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「インタビューって、なんだろう?(前編) 」このひより座談会Vol.1 #このひだより

インタビューギフト『このひより』として、さまざまな記憶・思い出を文章にして残してきたこの3年間。人の内側にある思い、発せられる言葉に向き合ってきた私たちですが、プロジェクトを進めるなかで「インタビュー」そのものについて考えたことってなかったかもしれません。

『このひより』は、誰かの大切な記憶について伺っていく時間を、とても大切にしています。この形になったのは、私たちがインタビューという行為そのものに魅了され、実はなにか大きな可能性があるのではと信じているからだと思うのです。

一緒に文章を紡ぐ仲間だからこそ、話せること、話したいこと。3人それぞれの視点が飛び出しながら、ふんわりとしていた考えをちょっとずつ言葉にしていきます。私たちにとってインタビューって、なんだろう?

【このひより】
一緒につくる、インタビューギフト『このひより』。大切な人の忘れたくない記憶を言葉にし、本として贈るサービスです。ライターや編集者を中心とした仲間3人で活動しています。


インタビューされたこと、ありますか?

染谷:まず、この座談会で2人に聞いてみたいことがありました。『このひより』の活動だけでなく、普段から仕事でインタビューをする側になることが多いと思うんだけど、2人は自分自身が「インタビューをされた」経験はある?

佐々木:以前所属していたライティングコミュニティのなかで、テスト的にインタビューされたことはありました。仕事とか、移住とか、家族の話なんかをしたような。

染谷:インタビューされる側になってみて、どうでした?

佐々木:感想としては「喋るの難しいな」って(笑)。事前に「こんなこと喋ろうかな」と思っていても、実際に話してみると全然違う感じで言葉が出てきたりするから。ただ、相手に説明しようとすると、感覚的だったことが「こういうことだったのか」って気づく場面があったのはおもしろかったです。

ウィルソン:「難しい」って感覚、わかる気がする。私も以前、「いつから文章を書き始めましたか?」みたいな質問をされたときに、自分の中では人生がずっと続いてきたなかの一片でしかないから、ピンポイントにそこだけ話すのが難しいなって思いました。

染谷:ああ、確かに、話題の中心だけを部分的に切り出して話すのは難しいかもしれない……前提とか説明したくなっちゃうし。気持ち的には、どうだったか覚えてますか?

染谷楓。「人生を記録する」をテーマに、写真や文章をのこしています。

ウィルソン:恥ずかしいって気持ちが強かったかなあ。

佐々木:「これで大丈夫ですか?」って、何回も聞いちゃった気がする。

染谷:「答えになってますか?」みたいな?(笑)

佐々木:もともと自分自身のことを世の中に伝えたいとはあまり考えていないからかな……、喋りながら「そんな話でいいんですかね?」ってすごい思ったのを覚えてます。

ウィルソン:特に私たちは普段は「聞く側」の人間だから、「この話でいいんですか?ちゃんとおもしろい?取れ高、大丈夫?」って心配になってくる(笑)

佐々木:仕事や『このひより』でインタビューする相手も、慣れてない方は割とそんなリアクションかも。「こんな話で記事(本)になりますか?」って不安を見せる人は多いですよね。

染谷:みんな一緒なんですね。

ウィルソン:楓さん(染谷)はインタビューされたことあります?

染谷:高校の時に新聞の取材を受けたぐらいかなあ。その時は、地元の新聞に載るのが誇らしいというか、みんな見てくれて嬉しかったですね。記者さんが目の前に来て、親も横でインタビューを聞いてたりして。すごく恥ずかしくもあったけど、大人たちが集中して自分の言葉を聞いてくれて、質問を投げてくれてるのが嬉しかった。

佐々木:いい原体験……!

染谷:大人が自分の話を取り上げて、記事にするために聞いてくれる特別感が、やっぱり普段の会話とは全然違ったから。あと、私はお母さんが地方紙の取材員をやっていたから、たまに取材とかできあがった新聞を届けるのについて行ってたんです。その時、みんな恥ずかしそうにしつつも、やっぱり嬉しそうだったのを覚えてる。だから、誰かを取材して、その人が生きていた証を目に見える形で残すって、すごいことなんだなって子どもながらに思ってました。

「好き放題しゃべっちゃった」は嬉しいんです。

染谷:麻菜さん(ウィルソン)や将史さん(佐々木)はインタビューする側の人間として、「これでいいんですか」っていう人の話をどう捉えてます?

佐々木:めっちゃおもしろい。まず、そのおもしろさに気づいてないのがおもしろい、というか。

ウィルソン:記事の内容にもよると思うんだけど、相手の人生や思想を聞く文章だと、「むしろそこがいいんですよ!」みたいなことが多いよね。

佐々木:すごく個人的なことも別の誰かの役に立つことがあるって、なんとなくわかりつつ、みんなに通じる明確な答えじゃないから自信なさげになっちゃうのかもしれない。

ウィルソン:例えば、将史さんに「双子の子育てについて教えてください」とインタビューしたとして。将史さんなりに試行錯誤してきた双子の子育て術は、他の人にとってすごく有益だと思うんだけど、本人としては万人への正解を求めてやっているわけじゃないから「これでいいの?」とまだ不安、みたいな感じなのかな。

佐々木:そうそう。自分がやっていることに確信が持てることってそんなにないから「これって本当にヒントになります?大丈夫ですかね?」みたいなのは常に付きまとう気がします。

佐々木将史。滋賀在住の編集者。いろんな人の言葉を世の中に届けたり、どこかに留めたりする仕事をしています。

染谷:なるほどねえ。『このひより』でインタビューする人たちも、慣れてない人たちばかりだから、似たような心境なのかもしれないね。そういう自信のない状態から、実際に記事が出来上がって見せたときの変化とかは感じたことありますか?

ウィルソン:「本当にこんな話でいいの?」って言ってた人のほうが、出来上がった記事を喜んでくれる気がするな。「あんなに喋り散らかしたことが、こんなふうにまとめてもらえるなんて」って。

佐々木:そういうリアクション、すごい多いよね。

染谷:それは嬉しいね。

ウィルソン:楓さんは個人的にも、友達をインタビューするプロジェクトをしてたよね。実は私もインタビューしてもらって、当時めちゃくちゃ嬉しかったのを覚えてる。友達同士だから要点を掴まずに喋ることが多いと思うんだけど、それがちゃんと文章になって届いたときの反応はどう?

染谷:「今までのことが全部つながってたんだ」とか「自分の芯に改めて気づいた」みたいに喜んでくれる人が多いね。友達へのインタビューでは、その子の幼少期から今までをもう時間関係なく聞いちゃうんだよね。その中で、私も相手のことを知れてもっと好きになることもいっぱいあるし、逆に意外な側面が見えることもあるな。

ウィルソン:インタビューしてもらって、初めて出てくる言葉もたくさんあると思う。

染谷:やっぱり「インタビュー」ってなると、普段の雑談とはまた違う心持ちで臨んでくれるのがわかるんだよね。今日は話すぞ、みたいな。普段の生活で、相手のプライベートなことって、なかなか聞く機会もないと思うし、聞いていいのかなっていうこともいっぱいある。話してくれる人の覚悟も必要だと思うし。だから、インタビュー後の「気づいたら話しちゃってた」みたいな感想は嬉しいよね。綺麗な順序立てしてない素の言葉が出たときとか。

佐々木:「好き放題しゃべっちゃった……」とか言われると逆に嬉しいよね。

ウィルソン:わかるなあ。

「私たちのインタビュー」について考えよう。

染谷:いよいよ今回の本題なんだけど、2人はインタビューってそもそもどういうことだと思う? 似たような言葉で「対話」というものもある気がしてて、その辺の違いから深掘ってみたいと思って。私が思い描いてる「インタビュー」は、取材とかをするときの向かい合って話す感じ。「対話」はもっと広い範囲を示す言葉なのかな。

佐々木:うーん。ちょっと改めて辞書を引いてみると……。

インタビュー[interview] 面会。会見。とくに、記者やアナウンサーなどが、取材のために人と面談すること。また、その記事や放送。インタービュー。

(講談社カラー版 日本語大辞典)

ウィルソン:「取材のために」って感じが強いね。記事や放送のために聞く人・聞かれる人がいるのがインタビューで、対話はそれ以外ってこと?

染谷:ああ、なるほど。

佐々木:僕のイメージでは、「対話」の中にも、手段として「インタビュー」が入ってる感じかな。インタビューが結果的に、2人の対話を促すことになってるケースもあると思ってて。

染谷:あー、おもしろいね。

佐々木:もちろん、純粋に情報を取得しに行くインタビューというのもあるんだけど、僕の場合は関わってる媒体の特性もあって、インタビューの中で一緒に同じ問いを考えるような時間が多い気がするんだよね。

ウィルソン:確かに、前に将史さんと一緒に担当した『こここ』のインタビューで、質問に対して先方から「うーん、なんでだろう。なんでだと思います?」って返しがあって、みんなで考える、みたいな時間があったよね。

佐々木:そうそう。実は後でお礼のメールもいただいて、「みなさんとの対話の中で、いろんなことを考えました」みたいなことを言ってもらえて、インタビューさせてもらえて本当に良かったなって思ったんだ。

ウィルソン:『このひより』のインタビューも、そういうことが多い気がするな。「聞かれているうちに思い出したことがある」と言われて追加でインタビューしたこともあるし。対話をきっかけに、いろいろな記憶や感情が出てくるのかもしれない。

ウィルソン麻菜。「物の向こうにいる人」を伝えたいライター。

染谷:一緒に考えてもらえるのは、すごく贅沢な時間だよね。

佐々木:そうか。一言で「インタビュー」と言っても、目的によって変わってくるよね。“『このひより』のインタビュー”というものを、明確にしてもいいのかも。情報を得ていく一方的なインタビューもあれば、対話的なものもあって、『このひより』はどういうインタビューをしたいのか。

ウィルソン:『このひより』のインタビューも、なにかしら情報を引き出すためなのは間違いなくて。その人の人生の記憶を文章にするための、情報取得の時間ではある。相手は私たちの意見が聞きたいわけではないからね。だから、本当に「対話」なのか?という疑問はある。

たいわ[対話] 向かい合って、さまざまな事柄について話をすること。その話。対談。ダイアローグ。

(講談社カラー版 日本語大辞典)

佐々木:うんうん。

ウィルソン:ただ、出てくる記憶の粒度を上げる対話、みたいなものも『このひより』のインタビューの中にあると思うんだよね。それをうまく言語化できるといい気がする。

染谷:私たちがインタビューする当日の「この日」にこだわる理由もそこかな、と聞きながら考えてた。インタビューを受ける「語り手」がいて、私たち「聞き手」がいて、可能であれば「贈り手」も同席してもらう。この環境を大事にしているのは、一方的に聞くだけじゃなくて、そこで対話が生まれてほしいと思っているからかもね。

佐々木:そうだね。

染谷:インタビューの場で、また新しい「あ、そういえば」みたいな会話が生まれることが多いよね。うまく言葉にできないけど、そういうのいいなって思うなあ。

ウィルソン:いいなあって思うよね、わかる。

やっぱり「言葉にする」が大事なのかもしれない。

佐々木:あと、僕らのインタビューは「本にする」というアウトプットの目的があるよね。

染谷:そうだね。

佐々木:対話は必ずしもアウトプットを持たなくても成立するけれど、インタビューは記事なり、本なり、何かしらのアウトプットがある。僕らがおもしろさを感じてるのは、その重なり合いのところな気もしてて。

染谷:確かにそんな気がする。

佐々木:そう思うと、『このひより』で「インタビュー」という言葉を選んだのは、やっぱり間違ってないのかもね。目的を持って話を聞きたいし、アウトプットがあるのがおもしろいなって。アウトプットなしの対話ができるのももちろん大事なことだけど、アウトプットがあるとちょっと見え方が変わるのが実感値としてあるから。そして、その感覚が広がればいいなあと思ってる。

ウィルソン:『このひより』の掲げている「大切な記憶を、言葉に。」の、まさに「言葉にする」の部分だよね。それはインタビューの場で「口に出す」という意味でもあるし、ちゃんと「文章にする」という意味でもある。

佐々木:逆に、決まったアウトプットの形があるわけじゃなく、対話するプロセス自体を重視している活動もたくさんある。精神医療のオープンダイアローグとか、哲学対話とか。「対話」を重視する活動をしている人にも、話を聞いてみたいなと思った。

ウィルソン:そうだよね、本や写真みたいな目に見えるアウトプットではなくても、別の形で最終的な目的みたいなものはあるんだろうし、いろいろ聞いてみたいな。

佐々木:もし目的がないんだとしたら、対話そのものがなぜ豊かになるのかも気になるね。僕らのスタンスとして「何が何でも形にするべき」というわけでもないから。

染谷:そうだよね。それぞれの良さがあるんだと思う。

ウィルソン:いろいろな人に話を聞いていけたらいいね。こういう座談会をもっとたくさんして、正解・不正解ではなく、私たちが大事にしてるものが言語化されたり、伝わったりするといいと思う。

<【後編】はこちら。>



このひより
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