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ナナハン物語(ESAの暴動)第七話 1970年代を生きる少年達、ナナハンは少年の唯一の力だった

ESA:東名高速 海老名サービスエリア

2学期まであと1週間
高木は高校3年生、夏休みもあと1週間で終わる。そろそろ進路を決める必要があった。就職はしたくないので、取りあえず進学すると学校には言っているが、ほとんど勉強はしていない。

机の上のラジオからは大学受験ラジオ講座が流れている。講師はJ・B・ハリス、英語読解だ。ほぼわからない。
講座が終わると時計は夜の0時を指していた。このまま深夜放送を聴く気分ではない。
それ以上に勉強する気力もない、そして腹が減っていた。そこで、
「よしラーメンだ」
高木はナナハンでケンちゃんのラーメンを食べに行くことにした。
 
家の庭に出ると、すでにコオロギやスズムシの鳴き声がする。隣近所の迷惑になるので、高木は旧甲州街道までバイクを押して歩いた。ナナハン(ホンダCB750k1)の重量は220キロある。重い。

エンジンをセル一発で始動。夏場なので暖気はしないで、直ぐに道路へ飛び出した。スピードはあっという間に時速100Kとなる。
久しぶりのノーヘル、風圧で目から涙がにじみ出てきた。
 
レッドツェペリン号
斉藤くん家の前に何時も深夜になるとケンちゃんラーメン、ラーメンの屋台が出ている。ナナハンを屋台脇に止めた。
別名ジミーペイジのラーメン屋と言われるだけに、今日もラジカセからはレッドツェペリンの天国への階段のイントロの部分のギターが流れている。
「いらしゃい、高木くん、久しぶりだね」
「はい、ラーメンもらえます」
「あいよ、どう勉強はかどっている」
「全然だめです、浪人確定かな」
「まあ、大丈夫だって、人生長いぜ」と言って、ケンさんは笑った。客は高木だけ、静かな目黒通りに天国への階段が鳴り響いている。
 
「はい、お待ち」そう言ってケンさんはラーメンを置いた。高木はスープを飲んで言う
「やっぱラーメンは醤油味だ」
「そうだろう」
「そう言えば、ケンさんお盆の頃、随分長い間、お店出してなかったね」
「ああ、ちょっと四国へ行っていた」
「四国?」
「うん、色々あってね、まあ過去の清算だよ。浪人確定の高木くんには話そうか?」と笑う。
「聞かせてください。勉強するよりいいから」
「そうか、では」ケンさんの話が始まった。

2週間前のケンさんの行動
ここは四国の高知県。中村村から山間に延びている国道だ。その尾根沿いの開けた空間には8月の青い空が広がっていた。お盆休みだが通る車も少ない。そのワインディングロードを白いパジェロが軽快に走っていた。

運転しているのは中山ケン、そう高木と話しているラーメン屋の男だ。歳は27歳。その助手席に女性が座っている。彼女は加納弓子、26歳。
8月のお盆休み利用して四国へキャンプを目的に遊びに来ている。2人は恋人ではあるが、結婚を考えるにはケンの方が今一歩煮えきらない状態であった。自分の収入を気にしている。つまり稼ぎのない男だった。

パジェロはややアンダーステア気味だがスムーズにコーナをクリアしていた。気持ちの良い走りだった。
そんなパジェロが、あるコーナの手前で急にスピードを落とし路肩に止まった。
弓子がケンの顔を見た。
「どうしたの、何かあったの、故障?」
「いや、違う」と答えたケンの目は、弓子を見ることなく、遠くを見つめていた。
ケンはエンジンを切り、窓を開けた。アブラセミや、クマゼミの合唱が窓から雪崩のように飛び込んでできた。
「ここからの眺めいいわね」
「・・・・」無言のケン。
「何かあったの?」

****
「ケンさん、彼女いたのですね、車も持っていたんだ。それもパジェロ」
「まあなぁ、車は弓子のだ。あのさぁ話聞く気ある?」
「ハイ!」
****

開けはなった窓から風が車内に吹き込んできた。風は弓子の長い髪を彼女の頬にまとわりつかせた。
思い切ってケンは話はじめた。
「昔の事だけど、ここで、ちょっとした事件があった」
「まあ、しょうもない事だけどな」

さらに遡り4年前の夏、ケンさんの行動
ケンのホンダCB750K0(初期型「K0(ケイゼロ)」と呼ばれている)は好調であった。
路面は多少荒れているが、対向車を気にせずコーナを自分の極限まで攻めるケンであった。

高知の山の中を貫くこの道は、特別な事がない限りほとんど車の姿はなかった。
ハイスピードで走るバイクをコントロールするには、まず視線が大切である。いつでもポイントとなる目標物を遠くに見つけ、それを基準としてマシンのスピードをコントロールする。これはハイスピードライディングの基本だ。

ケンも当然の如く遠くに視線を向けていた。
時折見るバックミラーには黄色タンクのバイクが映る。
こいつは友達の中村健太の乗るヤマハXS650(ヤマハが初めて開発した4サイクルエンジン トヨタの設計協力もあった)だ。
ケンと健太の順調なライディングが続いた。

だがバイクライダーにとって永遠に順調なことはない。何時かはその時がやってくる。それは突然襲ってくる。
 
ケンのCB750が下りから緩い上がりにかかるコーナに突っ込もうとした瞬間、ケンは視界の角に黄色タンクを捕らえた。健太のXS650がイン側から突っ込んできた。真横から前に出た。
その瞬間、XS650はフルブレーキングした。後輪がポンピングしている。
クリピングポイントをギリギリで健太はXS650を強引に倒し込みコーナをクリアした。
「くそ、隙を突かれた」ケンは、すぐにXS650の後ろに張り付いた。

それをきっかけにケンと健太との激しいバトルが繰り返された。何度かのバトルの後、見晴らしのいい場所で前を行く健太が止まった。
ケンもCB750を横付けして止まる。
「やるじゃねえか」
 健太がヘルメットからゴーグルを外して言う。
「お前もな」
ケンも、ヘルメットを脱ぎながら答えた。ゴーグルはしてないサングラス姿だった。

ケンはCB750を降り、まだXS650のシートに座っている健太のヘルメットを平手で軽く叩く。
「ところで、健ブーよ、どこで飯を食う?」
「この峠を過ぎれば、もうすぐうどん屋があるはずだ」
「また、うどんかよ」
「しょうがないよ、ここは四国なのさ」

ケンと健太
ケンと健太、2人は仲の良い友達だった。お互い同じ大学のモーターサイクリストクラブに所属している。そこで出会った2人。このクラブはツーリングクラブではなく、完全なレース指向のクラブで体育会系のクラブであった。
同期であった2人は、高校時代のバイク禁止の束縛から解き放され、バイク中心の生活にのめり込んでいった。

2人はレース活動としてモトクロスを選んだ。そして暇があってもなくても、いつも近所の多摩川の河原で練習した。
若さと体力と情熱で2人のバイクテクニックは急速に上がった。
また若さの常で、その力をレース以外のくだらない競争でも発散していた。

まず渋谷の道玄坂でのウィリー競争。マクドナルドの前の交差点から、どこまで長くウィリーを続けられかの競争である。
これはケンがガードレールに足をぶつけて、踝にひびをいれたが勝った。

次は大学の前の歩道橋をトライアルバイクで渡るチャレンジだ。これは細かいテクニックの勝る健ブーが先にクリアして勝利した。

ケンは体も大きく体力のあるラガーマンタイプの男である。しかしバイクのセッティング等にはとても敏感でハンドルの高さが1ミリでも違えば、すぐに気が付くほどの感覚を持ち合わせていた。バイクの整備はいつの間にかクラブ一の実力になっていた。

一方、健太は、細身でブルース・リーのような体を持ち、運動神経のみでバイクをコントロールするタイプであった。従って多少のセッティングの違いに全然気づかない。
そしてセッティングの多少狂ったバイクに乗っても、レースの上位に食い込む力を持っていた。そんな2人は、仲のいい友達だった。
 
四国のバトル
ケンと健太は、今年の夏休み、バイト先である出版会社で、ある女の子と知り合った。仕事は図書の整理と少しばかりの事務処理である。
その子は、ケンと健太の大学の近くの女子大生だ。少し照れ屋で髪はストレート、ラングラーのブーツカットがよく似合う。歳のわりには幼くって可愛い子であった。
それに、何といっても彼女はバイクに乗るの。その条件だけでも二人にとっては100点満点だった。

そして、お盆休み入ると、ケンと健太は一緒にバイクツーリング、東京からここ四国へ向かった。その途中で、その子が好きである事を、お互いに打ち明けていた。
 
 お互いの思いを打ち明けた次の日、健太が、これから走る予定である峠道を地図で指し示しながら、ある提案をした。
「なあ、ケン、勝負しないか」
「なんで?」
「どっちが先に、彼女に声をかけるかって、どう?」
少し悩むがケンは答えた
「OK、やろう」
「勝負は3回、2回勝てば、勝ちだ」
「いいよ」
そして、ケンと健太の3本勝負は始まった。

二人のバトルは1勝1敗となり、勝負は最後の峠で決まることになった。
そして、そこで思いがけない事が起こった。バイク乗りには決して避けられない出来事、事故が起こったのだ。

長いバトルの末、前を走る健太は、最後のブラインドコーナに突入した。
その時おそらく勝利を確信しただろう。しかしコーナの立ち上がりを先に抜けた健太は、車線オーバーでコーナを走って来たベンツと正面衝突した。健太に続きコーナに入ったケンも続けてベンツに突っ込んだ。
健太は、内蔵破裂で即死し、ケンは両足を複雑骨折した。

その後、ケンはバイクを降りた。大学も2年間休み、そして退学した。
 
また2週間前のケン
その話を終えると、パジェロの外は、もうすでに暗くなっていた。
「で、ここがその事故の場所かな」 ケンが弓子に顔を向けた。
暗がりの中でもケンの目が潤んでいるのが弓子にはわかった。
ケンは車のウインドウを閉めた。

風の音が消え、二人の吐息だけが車内に響いた。
「健太さん、親友でしょう」 弓子はケンに訊いた。
「ただのバイク仲間さ」
「男の人って、馬鹿だよね」
ケンは、弓子の顔を見ず、道路に目を向けた。
***

そしてラーメン屋
「で、続きは!」
後ろから聞き覚えのする声がした。
「それで、弓子さんと結婚するの?」振り向くと斉藤くんだった。
「なんで、そこにいる」

第八話リンク、他



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