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どこまで関わったかで、父親になれるか決まる気がして。

少しずつ広がりをみせる「男性の育休」。このコロナ禍で、育児におけるパートナー同士の支え合いがますます大切になるなか、滋賀在住、会社員の祥秀(よしひで)さんは、自身2回目となる育休を取得しました。

「妻が大変な時期に傍にいて、3人の子どもたちとゆっくり関われたのが本当に良かった」

妻・真珠美(ますみ)さんの実家へ里帰りができなくなったことで、夫婦だけで出産を乗り切ろうと決意。大変なこともありながら、充実した1ヶ月を過ごしてきたときの気持ちを語っていただきました。

(聞き手・執筆/佐々木将史 編集/ウィルソン麻菜、2021年2月にインタビュー)

興味本位の育休から、コロナ禍の育休へ

僕が初めて育休を取ったのは、3年前、次男が生まれるときでした。

直前にちょうど、同じ部署にいた同期が育休を取ってるのを見て、「自分も言ってみようかな……」と思って。取ってどうしたいとか、具体的なビジョンがあったわけでもなく、そのときは興味本位でしたね。「3ヶ月」って申請したところ、そのままOKをもらいました。

前回は里帰り出産だったので、その3ヶ月のうち、2ヶ月くらいは東京の妻の実家にお世話になって。妻が生まれたばかりの次男のお世話をしているあいだ、僕は4歳の長男と一緒にいることが多かったです。あちこち出かけたり、茨城にある僕の実家にも頻繁に通ったり。

僕も妻も子どもだけを見ていればいい状態をつくってもらって、かなり楽をさせてもらったと思ってます。もちろん、「父親」としての振る舞いや子どもとの接し方への葛藤なんかもありましたけど、ゆっくり関わる時間がとれたのは、思った以上にいい経験でしたね。

なので3人目の今回も、自然と「育休を取ろう」とは思ってて。

ただ、今年はコロナで里帰り自体がかなり難しい。「大変だけど、自分たちでやるしかないかも」と考えながら、夏ぐらいから会社と相談を始めました。

実は妻は、前回と同じく「3ヶ月育休をとってほしい」って言ってたんです。ただ、今の職場の状況を考えると、3ヶ月はちょっと大変そうだなと。あと、長く取ればそのぶん収入も減ります。2/3ぐらいは手当が入ってくるけど、それもすぐではないし。

いろんな条件を踏まえて、上司とも何度も相談して。最終的に「育休1ヶ月+時短数ヶ月」という形を選びました。

無事な出産。父子3人生活の気づき

妻に陣痛が来たのは、日曜の夜明け前。朝早かったので上の子どもたちはあえて起こさず、僕は妻をタクシーで送り出しました。

出産はスムーズで、子どもが生まれたのは7時前だったんですが、なかなかその連絡が来なかったんですよ。妻から「生まれたよ」って報告を受けたのは2時間くらい経ってからで、それまではずっと悶々としてましたね。

聞いてようやく安心して、起きてきた子どもたちにも「無事みたいだよ」って伝えました。そしたらすごく、本当にすごく喜んでて。「やったねー!」って何回も言ってたのを、かなり印象深く覚えてます。

そこから3人の生活が始まりました。「お母さんは赤ちゃんとしばらく帰って来れないけど頑張ろうね」って話して。仕事はもう段取りしてたので、そのまま間を空けずに育休に入らせてもらいました。

いざ妻の支がえない状態を経験してみると、1人での子育てっていろんなことの負担がすごく大きいんだなって気づきましたね。2人の子どもを同時に見るってだけで全然違う。

特に次男は妻によく甘えてたので、夜になると「お母さんがいないと寝られない」、朝起きても「お母さんまだ帰って来ないの?」って。母親が何日もいないって経験がなかったから、すごく寂しかったんだろうなと思います。

どうしようかなって感じでしたけど、結局「楽しく過ごす」くらいしか思いつかなかったので、たくさん遊んだりご飯を一緒に楽しく食べたり、とにかく寂しさが埋まるようなことだけ考えました。

子どもたち自身も「お父さんを助けてあげよう」って、色々と手伝いをやってくれる場面が多くて。その意味では、2人とも自立するようなきっかけになったかもしれないですね。

「初めて」が続く、貴重な1ヶ月

妻が退院すると、子どもが3人いる新しい生活が始まりました。

といっても、長男だけは学校に毎日行かないといけない。ちゃんと朝起きれるように、みんなの寝る時間を考えて、夕食を終わらせる時間を想定して、赤ちゃんの沐浴を何時にして……って感じで、何かを決めるときはやっぱり長男メインだったかな。

育休前は僕が一番最初に家を出てたので、小学校の登校準備を手伝うのは初めてでした。「友達との待ち合わせ時間をなかなか守れない」と聞いてたから、絶対遅刻させないようにと思ったんですが、結構大変でしたね。出発が早すぎても遅すぎてもダメ。

長男と一緒に目標を立てて、頑張ろうって言って。なんとか習慣になってきたのは、良かったかなと思います。

3歳の次男は週1〜2回くらいプレ幼稚園に通っていて、それも僕が育休に入ってから行くようになりました。彼は僕に「ここで手を洗うんだよ」とかやり方を教えてくれるんですけど、恥ずかしがってぜんぜん他の子とは遊ばないんですよね。そんな姿も初めてで。

春からの入園説明会があったときも、ほとんどの子が先生と一緒に遊びに行くのに、「お父さんと一緒じゃなきゃ嫌だ」って席に残ったんです。まあちょっと嬉しかったですけど、「こんな説明聞いててもなぁ」と思いますよね(笑)。早く慣れてほしい……というのは親の勝手な思いなので、「子どものしたいようにさせてあげた」ってことにしました。

三男については、最初からじっくり関われるのがいいなと思います。そこは里帰りしていた前回の育休とはやっぱり違うところですね。

お風呂も毎日入れてて。一番最初は嫌がったんですけど、すぐ気に入ったみたいです。のんびり寝ることもあるくらい、気持ちよさそうで。

「どれだけ泣いてても、お風呂に入ったら泣き止むんだな」って気づいたり、表情の変化がわかったりするのは、そういう触れ合いがずっと続いてるからだろうなと思います。そんななかで、3人の子どもを育ててるんだな……って実感もちょっとずつ芽生えてきました。

本当の意味で「父親」になるために

すごく濃縮された1ヶ月を過ごしていますが、もうすぐ育休が明けます。妻も回復してきたので、今は徐々に家事を妻にシフトしているところですね。もともと妻がやってた分担も多いですが、「何時にこれやるといいよ」なんて、今回は僕からも伝えられるものはあるのかなと思います。

仕事は事前に相談してたみたいに、時短勤務からの復帰です。4月からは次男の幼稚園も始まるので、その前後で時間を細かく調整しながら、だいたい3ヶ月。ゴールデンウィークまでをイメージしてますね。

うちの両親ぐらいの世代の方からは、「育休取るの?」「会社大丈夫なの?」とよく言われました。でも、僕は取って良かったなと改めて思います。この感覚は、取ってみないとわからないかもしれないなと。

「子どもと深く関わる時間って今しかない」……っていうのは、どの時期でもそうだとは思いますが、一番手のかかるときに一緒にいられるのは、やっぱり大きいと思うんです。何よりこのタイミングって、母親の身体にもすごく負担がかかってるときなので、そこのサポートができた、助け合いができたのも良かったなって。

父親って結局、母親や子どもたちを含めてみんなから「あの人は父親になったね」って認めてもらえて、初めて父親になると思うんです。自分の自覚だけでなれるものではなくて、“どこまで関わるか”で、父親になれる・なれないが決まってくる。

だから、「自分が父親になれた」かと言うと、自分ではちょっとよくわからないな……とは思うんですが。とりあえず妻は、喜んでくれてる気がします。

直接的な言葉を常にもらってるってわけでもないですけどね(笑)、感謝を感じる瞬間はたくさんあるので。そうやって家族の気持ちを感じられることも、この“育休”って時間のおかげなんだろうなと思うんですよね。

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※ 今回の「#大切な日が言葉になったなら」は、出産、育休の日々についてご夫婦それぞれにお話を伺っています。
こちらに妻・真珠美さんへのインタビューもありますので、あわせてご覧ください。


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