンドをすぎた二つ目の角を左にはいって、すこしいった左側の赤い屋根で白い外壁の家

欧米ではどんな細道にも名前がついている。
そして交差点やT字路の入り口には必ず道の名前が書いてある。
それを頼りにあとは曲がる方向だけ伝えればいいわけだ。

それゆえか、欧米人は移動を点と点でとらえる傾向が強い気がする。
地図で全体の繋がりを考えるのではなく、このポイントに着いたら右といった発想だ。
だから、道を曲がり損ねたとき、じゃあ次の角で右に曲がってもう一回右に曲がれば戻るよね、と言ってもついてこない。
Uターンして、いわれた名前の道に戻りたがる。

日本人はもっと俯瞰図で、全体をとらえた地図でルートを考える気がする。というか、道の名前がないから、地図で考えるのかもしれない。そして、目印で方向案内をする。

住所の体系だってそうだろう。

980 Martin Luther King Jr Boulevard, Saint Paul, Minnesota

東京都目黒区上目黒5丁目51-8

自分の足元から外へ目を向け、通りの名前と番地で特定する欧米に対し、日本は大きなエリアから小さく降りていき、しかも通りではなく区画でとらえている。

だからこそ、地図を画面で表示するカーナビが日本ではすんなり受け入れられ、欧米では苦戦したのかもしれない。

とはいえ、それは20年前の話。
じわじわと、少しずつ、カーナビは西欧のドライバーたちに受け入れられていった。

ヨーロッパで一般的なのは、Tom Tomというオランダの会社が作っているカーナビだ。
もちろん、ここ5-6年で、カーナビの市場は、すっかり携帯のグーグルマップに取って代わられた感じはある。
私もイギリスでは携帯ばかり使っている。

ただ、私はいまだにヨーロッパの他の国に行くときは、Tom Tomを愛用している。

なんせ、簡単に国境をまたげるヨーロッパ。
国境をまたぐと何がおこるかというと、当然ながら「携帯の通話とデータ料金が外国料金になる」のだ。
日本のように海を越えることがないので、うっかり国境でフランスにいたのにイタリアの電波をうけちゃったとたんに、「ようこそイタリアへ!この国のローミング料金は…」というメッセージが送られてくる。
西ヨーロッパの国同士だと均一料金も多いようだが、イギリスの携帯だとそうはいかない。
そんな状態で安易にデータローミングしてグーグルマップを使うと、あとから目を剥くような携帯料金がやってきたものだ。

数年前、西ヨーロッパにいってもローミング代不要というサービスがイギリスで始まって、喜んだのもつかの間。あの忌々しいブリクジットのおかげで、イギリスはふたたび大陸と大きくへだたる場所に逆戻りしてしまった。

と、いうことで、ケチな私はイタリアやフランスなどイギリスを出るときにはいつもレンタカーに持参のTom Tomをつけて走っていた。

そんな、9年前の、ポルトガル旅行の話。

ロンドンから、飛行機でリスボンに飛び、そこからレンタカーを借りて西海岸沿いにポートワインで有名なポルトまで北上して、ロンドンに帰るというルートを組んだ。

東京時代の上司がリスボンっ子で、いつも「いつかは訪ねるべきだよ。ご飯はおいしいし、風光明媚だし、まだまだ日本人には知られていない国だから」といっていたので、ポルトガルにいつかは行こうと思っていた。

おすすめ度がとても高かった、ぺーナ宮殿のあるシントラの町。
そのシントラのあと、最後にポルトに着けばよいとしか考えていなかったので、適当に地図をみながら、途中でたちよる街を考えていた。
ふと目に入ったナザレという海岸沿いの町に惹かれた。海に面しているし、もしかしたらおいしい魚なんかも食べられるかもしれないぞ。

「次はさ、ナザレってとこにいってみよう」

イギリス以外で運転するとき、ヴィンセントは絶対にハンドルを握らない。
アイルランドの田舎で免許を取ったので、20年近くロンドンに住んだ後も交通量の多いラウンドアバウトにビビってしまう彼は、「右ハンドルしか無理です」タイプなのだ。
だから、大陸に行けば、いつも私が運転手。
その時も私がハンドルを握っていた。

「N-A-Z-A-R-E、と。オッケー、入力完了、運行案内を開始しまーす」

助手席のヴィンセントがカチャリとTom Tomをガラスに取りつけた。

「右に曲がります」

「このさき、まっすぐ6マイル進みます」

レンタカーを借りて、ぶらぶらとその国をまわるとき、私はいつもできるだけ高速道路を使わない。
ヨーロッパの高速道路はたいてい無料だから、コストとしては同じようなことだけれど、下の道でいくと、素敵なカフェや、美しい旧市街や、なにかイベントが行われている広場を通りかかったりできるから。

だから、多少、変なルートになったとしても、それは仕方がない。でも、これはさすがにおかしい。
だって、シントラの時点ですでにかなり西岸にいたはずで、単純に北上するルートを通るはずなのに。
どんどん、私たちは、内陸の山に登っていっている。

「ね、これ、本当にあってる?NAZAREだよ。海辺の町のはずだよ」

「うん、矢印はまっすぐって指してるよ」

「いや、そうじゃなくて。画面は私にだって見えてるよ。そうじゃなくって入力した目的地は本当にあってるのって話」

そうこう云ううちに、Tom Tomは、明らかにひとさまのお宅の私道みたいなところをおすすめしてきた。
いや、ここで、もし誰かに見とがめられたら、ポルトガル語できないし。

しかし、方向変換する隙間すらない、雑草の生えた砂利の道。
両脇にせまる生垣は、もうまっすぐ広いところに出るまで突き進むしかないといっている。

ええい、ままよ。

「まもなく、目的地です」

ポーンと能天気な声でTom Tomがいった。
いや、この標高から云って、どう考えてもここ海岸の町じゃないし。

「目的地に到着しました。案内を終了します」

えっ、終了?

そこは、
なんというか、
山のてっぺんの、
英語でいうところの「Middle of nowhere」
なにもないところ、だった。

「でもさー。みてみて。遠くに海がみえるよ。すっごいいい景色じゃん」

ヴィンセントが能天気にいった。
いや、湯気が出ている私を落ち着かせようとしていたのかもしれない。

そう思ってみたら、確かに、遠くに海面がキラキラと光って、とても美しい景色だった。

そういえば、ニューヨークに行ったときもそうだった。
昔よく行っていたニュージャージーにあるアウトレットに行こうと、レンタカーを借りたとき、なんと帰り道でグーグルマップが落ちてしまった。

それでも、帰りの飛行機の時間までに、ニューアーク空港までたどり着かなくてはならない。

手元にあるのは、レンタカー会社がくれたおおざっぱな紙の地図のみ。

左ハンドルのアメリカ。もちろん、運転は私。
そして、よりによって助手席には、またもヴィンセント。

「とにかく、今どこにいるのかを地図上で見つけるのがいちばん大事だから、目印になるものを探そう」

そう私はいって、周囲に目をやった。
あ、あれは!ヤンキースタジアム!

「ヤンキースタジアムが見えるよ。それで現在地わかる?」

地図上でヤンキースタジアムを探して、だいたいの場所をつかもうとおもったのに。

「うんうん、見えるみえる!ネオンがすごいねー」

助手が、一緒に窓からの景色をみても意味ないでしょ!

結局インターステートの看板に空港サインがでたことで、なんとか助かった。

「でもさ、まあ無事にレンタカー返せたし、飛行機にも間に合ったしさ。ニューヨークの郊外だけ通るのかと思ったら、ヤンキースタジアムとかみれちゃって、得しちゃったね」

確かにそうなのかもしれない。

私たちは「目的地にたどりつこう」「一番早いルートを使おう」としすぎているのかもしれない。

時には、ちょっと、道を外れて。
もしも、思いがけず道をまちがったとしても。

目的地に到着しました、だけが、目的じゃなくていいじゃない。

そのおかげで、いつもとちがう景色がみれたね、と
そう思うのって、大事なのかもしれない。

ドライブも。
人生も。

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