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書籍「新訳 弓と禅」について

この書籍は、オイゲン・ヘリゲル著「弓と禅」1948年と、その元になった講演「武士道的な弓道」1936年を一冊にした本です。さらに、師匠の阿波範士とヘリゲルの対話を通訳した小町谷操三氏の「ヘリゲル君と弓」、「旧版への訳者後記から」「新訳への訳者後記」も加わっていて、読み物として大変おもしろいものになっています。
ドイツ人の哲学者が日本に来て数年間、全身全霊で射る中で無心を体験することに弓道の奥義があると唱えた師について弓道を学ぶ中で、身体遣いが変わり、精神集中を強め、枝を深め、ついに無心の射を経験するまでの過程を整理して著した書となっています。
スティーブ・ジョブズが「弓と禅」から多大な影響を受けていたと言われていて、この本をさらに有名にさせました。

オイゲン・ヘリゲルについて

1924年、東北帝国大学に招かれて哲学を教えるべく来日しました。日本文化の真髄を理解することを欲し、弓道を学ぶため、阿波研造に入門したのは1926年頃と言われています。
1926年は、大正15年であり、昭和元年にもなった年。100年近く前、何か近づくことが出来ないように思われる東洋人の経験を、西洋人が実際に体験した弓道の稽古を通して表現されています。
禅を学ぶために弓道を習い始めたのですが、日本での学びの形はドイツのそれとは全く異なり、迷いながら課題を解決し、徐々に禅の真髄に迫っていく様子が「弓と禅」に書かれています。

100年前の西洋から見た弓道と禅

「弓と禅」には以下のような記述があります。

日本人は、弓道を一種の「スポーツ」ではなく、さしあたって不思議に聞こえるかも知れませんが、徹頭徹尾「精神的な」ものとして理解しています。それ故、日本人は、弓道の「道」を、主に肉体的な訓練によって、的に「中てる」ことが標準となる、誰でもが多少なりとも出来るようなスポーツ的な能力ではなく、その根源は純粋に精神的な修練を追求する能力であり、その目標は精神的に中てることにあり、その結果、射手は結局のところ自己自身を狙い、そのことによって、自己自身を射中てることに達する能力である、と解しているのです。

禅につながる弓道を「方法的に修練された自己沈潜によって、魂の最も深い根底に、名付けようもない底がないものを意識しながら、それと一つになるところへの導かれる途をとる」と捉えていたようです。

ヘリゲルと阿波師匠

師匠である阿波研造から、ヘリゲルはいくつかの教えを受けています。印象に残るものとしては以下がありました。

弓道はスポーツではありません。したがって、あなたの筋肉を発達させるようなことは何もしません。あなたは、腕の力によって弓を引っ張らず、弓を『精神的』に引くことを学ばねばなりません
あなたの一番の欠点は、まさにあなたがそのように立派な『意思』を持っていることです。あなたは、矢がちょうどよい時だと『感じ』『考え』た時に、矢をすばやく射離そうと『意欲』され、意図的に右手を開いています。つまりそのことを意識しています。あなたは無心であることを学ばねばなりません。射が自然に離れるまで、待たなければなりません。

破門事件

稽古を始めて3年目に入った時、破門事件がありました。行き詰まったヘリゲルは、技巧的に「離れ」をしようとしました。その取り組みは上手くいったかと思ったのですが、師匠には見破られてしまいました。
師は無言でヘリゲルの方へ来て、ゆっくりと手から弓を取り上げて、弓を片隅に置かれました。師は黙って座布団の上に座り、あたかも一人であるかのようにあてどなく見ていたそうです。このことが何を意味するかが分かったので、ヘリゲルはその場を立ち去ることになりました。
このようなことがありつつも、稽古を始めてから5年目に、師から審査を受けるべきだと告げられ、立派に審査に合格して、免状を授けられました。

無心とは何か

「弓と禅」を読み終わった後でも、無心がいかなることなのか、なかなか分かりません。
ですが、西洋からきたヘリゲルが、師の阿波研造の導きにより無心にいかに開かれてきたのか、その詳細を自らの体験を通して語っていることに説得力があります。途中は思弁的で、経験によらず、思考や論理にのみ基づいている様子がうかがえるのも体験の信憑性を増しているように思いました。

私自身は瞑想には興味があって、大病をした時の入院中には本を読みながら独学で試してみたことがあります。その後、マインドフルネスを入り口にしてさらなる興味を持つようになり、不定期に瞑想をするようになってはきました。しかし、生活の中に定着しているというレベルでもなく、無心の境地などとはほど遠いと感じています。これから弓道を始めることもないと思いますが、ヘリゲルが述べている経験には迫ってみたいものです。

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