見出し画像

イースター食い倒れ-その1:漁港で焼き魚

イースター(復活祭)は文字通り、イエス・キリストが死んだ3日後の日曜日に復活した記念の祝日だ。

ヨーロッパのほとんどの国ではその翌日の月曜日が休日になるのだが、イギリスではその前の金曜日も休日。で、自動的に四連休となる貴重なお休みだ。

が、しかし、このイースター。「春分の日の後の最初の満月の次の日曜日」という決まりなので、毎年その日付が変わる。
なので、ヨーロッパに移ってまだ10年ちょっとの私は、毎年その日程に気づくのが遅くなり、慌てて検索したときには既にフライトもホテルもバカ高くなっているということが多い。

でもね。
なんせ今回は2年間の移動コントロールがようやく緩和されてきたタイミングでの四連休である。
2月の段階から、絶対どこかへ出かけようとめずらしく早々にプランに着手。心待ちにしていた。

むかうのは、ちょうど2年前、全てが凍りつく前に訪れたスペインのバスク地方、美食の街サンセバスチャンだ。

止まった時計を再び動かすが如く、あえて同じ友達と同じ街へ。
新しい躍動と重なるイースターのお休みにふさわしいような気がしたのだ。

キリスト教の伝統ではイースター前の40日間をレント(受難節)と呼び、肉、乳製品、卵などを断つ。

ちなみにイギリスでは、レントに入る前の日をパンケーキ・デーと呼び、クレープのようなパンケーキを食べる習慣がある。
これはこの断食期間の前に、家にある卵や牛乳、砂糖などのリッチな食べ物を消費する意味があったともいわれる。

そして40日間のレントを終えた復活祭の日には、同じようにようやく解禁になった卵、バター、乳製品をふんだんに使った復活祭独特の菓子パンやケーキが作られる。
イギリスはホットクロスバンと呼ばれる十字に砂糖で飾ったパン。
他のヨーロッパの国でもドーナツやフレンチトーストのようなお菓子を食べる。

ちなみにイースターの習慣としてよく知られる、茹で卵を探すエッグハントには「固く動かない卵から生命が生まれる、命の再生の象徴」というだけでなく、断食の期間中に産まれた卵をまとめて消費するという理由もあるようだ。
もったいないものね。

私たちがビルバオ空港に着いたのはイースター前の金曜日。

そもそもイエスが十字架にかけられた金曜日には、普通の週であってもフィッシュフライデーといって魚を食べる習慣があるくらいだ。
だから、イースターの金曜ともなれば、なおのこと。
キリスト教徒ではないけれど、ビルバオ近郊には素晴らしい漁港が幾つもある。そこで食べる焼き魚は絶品なのだ。

「また、あそこのレストランに予約頼みたいんだけど」

スペイン人の友達ブルーノにそう頼んだのは3月上旬のことだった。
充分早いと思ったけれど、あいにく彼がスペイン語で電話をしたというのに、予約は受け付けてもらえなかったらしい。

「前よりもひどかったよ。とにかくその日は忙しすぎて予約は無理、のいってんばりなんだ。考えたんだけど、その日はレントの最後の金曜だろ。多分地元のカソリックのひとたちがみんな魚を食べに来るんだと思う。
俺のスペイン語のアクセントで(バスク人ではなく)カタルニア人だって気づいてるから冷たいんだと思うんだよなあ。二回かけて食い下がったんだけど、予約させてくれなかったよ、ごめん。」

実はこの魚レストラン、以前にも日本人の友達のために、インド出張中のブルーノに時差をかえりみず4回くらい電話してもらい、ようやく予約を取ってもらえた店なのだ。
2年前に私がNちゃんときたときも、ブルーノに予約を頼んだけれど「予約は取らないけど、シーズンオフだから心配ない」とそっけなかったらしい。

仕方ない。
この前と同じように開店1時間前に行って、直接交渉してみよう。

「前にもきてすっごく美味しかったから予約してないけどテーブルが空いてたらお願いできますか」

Nちゃんが開店前のレストランフロアに入っていき、おにいちゃんに話しかけた。
閑散とし、冷たい雨が降っていた2年前とは対照的に、雲の合間から暖かい光の射しこむ漁港にはたくさんの人が行き交い、その時にはこんなにスペースが必要なのかと不思議だった駐車場もいっぱいに埋まっていた。

レストランのテラス席にはすべて「予約済み」の札が置かれていたので、果たしてどうなることかとドキドキし、私はNちゃんにお店のひとに訊いてくるようたのんだのだ。

と。さすがNちゃん。にっこり笑顔が功を奏したのか、おにいちゃんは港を見下ろすテラス席を取っておくよといってくれたのだ。
やった!

埠頭を歩き、コーヒーを飲むうちに、あっという間に時は過ぎ、午後1時の開店時間になった。

よしっ!
気合万全でレストランに向かうと、外のテーブルはすでに半分以上埋まり、入り口には列ができあがっている。

ドキドキ。あの口約束の予約、ちゃんと有効だよな…。
目で店内を探すと、予約を受けてくれたおにいちゃんが表のテーブルを指差した。やった!

席にむかうあいだ、他のテーブルのお客さんもサービスのおばちゃんもチロチロとこちらに目を向ける。
世界から観光客が集まるサンセバスチャンとはまったく違い、この小さな港町ではスペイン語しか聞こえない。
そんな異国人感覚もひさしぶりだ。旅行に来たなとますます実感する。

でもサービスのおばちゃんは少しとまどっている感じ。
目を合わせて手を上げてもツイと別の方角を向いてしまう。
そりゃあ、いきなり外国語を話すアジア人の集団が来たらそうだよな。さあて、注文はどうしよう、と、思ったら。
さくさくと店の入り口で行列に対応していたおにいちゃんをつかまえにいってくれた。どうも「英語はアンタの役目でしょ!」とでもいっている風だ。やさしいね、おばちゃん。

注文したのは、前回感動のおいしさだった魚のスープ。

今回は3人でもう少し頼めるはず。と、他にも前菜を注文することにした。

まずは「海藻アサリ」とメニューにあった一皿。

海藻アサリというのが、海藻を食べているアサリなのか、海藻と一緒に料理されてるアサリなのか。わからないけど、いってみよう!

と、やってきたのは乳化したオリーブオイルと茹で汁がたまらないソースになったシンプルな料理だった。

そしてエビ。
メニューに一人前€16、と書いてあったので、せっかくだし3人みんな頼もうと3つとオーダーすると、お兄ちゃんが「え、ひと皿にエビが6匹入って来るんだよ。そんなに食べるの?」と目をまんまるくした。

えっ。
ついロンドンのシーフード価格で考えてました。
いやはや。うれしい誤算。

そしてやってきたのは、美しく列をなした殻まで食べられるプリプリの海老たち。
今回は、福岡出身のNちゃんにくわえ、札幌育ちのMちゃんとの三人旅だ。味にはひときわこだわりあるメンバー。
こうやって日本の南北そして東京生まれの私が仲良くなったのもロンドンという場所のなせる業。
福岡も札幌もおいしい海の幸にはことかかない街。喜んでもらえるかドキドキだったけれど、もちろんみんな大満足だった。

そして大トリをつとめるのはヒラメ。

トップに載せた写真のように、この街にあるレストランの入り口にはみな大きな炭火のグリルが併設されている。
そこで魚を丸ごと豪快に焼いてくれるのが、一番の醍醐味なのだ。

メニューにはsole(ヒラメ)と turbot(イシビラメ)の他にも、サバやタラなどが載っている。
ヒラメが一番高くて、一尾70-80ユーロほど。
でも、ここはせっかく2年ぶりのスペインだ。
3人で割り勘だし、ここはお祝い気分でヒラメといこう。

魚からのジュースとニンニクの効いたオリーブオイルをたっぷりバゲットに吸わせて、背鰭と尾鰭と中骨以外キレイさっぱりおいしくいただいた。

「どう?また帰りも寄っちゃう?」

同行の二人に訊ねると、賛成だったので、会計にきたお兄ちゃんに、月曜の昼にも予約をお願いすると、ニッコリOKだった。

「でもさ、いつもスペイン人の友達に頼むと予約ぜんぜんできないよ」

というと、お兄ちゃんは照れた顔をして、

「あー、電話はねー」

と目を泳がし、口を濁した。

テーブルのいくつもに小さな紙で名前が書いてあったところをみると、おそらくきっと地元のちゃんと来てくれる人たちの予約を優先したいということなのだろう。
そんなところも、この店を特別にしているのだと思う。

あー、おいしかった。
さて、あらためて、車に乗り込み、サンセバスチャンへ。

いただいたサポートは、ロンドンの保護猫活動に寄付させていただきます。ときどき我が家の猫にマグロを食べさせます。