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ナナハン物語(東名ESAの暴動)第八話 1970年代を生きる少年達、ナナハンは少年の唯一の力だった

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レッドツェッペリン号墜落する
「それで、ケンさん、弓子さんと結婚するの?」突然、感動に浸っている高木とケンさんに話かける声、振り返るといつの間にか斉藤くんがいる。
「なんで、そこにいる」高木は驚く。

「えっ、ここ俺の家の前だよ。天国の階段が聞こえてきたから、レッドツェッペリン号(ラーメンの屋台の別名前)とケンさんだと思って外へ出てきたら、高木もいるだろう、そしてケンさんが目つぶって語っているから、そこで聞いていたよ」

「斉藤くん、久しぶり」ケンさは頭をかきながら言う。
「本当に久しぶりだね、ケンさんと弓子さんが行方不明だと聞いて、心中かと思って心配したよ」
「いや、いや、野暮用で高知へ行ったんだ」
「野暮用?」そう言うと斉藤くんはケンさんをガン見した。 
ケンさんは目をそらしている。

しばらくの沈黙後、高木は一番気になる事を口にだした。
「あの、弓子さんって、何処の人?」
「えっ、高木は知らないの」斉藤くんが高木を見る。
「こら、ちょっと待って」ケンさんが妙に慌てる。
斉藤くんはそんなケンさんを無視して話を続けた。
「この話のオチはなぁ、そのバイト先の女子大生がだ、つまり弓子さんだ」
「ドゥユーアンダースタンド?」
 高木は薄々気づいていたが、やはりそうだった。

さらに斉藤くんは話を続ける。
「ケンさん、今弓子さんと同棲中だよね、それと弓子さん妊娠したとか聞いたけど」
「同棲、妊娠!」高木は頭が混乱してきた。それと感動していた自分に少しイラッとした。
斉藤くんはさらにケンさんを追い込む。
「そうだ。ケンさん大学卒業したの? また留年? 今度で8年目でしょう」
「えっ、まだ大学生!!」高木は俺の感動を返せと思った。

「いや、まあ、だから人生に区切りをつけるために四国へ行ったんだよ」とケンさん。
「ふーん、弓子さんの親が高知にいるって聞いたけど、挨拶に行ったんじゃないの、色々言い訳しに」
「OK、OK 斉藤くん、ラーメン食べる、おごるよ」
「えっ、俺は」と高木も追い詰める。

「いいよ、いいよ、ビールも飲む、高木くんは齋藤くんの家に泊まればいい」
「わかったけど、それと結婚式はやるの?健ブーさんも呼ぶの」と斉藤くん。
「えーっ、健太さん死んでないの!」高木が驚く。

「神奈川の第一交通機動隊で白バイ乗っている健太さんが、そんな下手糞な事故なんか起こさないよ」と斉藤くんは笑いながら言いう。
「ケンさん、高木さぁ根は真面目だから信じちゃうよ、全くいい大人がさぁ、止めなよ」
高木はかなり怒っている。
「ケンさん、ビール」
「ハイ、ハイ」
高木は一杯目のビールを飲むと、何故か楽しくなった。自宅でふさぎ込んだ気分はどこかに行ってしまった。
本当に人生は長いし面白い。

へんこんだタンク
2学期も始まり1週間が過ぎた。
9月の最初の日曜日、高木は新宿御苑の裏の道をヘルメットを持って歩いていた。最近、取り締まりが厳しいので、ナナハンに乗るときはヘルメットを被ることにしている。

今日は予備校で模擬テストがあった。高木はその出来の悪さに落ち込む。
高木は新宿御苑の脇にある、駐車スペースに止めてあるナナハンの所までいくと、その隣に、金色に輝く派手なバイク、カワサキのマッハ3が止めてあった。
転んだのかタンクがへこんでいる。頻繁に転んでバイクを壊す男と言えば、あの人しかいない。猫殺し、もとい山路さんのバイクだ。

「よう、高木くん」その声に振り向くと、ジーパンに白地にローリング・ストーンズのベロマークのTシャツを着た山路さんがいた。
「君も、今日の模試受けたの、俺も受けたよ、それで調子どう?」
「バイクは好調ですよ」
「違うよ、模試だよ、模試、俺はねぇ絶好調だよ、A判定でちゃうぜ」
やはりこの男むかつくと高木は思った。

「ところで、山路さん、タンクへこんでいますけど、また転けたんですか?」
「えっ、嘘だろう。昨日、直したばかりだぞ。あーっ、なんだひでぇーな」
転んだとき頭を打って忘れているのだろうと思いつつ、高木はナナハンを跨ぐと、膝に違和感がある。
(えっ)手で触ると高木のタンクもへこんでいる。

「山路さん、ちょっと見てください」高木が言うと、くそっ、また金がとかぶつぶつ言っている山路さんが、高木のナナハンのタンクに顔を近づけて言った。
「転んだの?」
「違います。心のゆがんだ奴がやったんですよ」
「なるほどねぇ、高木くんみたいに、模試の出来が悪い落ちこぼれの仕業か」やはり、この男ムカつくと確信する高木だった。

二子多摩川
高木は、ルート20号から環八に出て、多摩川沿いの赤堤にある電気店へ向かった。
電気店の裏にバイクを乗り入れると、同級生の力丸がいた。愛車のGT350のキャブレターを外している。俺のバイク音に気がつくと、
「おーっ、高木、久しぶり」と言いながら、高木のヘルメットを平手で叩くと次に肩を掴む。
「痛い、痛い、止めて」そう高木が叫ぶと力丸は手を離した。

力丸は中学生の頃から、通販で買ったブルーワーカーで体を鍛え続けて、高校では柔道部に入部している。小柄で顔は金太郎のように可愛いが、体は鋼鉄のようだ。また、バイクマニアで改造と修理などが大得意だ。

「今さぁ、キャブのニードルジェットを交換して、上が吹けるようにした。これで最高速度が5キロはアップするぜぇ」何を言っているのか、わからないが、高木は取りあえず褒めておくことにした。
「すごいなぁ、で、あのさぁタンクのへこみって直せる」高木は本題に入った。
「えっ、転んだ?」
「やられた」
「ホントかよ、どれ、これ足で蹴られているなぁ、丸くへこんでいるから、目立たない程度まで直るよ、そうだなぁ塗装なしで5千円ね、普通の板金なら1万円はいるぞ」
「いや、今2千円しかないけど」
「OK、このキャブ調整が終わったらやるよ、夕方くらいまでやっておく」
「頼む、俺は多摩川にでも行って、時間潰すよ」

力丸の電気店から50mくらい歩けば多摩川の土手に出る。時間は午後2時、日差しは弱いが妙に蒸し暑い日だった。

暑さのせいか、多摩川はドブの匂を放っていた。それでも川面がキラキラ輝き綺麗だ。
来る途中、高木は自販機でペプシ缶を買っていた。
すでに温い。あまり冷えてなかったようだ。

高木のいる多摩川のサイクリングロード、遠くに陽炎が見える。そのゆがんだ空間をランシャツ、ランパンで男が走っているのが見えた。この暑さの中でランニングか、
「ご苦労なことだ」と高木は思った。
その男のランナー、よく見るとふらふらしている。そして20m前の草むらに座り込んだ。

高木は見過ごすわけにはいかないので、その20mを走った。運動不足とタバコの吸いすぎできつい。
「おい、大丈夫か」俯いた男が顔をあげる。(えっ)
「お前、宮平だろう」高木は驚いた。

孤独なランナー宮原
宮平は陸上部で長距離好きの男だ。クラスは違うが、高木がまだサッカー部にいたころ、部活後にたまに話をしたりする間柄だった。
高木は手にペプシ缶を持っていた。そのペプシ缶のプルを引っ張り開けると、走ったせいか泡が盛大に溢れ出た。そのしぶきが宮平の顔にかかった。

「あれ、高木・・」気づいたか、ペプシ缶を差し出す。
「いいから飲めよ」宮平は手にとってペプシを一気に飲んだ。
「ありがとう、助かったよ」そう言うとペプシ缶を高木に渡した。
空のペプシに高木は落胆した。

取りあえず高木は宮平を連れて、力丸の店に戻り、宮平に外の水道を使わせた。
宮平は頭から水を被り、手で水をすくうと飲んだ。
聞くとランニングの途中、自販機でコーラでも飲もうと思って小銭をランパンのポケットに入れていたのだが、その小銭を落としまったそうだ。
結局何も飲まずに20キロ走り、ふらふらになっていた。

「なんで、こんな暑い日に走ってんだよ」と高木が訊く。
「10月のインターハイで良い結果を残せば、推薦で大学へ行ける。それも奨学金付きだ。家には金もないし、俺は頭も悪いし、進学するにはそれしかないんだ」それを聞いた力丸が、
「高木も両方ないよ」と言う。
「お前もそうだろう」
「残念、俺は電気工事士の免許がある、夏休み取った」
そうか力丸は大学へは行かず家業を継ぐ予定だ。

高木は本当にやばいなあと思い沈黙する。
でも、やらないで逃げるのもしゃくだ。そんな思いに高木はとらわれていると、力丸がバイクを修理しながら、奇妙な事を話始めた。
「そう言えば、兄貴のバイク仲間も、二人ほど、駐車中にバイクのタンクがへこんでいたって聞いたな」
「そうなのか、実は、一緒にいた猫殺しのマッハもやられていた」高木は言った。
「ホントかよ、それは何かあるなぁ、ほい、直ったよ」
見るとタンクのへこみが消えていた。
「はい、2千円ね」力丸、金太郎のような顔で笑った。
高木は宮平を彼の自宅近くの国領駅まで乗せてから家に戻った。


結局、タンクのへこみ事件は解決せずに、また月曜日が来る。
就職組が多い工業高校なので、高校三年で部活もないとなると、大分の生徒は学校が終わると直ぐに遊びに行ってしまう。
高木は教室に残って、西川とタンクのへこみ事件を話していた。

「高木さぁ、俺もダチの一人がやられている。そいつは犯人を見つけたらぶっ殺すって言っているぜ」
「そうなの、だったら、早めにぶっ殺してもらわないと」高木は答える。
「おお、そいつに言っとくよ」
その怖い顔を近づけて言わないで欲しいと高木は思った。

益々混沌とするタンクのヘコみ事件。手がかりがあればいいんだけど、行き当たりばったりだと全くわからない。
「高木、斉藤くんは?」と西川。
「2学期になってから、学校へは来てないよ、俺もよく知らない」と高木は言う。この前、ケンさんのラーメン屋で会った後、会ってない。
斉藤くんは別にどうでもいいけど、そう言えば奥多摩の幽霊騒ぎ以来、亜子さんにも会ってない。
「よし、帰りに行ってみるか」
 
成城学園前の狂騒
高木は世田谷通りを祖師谷へ向かってナナハンを走らせている。
9月とはいえまだまだ暑い日が続いていたが、午後3時を過ぎると気温がぐっと下がってきた。Tシャツ一枚では心とも無い感じだ。道路は混む時間帯の割に空いていた。

成城学園駅に向かう交差点の信号で止まっていると凄いスピードでバイクが右折してきた。二人乗りしたGT750(ススキの水冷2サイクル3気筒の750ccの大型バイク、別名ウォーターバッファローと言う)だ。
マフラーとステップで道路削りながら何とか曲がりきり反対車線をかっ飛ばして行く。
またバイクの音がする。見ると同じコースをバイクが続いてきた。青いタンクのサンパン(CB350)。斉藤くんだった。

斉藤くんのサンパンも凄い勢いでGT750を追っている。
高木は即座に、バイクを倒しアクセル全開で半クラッチ。後輪をスライドさせてアクセルターンをする。
ナナハンが反対車線に向いたところでクラッチを繋ぐ。フロントが盛大に浮いた状態で加速した。直ぐにシフトアップして、斉藤くんのサンパンを追った。

300mくらい走ると信号で止まっている斉藤くんがいた。その横につけて、大声で声をかけた。
「どうしたの?」
「高木かぁ、どうこうもねーよ、信号無視は出来ないだろう。まいいや、ちょっと話そうぜ」と言って信号が変わると走り出した。高木はその後を追った。

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