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言の葉ひらひら

2022年のクリスマスに、一年後の私宛に手紙を書きました。
一年前に書いた内容でも覚えていないもので、2023年の私はまるで誰かからもらった手紙のように新鮮な気持ちで読みました。

未来の自分に手紙を書くのは、実はこの時が初めてではありません。
私は昔から「来年の私へ」とか「〇年後の私へ」という手紙をたくさん書いてきました。
封筒にそう書いたら机の引き出しの奥にしまって、開封の時期だけを頭にインプットさせてから一旦その存在を忘れるように努力します。
そうすると不思議なもので、途中で見てみたいと思うことは一度もなく、書いた内容だけきれいに忘れて過ごすことができるのです。
 
先日机周りを整理していたら、「2015年の私へ」という手紙が出てきました。
差出人は、2010年の私でした。
当時聞いていたラジオの企画で「タイムカプセル」をしていたらしく、それに乗っかって手紙を書いた、と書かれていました。
手紙を読んでみると、当時のことがぶわぁっと思い出されて、まるで14年も前のあの日にタイムスリップしたようでした。

「今日は日曜日。ぐっすり眠って7時半に起きた。昨日の夜、ぐっすり眠るためのハーブの入浴剤を使ったからか、暖かいパジャマで寝たせいか、とても良く眠れたし、スッキリと目が覚めた気がする。早起きをして、部屋やキッチンを掃除したり、洗濯をしたり、布団を干したり。それでもまだ10時。」

こんな文章で始まった手紙。
両手いっぱいに抱き締めてもあふれてしまいそうなくらいの幸せな気持ちが蘇ってきました。
こんなにも気持ち良い時間を過ごしていたことに、2024年の私もうらやましいと思ってしまうほどです。
あの時の私も今の私も、大切にしているものは変わっていないと安心しました。
だから、これを最初に読んだ2015年の私も同じことを感じたはず。
 
さらに読み進めていくと、願い事とともに将来への不安や現状の辛さも一緒に書かれていました。
願い事は二つ。
一つ目の「この穏やかな時間がずっと続きますように」という願いは、2015年でも2024年でもまだ続いてるよ、と心の中で伝えました。
二つ目は、「どうか自分の思うように生きていてほしい」ということ。
これは、まだ完全ではないので叶ったとは言い難い状態です。
ただ、手紙には「『自分の思うように』が何なのか、自分のことなのに全然分からない」と書かれています。
確かに2010年の私は何を選択して生きたいのか分からず、暗闇の中にいました。
夢や意思は持っていても、今よりもっと強い思い込みと、「こうでなければいけない」に囚われていたせいで自由な選択ができませんでした。
そんな狭い枠の中で一生懸命もがいて悩んでいた私が、ようやく自由に生きていいんだ、と思えるようになってからは、完全形ではなくとも、その時点での自分が思うように生きられるようになりました。
だから、この願いはある意味では叶っているのだと思います。
 
そして、手紙に書かれている将来への不安と現状の辛さからは抜け出せていることを知りました。
あの頃は精神的にも結構辛かったな、と思い出し、よく頑張ってるね、と2010年の私に声をかけてあげました。
今でも不安や辛いことはあるけれど、あの頃と比べると悩みの種類が変わったように思います。
ほんの少しだけでも成長していたと実感できたことは、今の私にとって心の収穫になりました。

2010年の私は、5年後の私でさえどこでどう生きているかまったく想像もできなかったし、実際2015年は予想をしていなかった場所で生きていました。
さらに2024年の私が何をしているかなんて、考えたこともなかったように思います。
2010年から想像する2024年は遥かに遠すぎて非現実的にも思えるのだから仕方ありません。
2024年から振り返ってみると少し前のことなのに。


せっかく見付けたこの手紙。
私はこの手紙を同封して、さらに「5年後の私へ」宛てて手紙を書くことにしました。
私の今の幸せな気持ちと考えていることを書いたので、それを読んだ2029年の私が何を思うのか、今から楽しみです。


それでは、皆さま、良い夢を。


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