プリンセス・クルセイド #6 【悪意の足音】 6
「凄い……」
アンバーは無意識のうちに息を飲んでいた。手元の水晶玉には剣を鞘に収めるイキシアの姿が映っている。
「一瞬で決着が付いてしまったな。勝負というものは得てしてそういうものだが……」
隣で同じ様に水晶を覗きこんでいたメノウが、水晶を剣の柄頭に当てて消滅させる。
「いずれにしても、イキシア王女には物足りない相手だった。まるで格が違う」
「そういえば、メノウさん」
アンバーは自分も水晶を剣にしまいながら、メノウに話しかけた。
「メノウさんって、お城で働いてる方なんですか?」
「……何故そう思う?」
メノウは質問を質問で返した。片眉を吊り上げ、怪訝な表情を見せるが、視線はわずかに宙を泳ぐ。アンバーの目には彼女の動揺が見てとれた。
「いえ、その……プリンセス・クルセイドとか、魔法の杖のこととか……よく知っているようなので……何かしらの関係者の方かなと……」
確信めいた感覚がありながらも、アンバーははっきりとは疑問を口にできなかった。彼女の何か触れてはいけない部分に触れてしまうような気がしていた。
「……そうだな。それくらいのことなら話してもいいだろう」
メノウの言葉はやはり歯切れの悪いものだったが、答えを拒絶されたわけではなかった。アンバーはそう判断し、質問を続けることにした。
「お城で何をなさっているんですか? ガーネットさんと同じように騎士ですか?」
「……厨房で働いているんだ。だから、その……」
メノウはバツの悪そうな表情を作った。
「王子と結婚して王妃になれば、これ以上の幸せはないと思ってな。だが、君の事情を知って考えが変わった。少なくとも、私は勝ち上がるべきじゃない」
「……そうですか」
メノウの答えはいかにも取って付けたようで、アンバーには納得しきれなかった。しかし、今のアンバーにはそれ以上追及する勇気も資格も無かった。
「私も似たようなものですよ。魔法の杖で父を助けるためだけに闘っているんですから」
アンバーはそう言って俯いた。頭では分かっていたが、やはり口に出してみると、自分の闘う理由はメノウの真偽不明なそれよりも遥かに不純なものに思えた。
「メノウさんやイキシアみたいに王子と結婚したくて闘い始めたんじゃないですから。それってやっぱり、プリンセス・クルセイドにふさわしくないですよ」
「……それは違うな、アンバー」
メノウはそう言って、下を向くアンバーの肩に手を置いた。アンバーはその手の温もりを強く感じた。
「君の願いが本物なら、闘う理由や他人の思惑……そんなものは全部どうでもいい。人は皆、心に秘めるひと振りの剣に誓って人生を歩んでいくのだから」
メノウの声は穏やかで、それでいて決然たる意志に満ちていた。
「メノウさん……」
アンバーはメノウを見上げた。イキシアと同じ言葉を口にしたことは、彼女の嘘を裏付けていた。しかし同時に、その優しい笑顔が信頼に足る人物だということを証明してもいた。
「……おやおや、お嬢ちゃんたち。随分とお熱いねえ」
突然聞き覚えのある声を聞き、アンバーは身を固くした。その冷たい口調の主は、視線を向けずとも彼女には分かり切っていた。
「……ジェダイト。まさかお前のほうから来るとはな。ちょうどいい、ここでお前を倒してすべてを終わらせてやる」
メノウが立ちあがって聖剣を抜き、凄みのある声でジェダイトを威嚇する間に、アンバーは視線をメノウと同じ方向に向けた。その先に佇むのは、妖艶な体つきをした黒髪で黄色い目の女性。アンバーの父を水晶体に封じ込めた宿敵の姿がそこにあった。
「アンタも随分と威勢の良いことだね。そこのおチビちゃんに救われてなかったら、今頃アタシの手で地獄に行ってたはずなのにさ」
「黙れ、ジェダイト」
メノウの剣を握る手に力が込められた。その視線はジェダイトの黄色く光る眼に突き刺さっている。
「おっかないねえ。でも、そんなにやる気ならさ……」
ジェダイトは余裕綽々の表情で呟くと、己も聖剣のレイピアを引き抜き、大仰に両手を広げて見せた。
「ひとつ勝負といこうじゃないか。ただし、アンタの相手はアタシじゃなくて……」
その一連の仕草を合図とするかのように、ジェダイトの背後から女性が飛び出した。
「この私よ、メノウ!」
青い髪をしたその女性は叫びながらジェダイトを飛び越え、そのままメノウに踊りかかった。その手に握られた聖剣と、咄嗟に身を守ろうとしたメノウの聖剣とがかち合い、両者の間に光が生まれた。
「ジェダイト、先に行ってるわよ!」
「上手くやりなよ、アレクサンドラ」
メノウと斬り結んだ青い髪の女性はジェダイトを振り返って笑い、ジェダイトもそれに応えるように頷いた。
「アンバー、私のことは心配するな! とにかく君は……」
「メノウさん!」
メノウの姿は、最後の言葉を言い終わらないうちに光に呑み込まれていった。後に残されたアンバーの叫びは届くことなく、ただ通りに響き渡った。一連の流れを見ていた往来の人々は足を止めたが、ジェダイトに一瞥されると、その殺気に圧されてふたりに近づくことは敵わなかった。
「……さあ、アタシ達も勝負と行こうか?」
「……」
挑発するように微笑むジェダイトに向かって、アンバーは無言で斬りかかった。それが彼女にできる、この場で唯一の抵抗だった。そして応戦したジェダイトと切り結び、両者の姿は光に包まれて消えていった。
#6 【悪意の足音】完
次回 #7 【ココロの試練】
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