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【書評】黒い蛇はどこへ

【過去の投稿です】

●中河伸俊著『黒い蛇はどこへ? 名曲の歌詞から入るブルースの世界』<トゥーヴァージンズ>(21)

昔に比べると、ある程度深堀りした情報までたやすく得られる時代。どのジャンルでもそうだろうが「解説本」にはより鋭い切り口が求められているのではないだろうか。

本書の切り口は歌詞/訳詞である。対象はブルース。音盤への収録前から考えると100年以上の歴史を持つ音楽遺産だが、メジャー扱いされている音楽とは言い難い。それだけに熱狂的ファンも多くいる。時には固陋化した考えも見られるが、もちろん多くのファンは、共有財産として「ブルースの喜び」を知っており、同好の士と交流しながらも各々のモノサシで楽しんでいる。つまり「解かっている」人が多いし「解ろうとする人」も多いのだ。

こういう世界だからこそ、新たな喜びを呼び起こすような「切り口」は難しい。だが、この本は見事な切り口で展開するだけでなく、読む者の心を切り開くような痛快さがある。そもそも、私もそうだが、ブルースの歌詞は多くの人がその意味合いを掴み切れず悶々としている。たとえ英語が理解できるとしても、ブルースの場合、詩情だけでなく、ネイティブな言葉遣いやダブル・ミーニング、さらに背景となる時代や黒人文化に精通しなければ真の理解には至らない。

著者は、英語に堪能なだけでなく、社会学者として広範囲に亘る分析と理論展開(ポイントを解りやすく)、黒人音楽マニアとしての豊富な知識を駆使されている。代表的な曲をリストアップし、ブルースを特徴づける要素を章立てし、表現の解釈はもちろん、演者、作詞者、関係者を通して、音楽としてのブルースから、感情表現としてのブルースまで丹念に語られている。事実は事実、推測は推測と明言する著者の姿勢も信用に値する。

ブルースを通して書かれている本書は、人間讃歌とも言える。ピュアな部分もだらしない部分もリアルに伝わるのがブルース。性愛を抜きにしても素っ裸が似合う音楽、それがブルースだ。ユーモア感覚やシニカルな姿勢も持っておられる著者だからこそ描けた世界だろう。

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