見出し画像

ジジイの椎名誠さんと、沢野ひとしさんのエッセイを読んだ俺のエッセイ

「ジジイの台所」沢野ひとし 「失踪願望」椎名誠 ともに2022年発刊

後期高齢者になっていた
 沢野ひとし
さん、俺と12歳違うから 79歳。元気な爺さんだ。
椎名誠さんも沢野ひとしさんと同級生だから、同じく俺とは12歳違う。

 二人とも既婚、まだ離婚されていない。この時代の嫁さんは何だかんだと我慢強いようだ。
子供は娘、息子と両者とも二人いる。
どちらも長女だ。上に女の子がいると大体において子育ては上手くいく。

 ここで作者を年齢から紹介をしたのは、老人(後期高齢者)になった二人のエッセイを読んでいることを強調したかったからだ。
あの二人が老人だ。本当に時間は止まらない。

 ここでは、感想文と自分の人生も絡めた話を少し書いてみた。
俺もどんどんジジイになっているから、読んでいると、つい自分と照らし合わせてしまう。そして考え込む。

二人ともサラリーマンがスタート
 沢野氏、椎名氏 二人とも当初はサラリーマンで社会人をスタートしている。1960年から70年、この当時は事務所でタバコを吸える、会社が終われば飲み歩く、今や石器時代と言われるサリーマンだ。

 その後、二人とも作家、絵描きなどで自由業となる。そして収入の安定しない親父なので、妻は働いている。椎名家は保育園経営から作家、沢野家は教師。

 二人とも正しく結婚している。子供を作り昭和の家庭を築いている。そして全力で子育てをした。

子供との関わり方
 ここで自分を顧みると、結婚は正しくしている。まだ離婚されてない。
リタイヤした今は少し不安だ。
「何故、あたなのご飯を毎日作らないといけないの」と不穏な言葉を口にする。

 さて、俺の場合、子供は長男から始まり、娘が二人となる。この辺りは少し違っている。

子育て
 長男の場合、適当に育てると大体「ぼーっ」とした男となる。性格は良い。また男親にとって、子供時代までは男の子は可愛いが、思春期になると疎遠になっていく。そうでないと怖い。

 女の子の場合は、思春期(中二頃)で母親とぶつかる。
ここで、友達家族、姉と妹みたいだとか言っている母親もいるが、
「大丈夫ですか?」と思う。それってマザーテレサ並の母親だぞ。

 我が家では「貴方は娘の味方なのね!」と妻に問い詰められて、
「・・・・」となっていた。
一般的に娘は母親の生き方を否定する。
息子は父親の生き方を無視する。

 思春期は「今日も嫌がらせ弁当」が普通の娘と母親の関係だと思う。

でも愛情たっぷりの弁当

 ここで、父親や誰かが娘の逃げ場となれば問題は深刻化しない。
息子の逃げ場は通常母親となる。
 
 ちなみに母親、父親、両者で追い詰めると、大変な事件を引き起こす危険性がある。
「お母さんの言うことを聞きなさい!」
「お父さんに従いなさい!」など言ってはいけない。

 そして大人になり働き、25歳越えると、子供は親を多少は理解して、本音で話をするようになる。
娘と母親はそこで仲良くなる。娘の結婚前は特に仲が良い。
中二病の対応を失敗していると憎み合う。

 父親は、可愛い娘達の歩くお財布(キャッシュカード)となる。これも中二病で失敗していると、違うパパのお財布を利用する。(冗談です)

 父親は息子のお財布にはならない。
しかし、母親はとにかく息子に飯を食わせる。そして太らす。
あと、息子の洗濯とか掃除とか買い物、家事の世話をする。
これにも限度はあるが、旦那に興味が無くなっているので、ある程度はしょうが無い。
男の子は基本がマザコン。だから自立が遅い、それは辛抱するしかない。

子供が大人になった 岳物語
 この辺りで、また本の内容に入ろう。
一般家庭と同じように椎名家、沢野家でも、息子は父親とはやはり疎遠になっている。会話も簡素だ。
大人になった息子の親父への返答
「わかった」「別にいいよ」が一番多い。

 それでも話は聞いている。その辺りの微妙さは子供を持ってないとわからないと思う。基本それでも仲がいいはずだ。
また息子として、男のプライドとして、老いた父親に露骨な反抗は出来ないのだ。

 一方娘は父親へ言いたい放題だ。それでも何故か父親は腹が立たない。
息子に同じ事を言われたら大変な状況になるだろう。その辺りの描写が、読んでいて、
「そうだよなぁ」となる。

一例
「親父がわるいんだろう」息子
「なに!、もう一回いってみろ!」親父

「お父さんがわるいんでしょう」娘
「・・・そうだな、俺が悪い・・」親父

 特に、沢野さんの長女は、「私は料理が嫌いです」と宣言して結婚した奥さんと違い、料理好きだ。
しかし、母親の教えは無いので、自分でレシピ本を参考にして、調理時間、食材、調味料も全て計量して料理をしている。
聞く人がいない場合、その気持ちはわかる。

 それを見て「適当でいいよ」と言う沢野さんに、
「私は父見たいにはなりません」娘。

 沢野さんの娘が自分で作ったお弁当、玄関に忘れている。
娘から電話。
「お父さん、玄関にお弁当あるでしょう、学校へ届けて」
「これか、今食べようと思った」
「そんな父親はいません」
仲いいねぇ。これが息子だったら思うだけでも怖い。

 椎名誠さんの本は現在の日記が中心である。沢野さんはエッセイのみで、多少年代が往き来する。両者とも一応ノンフィクションだ。

 沢野さんは町田に住み、子供達も近所に住む。
椎名さん、今は新宿に住んでいる。息子もアメリカから戻り近所にいる。

 子供も結婚して家族が出来ると近所に住む、その方が便利なのもあるが、家族に対する認識が変化するからだ。今ここにいるのは、歴史の一部だと感じる。
これは、家族を持たないと分からない心境だと思う。

 椎名さんは結婚当初、武蔵野の西にある妻の実家で暮らす。
その庭に、たいした理由なしに、沢野、陰気な小安(懐かしい)らと一緒に八王子辺りの山から採ってきた1m位の紅葉を植えたと言う話があった。

 昔、庭木は貰ったり、採ってきたりする。俺の住むここ武蔵の地では普通のことだった。

 犬も買うではなく、拾う、貰うだ。
旦那が貰うか、拾ってきた小犬を見て、
「どうするのよ」と怒る妻、喜ぶ子供達。
結局世話は妻が中心となる。
武蔵野の旦那達のこのアホな行動が懐かしい。

 馬鹿な旦那が庭に価値のない木々を何処からか持ってきて植える。
俺の親父も、イチョウとキンモクセイを植えて、後に大木になり伐採した。
この辺りは土地がいいので、植えたらなんでも育つ。よくある話だ。
犬も一時期3匹も飼っていた。
1匹は逃走、1匹は交通事故。1匹だけ10年ほど生き抜いた。

*****休憩

 ジジイはひと眠りしてしまうと、翌朝、昨日頭に浮かんだ事や出来事を全てリセットしてしまう。

「失踪願望」 椎名誠、「ジジイの台所」沢野ひとし を続けて読んでいる。つまりその感想文を書いていた。

三人の兄
 今、椎名誠さんの「失踪願望」の第二章「三人の兄」を読み終わった。
ここで言う兄とは、全員6歳違いで、椎名さんと関わりが強かった、また影響のあった男達を指す。

 まず自分の兄、次にサラリーマン時代に世話になった先輩、最後に人生の師とした野田知佑さん。
三人とも既に亡くなっているから書ける。そんな出来事を絡めて追悼文みたいな形として書かれている。本当に感慨深い内容だった。

「さらば国分寺のおばば」、「日本の川を旅する」頃から椎名さん、野田さんの物語を何十年も辿っている私としては、歳を取って崩れていく兄達を見る椎名さん、その気持ちが分かるので泣けてくる。

 人は時代に絡め取られて、流れ流れて歳をとり、気持ちも、理想も変わり崩れて、そして死んでいく。それは寂しいことだけど仕方がない。それが人生だ。

 読んでいて、唐突に弟との喧嘩を思い出した。俺は歳が近いのでよく兄弟喧嘩した。
今考えれば、俺が嫌な奴だった。
小学5年の時、学校で兄弟喧嘩して、学校の先生達が呆れていた。
「あいつ(俺)はしょうもないなぁ」
俺は母に酷く怒られた記憶がある。

 それでも仲は良かった。
国立大学の附属中学校に弟が通っていたとき、生意気だと、地元の中坊集団に喧嘩を売られたことがあった。
弟は、学ランが破れ、時計も壊れていたが、互角の勝負だったと言う。
それでも翌日、柄の悪い工業高校にいた俺はそいつらを探しに行った。

 そんな兄弟、最後の殴り合いは、俺が浪人していた頃だ。
原因は忘れたが、浪人2年目で、劣等感から俺は頭がおかしくなっていた。
居間で殴り合いが始まり、俺が吹っ飛び、テレビにぶち当たり、もの凄い音でテレビが崩壊。

 その音で、お互い我に返った。
その時弟の言った言葉は胸に突き刺さった。
「俺は、兄貴は凄いと何時も思っていたのに、なにをしているの」
そんなことを言われた。

 知らずに、人は周りの人達に影響与えている。野田さんの影響が椎名さんにとって相当なものだった。だから野田さんがアルコールで崩れている姿を見たら、そのショックは大きいに決まっている。

 野田さんは、それをどう感じていたのだろうか、俺は今更だが、そのことに気づき、自分の馬鹿さ加減に腹が立つ。

 ここまで生きてきたジジイにとって、子供や家族、友達への感謝の気持ちが全てだ。
そんな達観気味の二人の本を久しぶりに、じっくり読んで自分を顧みた次第だ。

今回、一人称は俺とした。ちなみに心の中で自分を私と言ったことはない。

小犬のガク 可愛い!

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?