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感想『昨日星を探した言い訳』

 待ちに待った河野裕先生の最新作、『昨日星を探した言い訳』を読了しました。
 今回の最新作はカドブンでも連載されていましたが、一気に終わりまで読みたかったので、単行本化を待っていました。
 シリーズものではなく一本完結だったためすんなり読みきれましたが、読み終わった後に残った感情が多岐へ亘ったので、少し感想を綴ろうと思います。
 本来は三ヶ月ほど前に読み終え、感想を綴り終えていたのですが、短編の後編を書き終えた今のタイミングだからこそ、投稿しようという気になりました。

 二人の主人公である坂口孝文と茅森良子の関係は恋だったのかもしれないけれど、その中に正義だとか意地だとかが、ない混ぜになっているからこそ成り立っているのだと思いました。だからこそ、恋愛という一つの言葉で関係を括ってしまうのは勿体ない気がしました。
 互いの考えを理解し合えるからこそ傷つけあいたくない、裏切りたくないという矛盾をこれでもかと追求した作品ではありましたが、河野先生が描く少年少女はキャラクターの在り方が違えど、根本は同じ理想で出来ていると思い知らされました。
 誰もが大人になる過程で捨ててしまうような大切な感情を、この作品の主人公たちは持ち続けようとする、あまつさえ拾おうとする言動は、幾度となく心に刺さりました。
 今回の物語には、僕が好きな台詞や言葉が沢山あり過ぎて、どの会話が特に良かったか選ぶのはとても難しかったのですが、お気に入りだった地の文を一部、引用させていただきました。

 昨日伝わらなくても今日、今日伝わらなくても明日。私たちは、互いを理解することを、放棄しない自信がある。
(本文 三一二頁)

 今回の作品は特に、正しさと幸せを大切に扱っている場面が多いと感じましたが、作品の中で正しさも幸せも追求するのは、本当に難しいことです。読んでいる人も書いている人も、それぞれの価値観や信念があり、理想があるはずです。
 『階段島シリーズ』の七草と真辺、そして今回の主人公である坂口と茅森に関しては、『未来』の幸せではなく、『今』に幸せを見出しているんじゃないかな、と考えています。
 個人差はあるはずですが、大人になって恋をして、大切な人と家族になって健やかに長く生きる…ということが多くの人が思い描く幸せのイメージなのかもしれません。
 けれども、河野先生が描く主人公達の求めている幸せは、『今、君と分かり合いたい』『今、君と話をしていたい』というお互いの想いが通じ合うことではないでしょうか。
 大人から見ればちっぽけな、それでも少年少女にとっては綺麗で脆く、儚い理想だからこそ、お互いに理解し合いたい坂口と茅森に魅力を感じられるのだと思います。

 僕個人としても、別に未来へ幸せを求めていません。人生で一度だけですが、互いに理解し合える人と出会えたことが、唯一幸せだと思っています。
 坂口や茅森のような理想を追い続けたいから、これまでもこれからも、物語を読んだり書いたりするのを辞めることはないです。
 また理想の『今』を追い求める少年少女と出会えるかは分かりませんが、河野先生の次作も心待ちにしたいと思います。

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