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ナナハン物語(猫殺し)第六話 (最終話)1970年代を生きる少年達、ナナハンはスモールワールドに生きる少年の唯一の力だった

ランド坂のバトル
 高木が多摩川でモトクロサーに乗った翌週の土曜日、深夜0時。高校最後の夏休みはドンドン過ぎ去っていく。
亜子さんをナナハンのリアシートに乗せて、タンデムで高木はランド坂(よみうりランドの坂)に向かっていた。この坂はヘアピンカーブが続く。この時間帯はほとんど車も走っていない。山の中で人気もないので族のたまり場になっていた。

多摩川の花火大会も終わり連日の熱帯夜、バイクで走る気分ではなかったが、早めに決着をつけないと夏休みが終わってしまう。

坂のてっぺん横の駐車場に着くと、すでに約束の相手は来ていた。バイクが水銀灯の下で輝いている。オレンジのKAWASKI RS750 通称Z2(カワサキの4サイクル4気筒 排気量750ccのバイク、当時最後の大物として暴走族の憧れだった)、ヨシムラの手曲げ集合管をつけたマシンだ。後は憎きピンクと黄緑のタンクのCB500が2台。
高木はZ2の脇に自分のナナハンを止めた。

暗がりから3人の男が水銀灯の光の下に現れた。
「女連れか、余裕だな」角刈りのミツが口を開いた。本物のMA-1にジーパン姿だ。バイクブーツも履いている。後はあの幽霊男達、トウモロコシ頭の二人だ。

高木はナナハンに跨がったままで、ミツに向かって言った。
「余裕、ない、ない、それよりお前、かなりの厚着だな、それとCB500はどうした?」
「ああちょっと風邪をひいた。それとCB500は売った。これ(Z2)は借り物だ」
「Z2とヨシムラの集合管か、いいねぇ、じゃあやろう」
「よし、タイムレースかバトルか?」

ミツはバトルが得意だ。受けてやろう。
「バトルでいい」と高木は言う。
「自信たっぷりだな」ミツはちょっと驚いた顔を高木に向けた。
「亜子さん、降りてくれない」高木は後ろに声をかけた。

亜子さんが脱いだフルフェースのヘルメットを高木は被った。近頃はメットを被っている。
高木の出で立ちは親父から貰った皮のバイクスーツとバイクブーツとグローブもつけている。一方ミツもフルフェースを被って、グローブもつけた。本気モードだ。

「ねえ、高木くん、何する気なの?」バイクから降りながら亜子さんが言った。
「うん?まあ簡単なゲームだよ」
「ねぇ、こんなこと危ないよ」亜子さんは危険な匂いを感じたのか心配そうな顔をした。
「大丈夫、すぐ終わるよ」

高木はバイクのアクセルをあおり、クラッチを素早くミートさせた。
ナナハンが素早く道路に飛び出る。
ミツも慌ててZ2に飛び乗り始動させた。集合管の轟きがランド坂に響きわたる。

ランド坂のトラップ
ミツが横に並ぶと。フルフェースのシールドをあげて言った。
「高木、とりあえず、あの馬鹿どもをビビらそう」
「OK、勝ちはお前に譲るけど、あの馬鹿達は俺に任せろよ」
「ああ、勝手にしろ」

そこまで話すといきなりミツがアクセルを絞り。Z2はフロントホィールをあげながら加速していった。
高木もすぐさまリアに体重を移動し後輪のトラクッションを強めて、さらにフロントハンドルを押さえて加速し、ミツを追った。

初めの左コーナーをステップから火花を散らしてミツが抜けていく。
高木は、さらにイン側に詰めてコーナーに突っ込んだ。クリッピングポイントで一度大きくバイクを寝かすとすぐに車体を立て加速体制に入る。

加速のタイミングがミツより少し速かったので、高木はインからミツのZ2をかわした。しかし次の右コーナーでアウト側からラインを潰され。またミツのケツを追う形となった。
「やるねー」高木は言う。
そしてさらにバイクの動きに心を集中させていた。

仙川駅
 ランド坂のバトルの三日後、昼間の仙川駅の改札で高木は斉藤くんを待っていた。
高木の肩を誰かが小突いた。
「よう、高木」振り向くとそこにミツがいた。
「なんだよ、ビックリするなぁ」
「あの夜どうした?」
「角材で2,3発ひっぱたいてから逃げたよ」ちなみに斉藤くんは10発くらい殴っていた。亜子さんが止めたが、あれは骨折コースだな。

「そうか、まさか俺とバトル中にお前が戻って来るなんて、あいつらは思っていなかっただろうな。だけど俺と一緒じゃなきゃ、あいつら用心深いから出てこないし、まあ上手く行ったな。でも奴らも俺たちの本気モードのバトルを見たんだから、損はないだろう」と言ってミツは笑った。高木はミツの雰囲気が変わっているのに気づいていた。

「うん、助かったよ、今度飯でもおごるよ。ともかくスッキリしたよ」
ミツは、角刈りの頭をポリポリかき言った。
「そうだな、あの馬鹿共は、弱いくせにしつこい」
「どこかの大人達か?」
「まあなぁ、弱いのはつるむし、バックをつけたがる。しょうがねぇよ、じゃぁな」ミチはそう言うと仙川駅の改札口に消えた。

入れ替わりに改札口から斉藤くんが出てきた。
「よう高木、この前はすっきりしたな」
「斉藤くん、ランド坂の件、西川も聞きたがっているから、これから純喫茶ケンに行こう」
「いいね。しかし電車乗るのも久しぶりだ。それも京王線だぜぇ、それになんで仙川なの、かったるいな」
「西川が成城の円谷プロでバイトしているから、ここだと近いんだ」
「今度はガメラか?」
「あれは松竹だよ」
暑い日差しの中を二人は歩き出した。

純喫茶ケン
 純喫茶ケン、食事のメニューはナポリタンと海老ピラフしかない。
飯は要らないので、高木はアイスコーヒーを頼んだ。西川と斉藤くんはナポリタンを頼んだ。
西川は3分で食い終わった。まさにゴジラだ。斉藤くんがちんたら食べていたが、高木は話し始めた。
「最近売り出し中のブラックエンペラー、知っているだろう?」
「おお、知ってる」西川が答えた。
「そのメンバーに府中西高の二人組がいた。1年の頃、学校がまだ建設途中で、俺らの学校の空き校舎に居候したいた時だ。トウモロコシみたいな頭をした目立った二人組がいただろう」

「はい、はい、そう言えば、力丸がしめていたよね」西川が自分の首を絞めるまねをしながら言う。
力丸は金太郎みたいな顔をした男だが、ブルーワーカーで鍛え抜いた体とバイクのテクニックで皆から一目置かれていた。
「そうだ、犯人はあいつらだ」

事の顛末
「昨年の7月、CRS連合(スペクター、ルート20、アリー・キャッツの連合)の集会があり、その日はスペクターの頭の野村さんが本気だして走った。
奥多摩道路ではきちがいじみた走りをしていた。
とても高校生程度のテクニックではついていけず、さらに適当な整備しかしてないバイクでは一緒に走るのも不可能だった。

その府中西の二人はその集会に出ていたが、当然ながら奥多摩の山の中で落ちこぼれた。
そして、奥多摩のトンネルあたりを道幅一杯に暇潰しにローリング(蛇行)して走っていたそうだ。
その時、あるカップルのバイクがそこを通りかかり、センターラインオーバーして走る二人組のバイクをよけ損ねて事故をおこした」

「なんだよ、あんな野郎達に煽られるな、ぶちかませよ!」斉藤くんが怒って口を挟んできたが、高木は無視して話を続けた。
「そして、自分達が事故の原因になったので逃げた。ある意味で見殺しだよ。
さらに、そのカップルの女の子が山路さん、つまり猫殺しの妹だった。妹は結構危なかったが、今は元気だ」
「そうかぁ、だから猫殺し、いや山路さんね、奥多摩を走っていたのか、それを俺が目撃したのか」西川は理解した。

高木は話を続けた。
「その後、二人は面白がって、同じようなこと繰り返し、さらに奥多摩の幽霊バイクの噂まで流して楽しんでいた。とんでもない奴らだろう」
「ふざけた野郎だ。人が怪我しているのに、リナちゃんとかさぁ」斉藤くんがもぐもぐと食べながら言う。
「あのさぁ、ところでリナちゃんって誰よ」西川が女の名前に食いついた。
高木は無視した。あわてて斉藤くんが話を続けた。

「そこで、高木がたまたま同じチームだったブラックエンペラーのミツに話をしたら、アイツもえらく怒って、お仕置きをしようということになった。
それで高木とミツとのバトルの立会人を餌に呼び出した。伝説のバトルとしておこう」
「そのバトルは見たかった」西川が言う。この当時スマホなんてないから、バトルは語るしかない。
「そしてヒーローの俺がぼこぼこにしたって訳だ」と拳を握る斉藤くんだった。

さらに斉藤くんはさらに話続ける。
「あの日、亜子から連絡受けて、先にランド坂で待っていた。本当に大変だったよ、蚊が多くって、それと高木の代わりに俺がバイクで走れとか言うし、全く困ったよ」
「高木、お前さぁ愛されているねぇ」斉藤くんが危険な発言をする。
「え? 高木も愛なの」西川が反応する。それに答える斉藤くん。
「そうだよ。高木を愛する女がいるのだよ、だから心配で、代わりに俺を走らせようとした。いい迷惑だよ」
高木は沈黙する。

知らなかったが、高木はちょっと嬉しかった。でも、噂話の好きな西川の前では絶対に伏せたい話題だった。
「えーっ、高木、彼女出来たのかよ」と言う西川。
「斉藤くん、適当なこと言うなよ、それより山路リナとはどんな関係だよ」高木は焦って話を切り替えた。
「いきなり何だよ、うるせぇな」斉藤くんも焦っている。
「えーっ、斉藤くんも、そうなの」

その後、斉藤くんが言い訳をくどくど言っていたが、皆聞いていない。
「今度さあ、その子達の友達を紹介して」と西川が言うと。
「ゴジラは駄目」斉藤くんが即答した。
さっきから喫茶店のBGMに「ステイン・アライブ」が流れている。今の気持ちに合っていると高木は思った。踊り出したい気分だ。

その後、高木は斉藤くんと、山路さんの家にお見舞いがてら事の顛末を報告にしに行た。
山路さんはにやにや笑って話を聞いていた。
「まぁまぁだったなぁ、でもあの手はしつこいぞ。気をつけろよ」と山路さんは不吉なことを言う。やはりこの人は猫殺しの名前が合っている。
それでも嬉しいことに、騒々しい夏休みはまだ半分残っていた。

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拝啓  高木様
久しぶりです。お元気ですか、病院の方は娘が後を継いで順調です。
実は、ある事情でしばらく日本を離れていました。
ようやく帰国しました。

また忙しい日々が続いており、たまたま乗ったタクシーが246で私が派手に転んだ場所を通ったのです。
身を乗り出して見てしまいました。あのガソリンスタンドはまだ健在でした。
まだバイク乗っていますか?

ブルーメタリックタンクのナナハンに、髪をなびかせて乗る高木君の姿をその時思い出し、懐かしくなりました。
ただそれだけですが、メールやラインではなく手紙を書きたくなり、筆をとりました。
夢のなかでもいいので、またバイクに乗って深夜の246を走りましょう。
                             敬具

                          猫殺しより 

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