『ミステリと言う勿れ』 で話題になった「どうして”闘病”って言うんだろう」を学術的に考察する
ドラマ『ミステリと言う勿れ』で話題になったシーン
現在、菅田将暉さん主演で放映中のドラマで、ある場面のセリフが話題になったそうです。
僕はドラマをまだ見ていなくて(録画はしている)、原作になったマンガは読んでいます。娘の影響で読み始めましたが、かなり面白いです。録りためているドラマも早く見てみたいと思っていたところでした。
インターネットで話題になっていたのは、おそらく、このセリフの辺りの場面なのだと思います。
これは主人公の久能整(くのうととのう)の言葉です。土手から落ちて入院した病院で、同じ病室の隣のベッドにいた元刑事の老人・牛田悟郎との会話です。牛田は、自分の死期を悟っていました。牛田が「長い闘病生活の末…」と話したことを受けてのセリフでした。
このやり取りに多くの視聴者が反応したようです。記事中では、「確かに」「考えたことなかった」など立ち止まり考えをめぐらす視聴者の声が多く見られた。と書かれています。
がんを罹患した当事者として考える「闘病」という言葉
僕もかつては、がんの罹患者として外科手術を受け、抗がん剤の治療をしていました。その頃にTwitterで日々のことを書いていたのですが、「がん闘病記」とタイトルをつけていました。2010年の頃です。
2011年に社会復帰した後も、しばらくは「闘病」という言葉に疑念を抱くこともありませんでした。
しかし、ある場所でがんを体験したことについての講演をしていたとき、何の気なしに「闘病」という言葉を使っていたのですが、ある人から「なぜ闘病と言うのですか?勝ち負けがあるのですか?」と質問をされたことがありました。
それまで、深く考えたこともなかったので、上手く回答できなかったような気がします。そして、この質問は、その後に「闘病」という言葉について考えさせられる出来事となりました。
「闘病」についての学術的な考察
「闘病」とは何なのか、を学術的に考察されていた本がありました。日本における「闘病記」についての研究した博士論文「闘病記の社会学的研究ーがん闘病記を中心に」(2010年3月)をもとに書籍化されたものです。研究対象となっている闘病記は、がんの闘病記になっています。
「闘病記」について深く掘り下げるためには、「闘病」という概念について触れないわけにはいきません。
どうやら、「闘病記」においては、すべてが「病と闘う」という意識で書かれているわけではなさそうです。
そしてそれは、2000年代以降に「闘う」から「共存・共栄」へ、「かわいそうで気の毒なもの」から「生きる力を与える力強いもの」への変化があったと書かれています。
日本における「闘病」という言葉
「闘病」という言葉はいつ誕生したのでしょうか。そもそも、近代医療になるまでは、「病気と闘う」という意識は稀薄だったそうです。
はじめて「闘病」という言葉が使われたのは大正時代の1926年と考えられています。当時の人気探偵小説家でもあり、医学博士でもあった小酒井不木が『闘病術』を出版しました。小酒井は10年来の結核患者でもありました。
「闘病」という言葉の普及
小酒井不木の著書『闘病術』が日本に「闘病」という言葉を普及させていったと考えられます。
三大新聞で『闘病術』が大きく掲載されていたことがわかります。日本でラジオ放送がはじまったのが1925年のことだったので、新聞は、今と比べ物にならないぐらい日本社会に大きな影響を与えるメディアだったのだと思います。
新聞に初めて掲載されて数ヶ月後には増刷27版にまでなっていることがわかります。短期間で「闘病」という言葉が日本に広まっていった様子が伺えます。
現在における「闘病」とは何か
社会の変化の中で言葉が生まれ、時代とともに意味合いも変わってきています。それでもなお、「闘う」という意識がまだ強い方もいらっしゃいます。
『ミステリと言う勿れ』に登場した元刑事の老人・牛田悟郎は、主人公の久能整にこんなことを言っています。
僕ががんの告知をされて治療を開始したのは、12年も前のことです。告知をされたときにすぐに思ったことは「まだ死ねないな」でした。当時3歳だった娘を残して、この世からいなくなるわけにはいかないと思ったのです。
病気は勝ち負けじゃないと言われればその通りですが、生き残る以外の選択肢を考えることなく立ち向かっていた当時の心境は、闘うという意識の「闘病」だったのだと思います。
ですが、様々な受け止め方があるということを知った今では、もしも再発をして日々の記録を書くことになったとしても、闘病記というタイトルはつけないような気もします。
そうだとしても、基本的な考え方は、「あなたはあなた。わたしはわたし」です。言葉狩りに走ることなく、押しつけるのでもなく、多様な考え方があることをそれぞれ受け入れられる社会であってほしいと思っています。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?