可処分時間を上書きするエンタメ。Spotifyは新たな音楽との出会いを創る
こんにちは!メルカリでPMをしているKonosuke Nakajimaです。
前回Netflixについてのnoteを書きましたが、今日はエンタメ企業第二弾としてSpotifyについて書きました。
これまでは、いつも知っている曲ばかりを聴いていましたが、Spotifyが登場してから新たな音楽に出会い、感動する体験がすごく増えました。そんなSpotifyについてまとめたいという想いに駆られ、筆を取りました。
想定読者はテクノロジー企業やエンタメのプロダクトに興味がある方、音楽ストリーミングアプリどれにしようかなと悩んでいる方などです。
(当方Spotify社とは全く関係ありません笑)
▼Spotify(スポティファイ)とは
2006年夏に音楽ストリーミングアプリとして、スウェーデンで創業されたSpotify。2008年10月にサービス開始後、ヨーロッパを中心にユーザーを獲得してきました。
2019年10月時点では世界79カ国でサービスを展開しています。
日本には2016年9月に上陸しそこから着実にユーザー数を伸ばしています。
時価総額は3兆円、株価は2018年4月の上場後から株価はやや不調が続いています。
2019年11月時点で、世界全体MAUは2.48億人になっています。日本単体の会員数等の開示はなく不明です。(詳細は下記の決算まわりで記載します)
現在Spotify上での配信曲数は5000万曲以上、プレイリスト数は30億以上創られており、ユーザーにとっての魅力は増え続けています。
最近、Spotify上の2019年の音楽シーンを振り返るランキング発表もありましたね。(ワンオク大ファンとしては最高の結果でした☼)
▼Spotify創業の背景。違法ダウンロードとの戦い
Spotifyがそもそもなぜ創業されたのか?という背景には音楽業界の変遷が強く影響しています。
トーマス・エジソンが世界初のメジャーレーベルを立ち上げて以来、コピーこそが音楽レコード産業のビジネスモデルでした。スタジオでアーティストが演奏し、エンジニアがこれを録音し、マスター音源を創る。これをレコードやCDにコピーして店頭で販売してきました。
ただインターネットの普及がこの技術を万人のものとし、それゆえ海賊版アプリ(MusicFMなど)が大量に発生しました (Napster登場の1999年を境に世界のレコード産業は40%の売上を消失)。
そこからiTunesの登場により、ショップと流通を不要にしましたが、違法ダウンロードの撲滅にはつながらず。
これまでCDやダウンロードで売り上げていたアーティストたちが、海賊版アプリの登場によってCDが買われなくなり、どんどん売上が減っていっていました。
当時の、全世界でダウンロードされている音楽のうち合法なのはわずか5%。
iTunesは音楽を救えない。それがはっきりした瞬間でした。
世界の音楽をいつでも自由に合法的に楽しめ、かつアーティストや権利保持者に対価が支払われるサービスモデルを構築すべくSpotifyは創業されました。
フリーミアムモデル、レコメンドとパーソナライゼーション、UXの改善などによって違法音楽アプリは大幅に減少。
Spotifyをはじめ、各音楽ストリーミングアプリによりアーティストへの売上は改善し始めています。そして2014年まで下がり続けていた音楽産業全体の売上も2017→2018年はYoY9.8%増。ストリーミング単体だと平均YoY148%のペースで上昇してきています。
Spotifyの登場が、ストリーミングという新しいビジネスモデルが、音楽業界V字回復の大躍進を担う形となっています。
▼自分の好きに気づかせてくれる"レコメンド"と"パーソナライゼーション"
Spotifyは、"Spotify Radio Playlists"、"Discover Weekly"、"Daily Mix"、"Release Radar"などから、自分の好きそうな曲をおすすめしてくれます(詳細は割愛🙏)。これまで知らなかった新たな曲との出会いの創造が、Spotifyの大きな価値の一つです。
2018年はこのレコメンド機能を強化するべく、人工知能や機械学習の開発など研究開発に約600億円費やし、社員数も5年で13倍に急拡大しています。
一般的に用いられるレコメンドエンジンは、協調フィルタリングと呼ばれる「これを聴いた人はこれも聴いています」というように、他のユーザーの視聴履歴を参考にして選び出されることが多いです(amazonみたいに)。
しかしこの方法だと選び出されるのは視聴回数が多い人気曲が中心になってしまいます。それゆえニッチなジャンルや無名なアーティストの楽曲は選び出されることは少ない。
そこでSpotifyは協調フィルタリングの手法に加え、楽曲のメタデータやオーディオそれ自体を深層学習し、それをもとにレコメンド / パーソナライズする仕組みが採用されています。
acousticness(アコースティック感)、danceabillty(踊りやすさ)、energy(曲の過激さ)、instrumentalness(インストゥルメンタルさ)、liveness(ライブっぽさ)、speechiness(スピーチ感)、valence(ポジティブさ)、duration_ms(楽曲の長さ)、key(楽曲のキー)、loudness(音量・音圧)、tempo(曲の速さ)、time_signature(拍子)、などを楽曲の中から抽出し、活用しています。
加えて、メタデータとオーディオの深層学習だけでなく自然言語処理(NLP)によるブログやSNSの投稿/コメント、歌詞の言語解析等も行っています。
▼音楽とのあらゆる出会い方を創る"プレイリスト"
また、Spotifyの大きな魅力として"プレイリスト"があります。
プレイリストには大きく3種類あり、ひとつは「New Release」や「R&B」、「J-Pop」など、コンテンツ軸のプレイリスト。もうひとつは「通勤時に聴く音楽」や「夜寝るときに聴く音楽」といったシーンに応じて聴く、コンテキスト軸のプレイリスト。またそれらを組み合わせた、「寝る前に聴くJ-Rock」といったハイブリッドプレイリスト。それぞれの割合は以下の図のようになっています。
またSpotify全体での視聴では、68%以上がプレイリストで行われています。
プレイリストは、ユーザー自身も創ることができますし、Personalized Playlistと呼ばれる、どんな曲を聞いたか、検索したかなどの利用履歴や聴取傾向に基づき、AIのアルゴリズムによって作られるプレイリスト、Spotify社内の音楽エディターが作成する・Curated Playlistなどもあります。
このCurated Playlistは最新ヒット曲やジャンル別のプレイリストに加え、時間帯や天候、生活シーン、ライフスタイルをテーマにした「ムード系」プレイリストなどを創っています。
何を聴いていいかわからないけれど、今の気分や状況にマッチする音楽を聴きたいという時にぴったりです。
かつ視聴データに基づき常にプレイリストの中は更新されています。
(プレイリストによっては1日に6回以上更新されるものも。)
日々更新されていくプレイリストの中には1,900万人以上のフォロワーがいるものもあり、もはやメディアと化しています。
(アーティストがお金を支払い、特定のプレイリストに入れてもらうケースも増えてきました)
Spotifyには “コラボプレイリスト”という、他のユーザーとプレイリストを共作・共有できる機能もあります。
これは例えば、一緒に旅行に行く時にプレイリスト第一弾を創る。
また次の旅行に行く時にプレイリスト第2弾を作る。そうして、友人や恋人などと一緒にプレイリストを創り、一緒に歴史を創っていくことも可能です。
▼無料会員からもマネタイズ。音楽業界を変えたビジネスモデル
2019年11月現在Spotifyの有料会員は1.13億人、無料会員は1.41億人います。Spotifyが特徴的なのは、有料会員からの月額料金だけでなく、無料会員からもしっかりとマネタイズしているという点です。
Spotify無料会員には、曲と曲の間に時折、音声広告が入ります。この音声広告による売上が2017年には500億円、2018年に648億円とYoY129%で成長しています。
また売上の伸びに加えて、売上にかかっている原価の伸びが減少しており、収益性がどんどん高まっているビジネスであることが分かります。
(粗利ベースでの黒字も間近です)
通常フリーミアムの場合、無料会員からは十分なマネタイズが出来ずに、無料会員が増えれば増えるほどコストが増す傾向にあるのですが、Spotifyの場合は無料会員がずっと無料会員のままでいたとしても、アクティブに音楽を聴き続けてくれている限りどんどんマネタイズが出来ていく仕組みが構築されています。
音声広告を出稿する企業としては、聴取データを分析し、どのタイミングで誰に対してメッセージを届けたいのかを細かくターゲティングして、ユーザーとブランドコミュニケーションをとることが可能です。
どんなモーメントでユーザーが音楽を聞いているかを類推し、日常の活動、習慣、気分、季節的なイベントなどの狙いたいモーメントに沿った音楽を楽しんでいるユーザーにリーチすることができます。例えば、スポーツブランドが、Spotifyユーザーかつスポーツに関心の高い層を狙いたいという場合には、プレイリストスポーツカテゴリターゲティングを使用する、といった具合です。
また、無料であるからこそ、違法音楽アプリからSpotifyへと人が流れてきました。
▼"Two-Sided Marketplace". アーティストに収益機会の最大化機能を提供
ユーザーが創るプレイリストやSpotifyが創るプレイリストは、ユーザーだけでなくアーティストにとってもすごく重要であり、Spotifyは"Spotify for Artists"というアーティスト側へのプラットフォームも提供しています。
これはアーティストの知名度の向上を含めた収益機会の最大化を可能にするものです。
Spotify上で音楽を配信しているアーティストには、有名なアーティストからインディーズでデビューしたばかりの新人までいますが、彼らは自身のリスナーの年齢、性別、居住地域などの属性、他にどんなアーティストを好んで聴いているかといった情報を把握することができます。
イギリスのColdplayというアーティストは世界ツアーをする時に、「Spotify for Artists」のデータをもとに、どこの国でどんな曲がよく聞かれているのかチェックしています。各地でライブを開催する時に、その都市での聴取傾向を参照しセットリストを変更しているそうです。
この機能により、例えば、これまでどれぐらいの人数が埋まるかわからないため、東京や大阪などの都市でしか開催できなかったライブも、ファンが多いことが分かれば地方でのライブ開催も可能になってくるかもしれません。
アーティスト向けに提供されるこのSpority for Artistsは、月間46.5万を超えるアーティストから利用されており、YoY365%もの拡大。すでに全体の8割のアーティストが利用しているそうです。
▼プロダクト成長の礎。Spotifyの開発組織と企業文化
レコメンドやプレイリストだけでなく、全体のUIやUXの改善をハイスピードで行い、グロースさせているのは、開発組織と企業文化によるところが大きいです。
主に大規模アジャイル開発向けとして知られる、Spotifyの開発組織は、"Spotifyモデル"とも呼ばれています。
10年ちょっとでここまで成長し、かつ今も加速し続けているSpotifyの、組織構造や、企業文化・思想について、詳細は以下のMidiumに詳しくまとめられています。
▼黒字化を達成。決算からSpotifyの強さを見る
決算からも、Spotifyの価値が世界に受け入れられていることが分かります。
2019年3Qの売上は2,162億円、YoYは28%でした。
2019年3Qの営業利益は75億円。2018年4Qぶり、2度目の黒字化達成となりました。ただ営業利益率3.53%は苦しいですね...(レーベルやアーティストへの収益による配分)
有料会員MAUと無料会員MAUはそれぞれ1.13億人と1.41億人。世界全体で2.54億人が毎月利用するAppとなっています。
またMAUのうち44%が毎日Spotifyを聴いているという驚異的なAppでもあり、他の音楽ストリーミングサービスに比べて男性比率が高く、34歳以下で54%を占めています。
また無料会員が有料会員に変わるコンバージョンレートを他社サービスと比較するとSpotifyが圧倒的に優れていることがわかります。(10%でもすごい)
ARPUは徐々に下がっていましたが、直近は落ち着いてきました。下がっていたのは学生割引や無料3ヶ月キャンペーンなど実施、海外で低単価の展開などによるところが大きいです。
ただ利益率向上のためには有料会員ARPUをもう少し上げていきたいですね。
営業キャッシュフローについては、かなり改善されてきており、直近の2年で2倍以上に。375億円程度のプラスとなっています。
またチャーンレートについて。売上や会員数があれだけ伸びているのに、チャーンレートが下がっているのはかなり良い傾向だと思います。(少し古い数値ですが)
さいごに。音楽ストリーミングサービスのNPS比較をしたグラフです。
Spotifyが他のどのサービスよりも圧倒的に満足度が高いことが分かります。
▼Spotifyは可処分時間を上書きして、感動体験を届ける
音楽というエンターテインメントは、可処分時間の奪い合いとは別軸で戦えるのではと個人的には思っています。
通勤中、料理中、運動中、、、何かをしながら一緒に音楽を聴く。
映画やテーマパークのようなエンタメと可処分時間で戦うのではなく、
可処分時間を上書きして、感動体験を提供しうる可能性を秘めています。
Spotifyは、好きなアーティストのCDを買ったり、iTunesからダウンロードしていた頃とは全く異なる音楽の聴き方を創り出しました。
より音楽が身近になり、聴けば聴くほどその魅力は増していきます。
これまで全く知らなかった、知ることがなかったかもしれないアーティストや楽曲にSpotifyを通じて出会う。
辛い時に聴くと元気が出る。
楽しい時に聴くとより幸せになる。
そのアーティストの色んな曲を聴いてどんどん好きになる。
ライブに足を運んでみる。
そのライブの体験に心を揺さぶられ、"一生大好きなアーティスト"になる。
そんな経験があるかもしれません。
Spotifyが創り出しているのは、無料で色んな音楽を聴ける体験ではなく、これまで出会うことのなかった音楽とめぐり合わせ、感動体験を創ることだと思います。
これからもあらゆる可処分時間の中に、音楽を、新しい曲との出会いを、
Spotifyは上書きして、感動させてくれるのではないでしょうか。
# 音楽さえあればいい
その他にも色々とありましたが、今回も長くなったのでこの辺で..!
今後もっとnote書く頻度上げていきます...!
▼参照
・Get Audio Features for Several Tracks
・IFPI Global Music Report 2019
・Jimmy Iovine slams free music services, talks exclusivity deals in new interview
・Freemium Conversion Rate: Why Spotify Destroys Dropbox by 667%
・Spotify Says 1 out of 2 ‘Engaged’ Free Users Convert to Premium
・Our Spotify Cheat Sheet: 4 Ways to Find Your Next Favorite Song
・Spotify Technology S.A. Announces Financial Results for Third Quarter 2019
・Spotify Usage and Revenue Statistics (2019)
・Understanding Spotify:Making Music Through Innovation
・Spotify: The Rise of the Contextual Playlist
・Vetro index Streaming Music
・How Spotify Recommends Your New Favorite Artist
・Spotify Teardown: Inside the Black Box of Streaming Music
ではまたよろしくお願いします🙏
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