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逝ってしまった愛すべき友へ 福生ストラット

人は2度死ぬ
 俺の友達はしぶといのか、65才を過ぎても元気な奴らが多い。それでも仲の良かった友達が2人死んでいる。1人は高校の同級生で、50才の時、クモ膜下出血で急逝した。

50才の頃、久しぶりに高校の仲間と新宿で飲む。

 人は2度死ぬという、1度目は物的に存在しなくなること、2度目は人々の記憶から消えることだ。今は断片的な情報がどこかのクラウド中に眠っているだろう。その善し悪しは分からないが、どのみち人の記憶から消えたら、それで終わりだ。

■物語1
 記憶から消える友達の物語。でも何処かのクラウドやPCの中に残しておけるのなら、何時か蘇るかもしれない。
亡くなってしまったもう1人の男、まず、そいつの話を記憶中から、ひねり出そう。俺のことをブラザーと言う男だった。

パンデミック前
  7年前(2017 年)、ジェイクが突然逝ってしまった。残されたエルウッド(俺)としては、「ちょっと、早くねぇーか」と言うしかない。

 ジェイク(ハジメ)、満63 才、ステージ1の胃癌の手術の為に入院していた。癌の手術は成功した。
しかし、悪魔はジェイクを逃さなかった。なんと入院中に突然の心臓発作で死んでしまったのだ。

 その亡骸を見ながら俺は呟いた。
「クロスロードで悪魔に魂を売り渡したのか・・」
「なんか顔が違うような気がする」
渋いこと言っている俺の横で、武がとぼけたことを言う。
武は俺が辞めた大手電気会社の同期だ。今は課長だ。
「何が違うんだよ」
「顔だよ、こんな顔してた?」
「大人になったんだろう」
「そうかなぁ、実は別人だったりして」

 頭はいいが、口から出る言葉は阿呆っぽい武。一応旧国立一期校卒業だ。
入社てすぐ一緒に発電所のデジタル化した周波数制御ユニットを開発して製品にした。
お互い仕事はしていたが、頭の中は阿呆だった。

 横たわっているおっさんも、フリーのプログラマーだったが、大人だったとは言えない。
仕事をいくらやっても人はたいして変わらない。だったら人はいつ大人になるのだろう。俺も既に60才になっていた。

夜中なの呼び出し
 30才の俺、まだエルウッドになっていない頃だ。
1986年9月、土曜日の夜、この時点ですでにビンテージ感のある自宅の黒電話が鳴っていた。
電話はハジメさんからだ。彼は3年前に会社を辞めて独立した。私より三つ年上の男だ。会社での付き合いは3年もない。

 いきなり用件を切り出してきた。
「お前さぁ、トラックに乗っていたよなぁ」
そう言えば、社内旅行で会社の保養所へ行った時、トラックを出したことがあった。
「うん、まだある」

 俺は20代にモトクロスレースをやっていた。このダットサントラックはバイクを運搬するためのものだ。30才でレースは引退したが、車はまだ手元にあった。

ダットサンとモトクロッサー

「そのトラックで、福生まで来てくれないか」
時間は夜の9時を回っていたが、飯をおごるという。
「いいよ」俺はOKした。どうせ暇だ。
暫く乗っていなかったが、トラックのエンジンはかかった。ここから福生まで1時間もかからないだろう。

福生の新築
 中央線の線路脇に建つ新築の一戸建、その前に俺はトラックを駐めた。
この家はハジメさんが株でボロ儲けして買ったものだ。
原子力発電所で被爆(規定範囲内)しながら稼いだ金、それを投資したらバブル時代到来で、大金を手にした。
そして、これを資本にして、プログラマーと投資で生きていこうと思いハジメさんは会社を辞めた。

 実は、俺はこれで2回目の訪問だ。
引っ越し当時だから3年前の夏だ。会社の同期の武とこの家に来ていた。
この時は、家具などの設置を手伝った。
そのお礼なのか、ハジメさんの趣味である無修正のビデオ(VHS)を開放してくれた。俺達は居間で一晩中それを観ていた。
ハジメさんは、途中で「俺は仕事しているから」と言って部屋へ消えた。

 翌朝。
「俺さぁ、一生分のエロビデオを観た気分だ」と武が言う。
見上げる太陽が黄色かった。

***

2017 年頃のハジメさんの仕事場

ダットサントラック 
 車の音で気づいたのだろう、玄関が開き、ハジメさんが出てきた。
「悪いな、なんだぁこの太いタイヤは!」俺のダットラ(ダットサントラック)を見て言う。
俺のダットラはカスタム化している。銀メタのラメ塗装とアルミホイール、幅広扁平タイヤ仕様だ。車高も下がっている。
その素晴らしいダットラは水銀灯の下で輝いていた。

 「この福生にぴったりでしょう」と自慢する。
「そうか?」今一ピンとこないハジメさんだ。
「グッときませんか?」
「こないなぁ」
「まあいいかぁ、それで、なにをすればいいんですか」
「それなぁ、シンセサイザーと幾つか荷物を運んで欲しい」

 話としては、こうだった。
この家で先月まで同棲していた女とハジメさんが別れた。そして家には女の私物がある。その私物をその女の家へ運ぶ必要があった。
「楽しい思い出を残して、生活は出来ない」とハジメさんは言う。
「どうせ残していったのだから、要らないんでしょう?粗大ゴミで出せばいい」俺の提案。
「彼女の思い出のモノを簡単にゴミにだせるか」
「ゴミ出しの手続きは簡単ですよ」
「まあ俺の話を聞け、私物は彼女へ返す、それが男の筋だろう」とハジメさんは言う。

 そしてハジメさんは考えた。戻すには荷物を積める車が必要。自分は免許証を持って無い。だから車を運転する人間も必要だ。
その両方を兼ね備えている男がいた。それが俺だった。

 破局の原因はハジメさんが言うには女の浮気だ。
「浮気ですか、もう終わったなら、許せばいいじゃないですか、どうせセックスフレンドでしょう?」
「そうはいかん、俺にとっては純愛なんだ」

昭島市
 昭島市に女の家はあった。
平屋の一戸建、実家のようだ。到着した時、家の灯りは既に消えていた。
「どうします?」と俺が訊くと、無言でハジメさんはトラックから降りた。
そして荷台にまわり、その家の庭にシンセサイザー、鞄、靴などなど次々に放り込んだ。

「ケンジ、エンジンかけろ」と言うと、ハジメさんは玄関のチャイムを何度か鳴らした。
静まりかえった家にチャイムが鳴り響く。

 玄関の照明が点くとハジメさんはダッシュでトラックに乗り込んだ。
「出せ、行こう!」
俺は車のギヤを入れて、アクセルを踏み込んだ。幅広扁平タイヤがキーっと悲鳴を上げる。

 このおっさん、言っている事とやっている事が乖離している。
しかし取りあえず終わった。

プレゼント
 帰り道、助手席のハジメさんが泣きながら話しだした。
「お前さぁ、ありがとうなぁ、こんなことを頼めるのはお前くらいだ」
「いいですよ、気にしないで下さい」
「しかし、お前クールだなぁ、俺と彼女の話を聞いたら泣けるだろう」
「よくある話でしょう」俺にとっては他人事だし、人の好いた、惚れたなど、どうでもいい。
「いい女だったよ、左の乳首が陥没しているけどね、俺は病院に行って治せと言ったんだよ・・」ハジメさんは女の話を鼻をすすりながら続ける。

 「お前使うか」ハジメさんは手持ちの小さな鞄から、コンドームの束を持ち出した。
「やるよ。使えよ、俺は当分いらないから、高級品だぞ」
「いや、いいです」
「極薄だぞ」しつこい。何を考えているのだこのおっさん。
「それより、腹が減りました」と俺は話を替えた。

「そうだった、おごるぞ、サウスゲート(横田基地)近くにある。16号沿いのディニーズ、そこへ行こう」ようやくハジメさんの顔が笑い顔になった。
ハジメさんは車のサイドウインド、その開閉用のハンドルを手で回してサイドウインドを開けた。夜風が流れ込む。
風に吹かれて気持ちよさそうな顔をするハジメさん。
「この車、福生に合うな」
「そうでしょう」

21世紀前夜
 年末年始、俺は会社に泊まり込みで、世界の終わりを待っていた。
「何も起こらん」

 2000年問題もたいしたことなく過ぎ、会社の24階の窓から初日の出を見ている俺。同様に泊まり込んでいた隣の部署の男が言う。
「くっそー、帰ろう」

 俺は妻のいる横浜へ朝帰りした。
昨年、33才で結婚した。妻は11歳年下だ。横浜の片田舎の団地で俺を待っている。まあまあの21世紀が始まった。

ついに転職 
 
忙しい日々を過ごす間に2002年となり俺も43才となった。子供もぽろぽろ生まれた。
大手企業の中堅技術者として責任も重くなったが、上司、仕事の変更と転勤の多さに腹を立ていた。この頃から大企業病が発症しいた。
そして俺は暴挙にでた。

 「会社を辞める」妻に言う。
「そう、頑張ってね」子供の世話で忙殺されている妻には他人事だった。
1年間ほど失業、その間にベンチャー企業を立ち上げ、そこに転職した。
その間、地元に戻って、家を買って多額のローンも抱えていた。
とにかく忙しい時期だった。

ブルース・ブラザーズ
 そんな9月のとある土曜日の午後、久しぶりにハジメさんから電話があった。
「お前、DOS/Vマガジンの付録読んだぞ」とハジメさんが言う、そうなのだ取材があり記事が載っていた。
「あれ、読んだの」
「おう、そしたら急に会いたくなってなぁ、それと、お前、会社辞めたのか?」
「転職した」
「そうか、よーし、それは面白い」

****

 自宅近くの公園で、待っていると、公園横の道路に黒いカローラセダンが止まった。サイドウインドが開く、電動かぁ、素晴らしい。技術革新は早い。
「おーい、俺だ、車を買ったよ」とハジメさんの声がする。

 近づいて、運転席を見ると、黒いスーツと黒いサングラス、黒の棒ネクタイを締めて、頭には黒の中折れ帽をかぶった男が座っていた。
「これからはジェイクと呼んでくれブラザー(兄弟)
「ブルース・ブラザーズ??」
「そうだ。わかるか、流石、俺の見込んだ男だ」
「それくらい、誰でもわかりますよ、コスプレですか?」
「違うぞ、エルウッド」
そうか俺がエルウッドか、そうだな。いや違うだろう。

ブルース・ブラザーズ

「頭、大丈夫ですか、ハジメさん」
「ジェイクと言え、まず俺の恋人を見せてやる。トランクに入れてある」
「えぇー、トランク?」「誘拐ですか、犯罪に捲き込むのは止めてください」

ギブソンES335
 俺は車の後ろに回ってみた。
トランクを開けると。そこにはギターケースがあった。
「開けてみろ」
俺はGibosnのロゴが入っているギターケースを開ける。
そこにはギブソンES335があった。
「盗んだのですか」
「馬鹿! 買った。ビンテージ品だ」
「すげーなぁ」
「これが俺の恋人だ。後で触らせてやる、とにかく横に乗れよ、ドライブするぞ」

ギブソンES335

 エルウッドになった俺が乗り込むと、車はゆっくりとスタートした。
「随分慎重ですね」
「悪い。免許取り立てだ」
「ハジメさん、いやジェイック、俺達って十分大人ですよね」
「当たり前だろう、それより、またバンド、バンドをやろうぜ」
「それって、神のお告げですか」
「そうだよ、わかってるなぁ。俺は嬉しいぞ!それと仕事あれば、なんでもやるぞ!」
俺達は20号沿いのディニーズに向かった。

結婚
 「そうだ。俺、結婚したぞ」と前方を凝視して運転しているジェイクが言う。
「誰とですか」
「国際結婚だ」
「まさか、中国人」俺はそんな予感がした。偽装結婚とか心配になる。
「正解、すげーなお前、疲れた。運転代われ」

 ファミレスの場所が分からないので、俺が運転を代わった。
俺が普通に車を走らせるとジェイックが言う。
「お前、運転、下手くそだな」
「・・・・」
あのトランクの中にある女神は俺が貰おう。だってあのギターはB・Bキング専用だろう。

++++++

■物語2
 続けよう、もう1人の話だ。高校の同級生アキラと言う男の話。

 アキラは、家族の留守中、トイレの中でクモ膜下出血を起こし意識がなくなった。そして、そのまま発見が遅れて亡くなった。
当時50才。まだ若かったが、結婚は早かったので、子供達は既に独り立ちしていた。それが救いだった。

2度目の再会
 アキラとは、高校卒業後20歳の同窓会で会ったきりだ。結婚が20才だったので、俺と生活のサイクルが合わず。その後、疎遠となる。

 高卒で、素早く結婚したアキラ。
俺は暴走族を辞めて、弟の中学校の教科書から勉強をやり直し、なんとか三流大学に入った。
「こんな程度で終われない」と阿呆な事を思っていた俺。
一方、家庭を持ち社会人として生きていたアキラ。
当然価値観がズレまくってていた。だからお互い会うことも連絡することもなかった。
そして月日が経ち、2度目の再会。アキラは棺桶の中で花に囲まれていた。

バイト先
 1974年の夏、高校2年の頃だ。俺は飯田橋にある本の問屋、発送センターでバイトをしていた。クラスの同級生数人と一緒だった。
そこはビル型の倉庫で、一部の事務室以外はエアコンがない。約熱地獄での肉体労働だ。

 昼休、社食で飯を食った後、ビショビショになったTシャツを乾かすため、屋上へ上がった。

 立ち入り禁止だと思うが、柵のない屋上だった。
エアコンの効いている休憩所は、働くオッサン達だらけだ。そいつから逃げたかった。彼奴らは今風に言えば、パワハラの塊だ。バイトの高校生なんぞ虫けらみたいなもんだった。

 屋上で、タバコを吸いながら飲み物を飲んでいた。
「暑いなぁ」と言いコーラを飲むタカユキ。この中で一番とんでもないことをする男だ。ここでも仕事中、1時間ほど消えたと思ったら、本を積んだストック場所で寝ていた。

 こいつには何度も俺は弁当を食われている。
体育の授業をサボり、その間に俺のロッカーを壊し弁当を強奪する。
当時、ロッカーは破壊されまくっていた。

 俺は仕返しで、奴の空の弁当箱に、エロ写真を沢山入れておいた。
帰宅後、それを母親に見られて、長い間口を聞いてくれなかったと聞く。そのため当面、お昼に売店でパンを買っていた男だ。

ナンパ
 「ヒデ、タバコくれ」とタカユキが声をかけた男。
ヒデ、眼鏡をかけ、常に地味な格好をしているが、この頃から何を考えているか分からない男だった。俗に言う不審者、サイコパス的な男だった。現在消息不明の1人だ。

 俺は隣でタバコを吸っているアキラに声をかけた。
「何、見ているの」
「あそこ、女がいる」
隣に区役所のビルがあり、休憩所が見える。飲料水の自販機もある。長いすに女の子が4人座っている。顔は見えない。

 「女!」タカユキが食いついた。
「すげー、おーい」と声を上げて手を振っている。
「気づかねーよ」と俺。
「よし、行こう」とタカユキが立ち上がる。
「本気かよ」と俺も立ち上がる。
「アキラ、つき合え、お前は武器になる、ヒデ、お前は怖いからここにいろ」
タカユキは嫌がるアキラの腕を掴み言う
「急ごう」

 区役所だから、普通に入れた。中はエアコンが効いている。
「涼しいなぁ」
彼女達がいた3Fへ階段で上がった。

 まだいた!
「こんにちわ、僕たち隣でバイトしていて、君達が見えたので、話をしたいなぁと思って、君達バイト?」

 そこまでタカユキが話すと、4人の女の子は目を見開いて笑い出す。
そして、俺達を品定めする目。その目がアキラの所で止まる。
ゴミ溜の鶴のようにハンサム。少し幼さもある。アキラがいると大体上手く行く。
「やった」と呟くタカユキ。
アキラはニコニコ笑っている。

 彼女達は千代田区にある私学の女子校生で、ここで、バイトをしているそうだ。そしてお盆に、バイト代で神津島へ旅行へ行くという。

 タカユキは、バイト仕事に戻ると、俺に言う。
「神津島、行こうぜ、日程合わせて」
「いいねぇ、俺、テント持ってる」
そして、この夏、神津島で彼女達と再会する。この話はまたの機会だ。

結婚
 アキラは、高校卒業後、直ぐに年上の先輩に捕まり社内結婚した。
20才で子供が出来たので、50才位の頃は時間もあり、バンド活動とイタリアのバイク、ドゥカティ( Ducati)の愛好家となっていた。専門誌に娘と一緒に紹介されていた。

 葬式の時、愛用のアライのヘルメットが展示されていた。またバンドで使っていたベースギターも展示されて、バンド演奏だろうビートルズの楽曲が流れていた。
思ったよりいい人生を送っていたようだ。

ビートルズ

俺達の死について
 亡くなった当時、転職して営業職となり、相当に忙しかったと仲間から聞いたが、人が亡くなる要因は一つではない。運命とも言える。
俺もつい最近生死の境目を経験したが、やはり「生きていてナンボ」だ。

 ある年齢になると、人の死が受け入れられるという。笑い話としても語れる。俺もようやく二人のエピソードを書ける歳になった。

高校生時代 彼らとは今でも年に何回か飲む


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